2016年02月19日

ECB追加緩和検討の背景-銀行システムへの圧力、ユーロ安効果剥落、投資回復の遅れへの懸念

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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銀行システムへの圧力、ユーロ安効果剥落、投資回復の遅れへの懸念は広がる

しかし、世界的な金融市場の不安定でボラティリティの高い動きが続いていることが、ユーロ圏の銀行、ユーロ相場の圧力となり、投資の回復を通じた潜在成長率の引き上げをさらに困難にするおそれは高まっている。
ユーロ圏の銀行は、圏内の銀行行政を一元化する「銀行同盟」の柱の1つであるECBへの銀行監督の一元化(SSM)を前に実施された14年のストレス・テストを経て、自己資本比率が向上し、不良債権に対するカバー率も高まっている。それでも、南欧を中心に、過去の不良債権の処理のプロセスにある国も少なくない。世界的な金融市場の動揺の長期化、景気の下振れリスクに対する脆弱さが残っている。銀行同盟の2本目の柱である銀行破綻処理制度(SRM)が16年初に始動、世界的な市場の動揺のタイミングと重なったことが、投資家の不安を高めている面もある。
ユーロ圏の緩やかな拡大を支えてきたユーロ安修正の動きも気掛かりだ。年初来のユーロの対ドル相場の動きは、円に比べれば落ち着いているが、新興国の通貨安が影響し、ECBが注視する名目実効為替相場はじわじわとユーロ高方向に動いている(p.1- 図表3)。議事要旨では、「経済全般に対する金融政策の波及経路として重要な役割を果たしている為替相場を通じた経路が弱まりつつある」ことへの懸念も示されている。
こうした中にあって、GDPギャップの縮小と潜在GDPの引き上げに必要な投資の回復が妨げられ、高水準の構造的な失業の解消がさらに遅れる懸念が強まる。1月の議事要旨でも、「企業の設備投資は、外部資金調達コストは低下、内部留保は潤沢になるなど、回復の条件は整っている」にも関わらず、盛り上がりに欠けることへの懸念が表明されている(図表9)。
議事要旨を見ると、投資が回復しない要因として、構造改革の遅れや成長期待の低さが重石となっていることと同時に、財政緊縮策が山を越えても、公共投資の水準が回復しないことも指摘されている。世界市場の動揺が続く中で、金融・為替政策での国際的な協調と同時に、財政出動を求める声が改めて強まっているが、1月理事会では、「財政的な余地も生まれているが、十分に活用されていない」、「生産性を高めるための公共投資は成長に優しい財政再建のために重要」という、より積極的な財政出動を求める議論が出ている点も興味深い。
議事録には2014年に欧州委員会の委員長に就任したユンケル氏が提案した「欧州のための投資計画(通称「ユンケル・プラン」)が、「まだ期待通りの効果を生んでいない」という評価も明記されている。ユンケル・プランは、世界金融危機とユーロ圏内の債務危機で大きく落ち込んだ投資の回復を促すため、EUの資金の呼び水に3年間で、官民合計で3150億ユーロの投資を目指すものだ。15年に計画は滑り出したが、目標の達成に必要とされるペースには届いていないようだ。
 

3月は効果と副作用を再検証した上で

3月は効果と副作用を再検証した上で

追加策を協議する3月10日の理事会で、ECBは新たなスタッフ経済見通しを公表する。12月の前回は17年までの見通しだったが、3月の新たな見通しは2018年までがカバーされる。欧州委員会が2月4日に公表した「冬季見通し」でも、11月の前回見通しから実質GDP成長率の見通しは大きく修正されなかった。ECBが3月に成長率の見通しを大きく下方修正することは考え難い。
足もとの成長が大きく下振れている訳ではなく、金融政策が投資の回復や潜在成長率の引き上げに及ぼす効果が限られるとしても、ECBが追加緩和に動くことはほぼ間違いない。3月も10日のECBの理事会の後、14~15日に日銀の金融政策決定会合、15~16日にFOMCが開催される。先駆けとなるECBが、どのような選択をするのか、高い注目を集めるだろう。
議事要旨によれば、1月理事会の議論の焦点は、市場に「どのような形でメッセージを送るか」で、具体的な追加緩和の選択肢の効果と副作用は議論されていない。ただ、12月の段階で、APPには、「副作用・リスクは重大であり、インフレ調整の手段とすべきではない」という異論が呈されていたことを踏まえると、今のところ、3月理事会の追加緩和の選択肢としては中銀預金金利のもう1段階の引き下げが有力と考えられる。
ただ、マイナス金利についても、利下げの判断をした12月に「副作用は時間の経過と共に拡大する可能性があり注視が必要」とされており、3月の理事会では、改めてAPPとともにマイナス金利政策の効果と副作用のバランスについて協議することになるだろう。
マイナス金利政策でECBなど欧州の中央銀行に追随することになった日本としては(表紙図表参照)、欧州におけるマイナス金利政策の効果と副作用は気になるところだ。世界的な市場の動揺の銀行システムへの圧力の緩和を目的とするECBの金融緩和が却ってユーロ圏の銀行の経営を圧迫することにつながることはないのか、今後の動きが注目される。
図表9 ユーロ圏の総合PMI/図表10 ECB、欧州委員会の経済見通し
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2016年02月19日「Weekly エコノミスト・レター」)

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