2016年02月03日

福祉用具・介護ロボット実用化支援事業の現状と今後-介護現場との協働と共創が必須の介護ロボットの開発-

青山 正治

文字サイズ

図表-4 モニター調査事業の対象機器一覧 (2)「介護ロボット等モニター調査事業」の具体的事業内容
このモニター調査事業は、アドバイス支援を受ける機器よりもさらに開発段階が進展した開発中又は完成直前の機器の検証等を目的としている。具体的な事業内容は、介護現場で開発機器を実際に使用してもらい、使い勝手のチェックやニーズ収集など、機器の完成に向けて、企業にとって有益な情報を収集するという内容である。また、試作機の実証試験を行なうことも可能となっている。企業が機器完成前の段階で介護現場の協力を得て同調査を実施できることは、より具体的に機器の様々な点について検証や実証が行えるため、開発企業にとっては必要不可欠な事業といえる。

現在、同事業では一般の公募によって10機器(企業)が協会によって採択され、モニター調査協力機関が全て決定している(図表-4)。この10機器の採択企業は、産業用ロボットや福祉機器の大手企業、中小専門メーカー、ベンチャーなど様々であり、モニター協力機関は介護施設から病院、リハビリテーション専門の機関まで、企業が希望する調査目的に適した施設や機関となっている。
 
図表-5 モニター調査事業の対象機器一覧(経済産業省案件) さらに経済産業省と厚生労働省の協議で決められている「重点分野」の機器開発については、両省が連携を図って、経済産業省の「開発補助事業」によって開発中のロボット介護機器9機種(企業)が「モニター調査事業」の対象として採択されている(図表-5)。

これらの機器・企業については、過去、レポートしているため、概要は省略する。なお、モニター協力機関は介護施設やリハビリテーションの専門機関が多くなっている。
 
4「普及・啓発」の3つの事業
図表-1の4つ目の「普及・啓発」の事業では、「全国で普及モデル事業を実施」「講師養成中央研修会の実施」「介護ロボットメーカー連絡会議の実施」の3事業が実施されている。

最初の二つの事業は、全国8ヶ所の介護実習・普及センターで行なう介護ロボット等の普及・啓発事業や、介護ロボットを活用した支援技術の普及・啓発に係わる事業である。ここでは、三番目の「介護ロボットメーカー連絡会議の実施」による介護ロボット等の試用貸出の事業について詳しく触れる。

現在、メディア等の喧伝によって、開発企業等に対し、全国各地から介護ロボットの展示や貸出の希望が寄せられているという。このような希望を受けて、実際に使用可能となった介護ロボット等の有効活用促進に向けてメーカーの足並みを揃えるための連絡会議が開催され、現在、28機種の福祉用具や介護ロボット等の有償貸出機器(無償の機器もある)のリストや各機器の説明資料などがテクノエイド協会のホームページに掲げられている。

この事業の目的は介護ロボット等への理解と活用検討の深化の促進であり、機器貸出には2つのパターンがある。一つ目の「一時貸出(数日間)」は介護施設などの研修会で機器を試用して利用方法などの検討を行なうための貸し出しである。二つ目の「試用貸出」は機器の導入を前提とした長期の貸出である。介護ロボット導入を検討する介護施設等においては、介護ロボット導入の事前検討や介護ロボットを活用した具体的介護技術を開発する点で、この貸出事業の活用は大変有意義であろう。
 

以上が「福祉用具・介護ロボット実用化支援事業」の主要4事業の概要と現状である。過去と比較すると、介護ロボットの実用化をより的確に支援するために事業が細分化されたり、新たに介護ロボット等の試用貸出事業が開始されたりしている。介護ロボットの開発企業や介護ロボット導入を検討する介護施設等には、以上の様々な事業をフル活用して、介護現場で「使える」介護ロボット等の導入検討や、介護施設などへの介護ロボットの効果的な導入を是非とも期待したい。
 

3――厚生労働省の平成28年度予算案に見る介護ロボット等の開発の主な事業

図表-6 主要事項の 「4.介護サービスの生産性の向上」による取組内容 今後の厚生労働省の介護ロボット等の開発に向けた事業は、「平成28年度予算(案)の概要(老健局)」の中の「介護サービスの生産性の向上」とする主要事項の一つに含まれ、主に「介護ロボット開発等加速化事業」として推進される。まだ「予算案」の段階ではあるが、この内容を確認し考察する(図表-6)。
 
平成28年度予算案における介護ロボット関係の施策の背景と概要
厚生労働省の平成28年度予算案を見ると、介護ロボット等の開発・普及促進のための事業3が複数組み込まれている。背景には、少子高齢化が進行する中、介護サービス事業の人手不足と今後さらに介護サービスへのニーズが拡大するという課題認識があり、その対応策の主要事項の一つとして「介護サービスの生産性の向上」が掲げられている。この主要事項における具体的な取組には、「介護分野の効率化・ICT化等による生産性の向上」(新規1.3億円)と「介護ロボット開発等加速化事業」(新規3億円)の2つがあり、主に介護ロボット等の開発・普及についての取組は、後者に3つの事業が組み込まれている。この3事業の一つが、1~2章に述べた2015(平成27)年度の「福祉用具・介護ロボット等実用化支援事業」4の継続事業である。2016年度のこの事業内容には大きな変更はないと推察され、以下の第2節では新たな2事業による取組について簡略に考察する。
 
2介護ロボット等の開発支援に向けた新たな取組
まず、「加速化事業」に新たに組み込まれたのは「ニーズ・シーズ連携協調のための協議会の設置」と「介護ロボットを活用した介護技術開発支援モデル事業」である。

介護ロボットの開発には、開発企業と介護施設・介護関係者との協働と共創が必須であることを筆者は過去のレポートで複数回述べている。その理由は、介護ロボットの開発には両者の緊密な協働による、開発企業の技術的シーズと介護関係者のニーズの高度の融合がなければ、使える新たな介護ロボットの開発は容易ではないと考えているからである。この課題解決の一つの方策が一つ目の「ニーズ・シーズ連携協調のための協議会の設置」であると筆者は考えている。この取組では介護現場と開発企業の協議によって、ユーザーである介護現場のニーズに対応した有益な「開発提案」が取りまとめられることになっており、今後、公表される「開発提案」の内容を注視したい。

次に、二つ目の「介護ロボットを活用した介護技術開発支援モデル事業」についてである。現在、本格的な開発が開始され、登場しつつある介護ロボットは、あくまでも介護職等にとって心身への負担の重い単一の介護(介助)業務を支援するための機器や、被介護者の自立促進が可能な機器である。このため介護ロボットの導入に際しては、ロボットを活用する介助業務ごとに新たな介護技術や効果的かつ効率的な運用手法の開発が必須である。この開発を進めるための新たな事業が「介護ロボットを活用した介護技術開発支援のモデル事業」であると考えられる。

この「新たな介護」の開発の必要性については、過去のレポートでも述べてきているが、今後さらに開発や改良が進み進化する介護ロボットを上手に活用して、様々な介護現場の課題を少しずつでも改善していくためには、「モニター調査」等における機器開発に必須の検証や実証試験の実施と共に、介護現場においても「新たな介護の開発」に着手すべき時代が到来していると考える。この二つ目の事業の取組では、介護技術開発を支援するモデル事業を実施することになっており、今後の動向をしっかりと見守りたい。

「加速化事業」の他にも「介護分野の効率化・ICT化等による生産性の向上」や「介護ロボットやICTの効果的な活用方法の検討等(平成27年度補正予算)」などの事業が加えられている。ICTの効果的活用も介護事業の効率化に必須であり、さらに介護の質を高める効果にも期待したい。

繰り返しとなるが、使える介護ロボットの開発・普及のためには、開発企業と介護現場との協働と共創が必要不可欠である。継続される「福祉用具・介護ロボット実用化支援事業」を加えた「加速化事業」の3つの取組が、使える介護ロボットの開発等を大幅に加速化することを大いに期待するとともに、今後の予算成立後における各施策の実行に向けた取組を注視していくこととしたい。
 
この介護ロボット等の開発に関する事業以外にも、普及に関する事業では、2015年度から始まった「地域医療介護総合確保基金(介護分)」を活用した「介護ロボット等導入支援事業」や、平成27年度補正予算による「介護ロボット等導入支援特別事業(52億円)」による普及への取組がある。
平成27年度予算の介護ロボット等の開発への取組は「福祉用具・介護ロボット実用化支援事業」のみで、この当初予算は82百万円となっている。

おわりに

今後、数年の期間で人と共存する全く新しい介護ロボット等の社会実装へ向けた準備を完了させることは容易ではないと筆者は考える。その理由は、新しい介護ロボットの開発・普及には機器の開発環境や普及環境の整備も同時並行して進め、新たな環境を構築する必要があるからだ。これらを1~2年の期間で整備することは、積極的な取り組みがされても決して容易ではない。現在、経済産業省と厚生労働省による開発支援や実用化支援などの取組により、介護ロボットの開発・普及への状況は着々と変化してきている。この動きをさらに加速させ、超長期にわたる少子高齢化の進行に伴う介護の様々な課題を少しでも早く改善していくために、国・行政の中長期に亘る効果的な政策支援が継続される必要がある。


<参考資料・レポート等>
1. 政府及び行政などの公表資料
・公益財団法人テクノエイド協会、ホームページ内資料
・厚生労働省の「平成28年度予算(案)の概要」等の資料

2.ニッセイ基礎研究所「基礎研レポート(Web版)」
・「超高齢社会を支援する福祉機器-国際福祉機器展の概況と今後の福祉機器開発・活用への期待-」(2015年11月30日)
・「3年度目となる「ロボット介護機器」開発補助事業の動向 -2015年度より国立研究開発法人日本医療研究開発機構が実施-」(2015年9月29日)
・「利用意向高い介護ロボット -「平成27年版情報通信白書」の介護用ロボット利用の意識調査-」(2015年8月28日)
・「社会で広く理解を深めることが重要な介護ロボット -紹介されたロボット介護機器の3機種-」(2015年6月30日)
・「介護ロボット開発・普及の現在位置と今後への視点-“ロボット介護”の開発と新たな開発・普及サイクルの構築-」 (2015年4月30日)
・「『ロボット新戦略』における介護分野のアクションプランの要点-介護保険と地域医療介護総合確保基金による新たな普及方策-」
 (2015年3月30日)
・「本格化するサービス分野でのロボット開発 -介護ロボット開発動向からサービスロボットへの示唆-」(2014年12月26日)
・「介護ロボット開発の進展と今後の開発への示唆 –複数の展示会で注目を集める様々なロボット-」(2014年11月28日)
・「『再興戦略改訂』に組み込まれた『ロボット革命』の実現 -『社会的な課題解決』へ向けた『5カ年計画』策定に注目-」(2014年9月30日)
・「ロボット介護機器に対する2年度目の開発支援事業が始動 –経済産業省2014年度事業概要と今後の開発への期待-」(2014年7月29日)
・「『ロボット介護推進プロジェクト』が目指す開発・普及の土壌の醸成 –開発支援の現在位置と『ロボット介護』普及への布石-」(2014年6月30日)
・「重要性増す在宅での自立を支援する機器開発-拡充されたロボット介護機器(介護ロボット)の『重点分野』」(2014 年4月22 日)
(2013年度以前の基礎研レポートは「執筆一覧」より)

3.ニッセイ基礎研究所 「研究員の眼(Web版)」
・「ロボットを上手に活かす超高齢社会の構築に向けて」(2015年5月27日)
・「超高齢社会の生活者を支援する介護ロボット」(2013年11月27日)
・「本格化する『ロボット介護機器』の開発支援」(2013年4月5日)
・「介護ロボットだけではない『介護ロボット』」(2013年3月21日)
・「幅広い分野で技術革新が進展する福祉機器」(2012年10月4日)
・「介護ロボットは普及するか」(2012年6月28日)

 
Xでシェアする Facebookでシェアする

青山 正治

研究・専門分野

(2016年02月03日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【福祉用具・介護ロボット実用化支援事業の現状と今後-介護現場との協働と共創が必須の介護ロボットの開発-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

福祉用具・介護ロボット実用化支援事業の現状と今後-介護現場との協働と共創が必須の介護ロボットの開発-のレポート Topへ