2016年01月14日

日韓比較(13):医療保険制度-その6 医療費はなぜ増加しているのか? ―高齢化の進展や医療の進歩、所得水準の向上などが主な原因、医師の養成及び確保のための対策の徹底を―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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3――医療費増加の要因分析

本節では日韓両国における1990年から2011年までの時系列データを用いて医療費増加の決定要因に対する分析を行った。被説明変数としては一人当たり医療費を使っており、説明変数としては65歳以上高齢者比率、一人当たりGDP、医療費の公的負担比率、人口千人当たり医師数、人口百万人当たりMRI装置保有台数、大学進学率、一人当たり脂肪供給量を用いた。各説明変数における係数の予想符号は次の通りである(図表4)。
 
・65歳以上高齢者比率:高齢者の数が増えると、医療サービスの利用が増加するので、係数の符号は正が予想される。
 
・一人当たりGDP:所得水準が高くなると健康に対する関心が高まり、健康のためにお金をより使うので、係数の符号は正が予想される。
 
・医療費の公的負担比率:医療需要の価格弾力性の値に依存すると考えられる。医療需要の価格弾力性が高ければ、公的負担比率の引上げ(本人負担率の減少)は、医療に対する需要を大きく増加させる要因になると思われる。また、医療費の過度な公的負担は医療機関が不必要な検査等を増やすことや加入者が必要以上の医療サービスを利用するなどのモラルハザードを引き起こすことにより、医療費増加に繋がる恐れがある。一方、医療費の公的負担比率が高い場合には医療費の増加を防ぐために政府が診療報酬を下げたり、後発医薬品の利用を奨励する等の医療費抑制政策を行うことにより医療費の減少に繋がる可能性もある。そこで、係数の符号は正と負の両方が考えられる。
 
・人口千人当たり医師数:係数の符号は正と負の両方が予想される。New-house(1970)4の分析結果によると、医師数が多い地域では患者一人当たりの医療費が多いという結果が出ている。経済学ではこの現象を「医師誘発需要仮説」と呼んでいる。これは、一人当たりの医師数が増加すると、個々の医師は平均所得が減少することを防ぐために、不必要な検査を行ったり、処方する薬の数を増やすなどより密度の高い診療を行うという仮説である。そこで、この仮説が成立すると仮定すると係数の符号は正が予想される。一方、医師数の増加は規模や競争の原理が働くために医療費の減少に繋がるという分析結果もあり、もしこの仮説が成立した場合には係数の符号は負になるだろう。
 
・人口百万人当たりMRI装置保有台数:技術進歩は新しい技術の導入を意味し、新しい技術は新たな費用を発生させる。また、新しい技術を利用するための費用は一般的に高く設定されている。なので、係数の符号は正が予想される。
 
・大学進学率:教育水準が向上すると健康に関する知識や関心が高まるので、係数の符号は正が予想される。
 
・一日の一人当たり脂肪供給量:生活水準の向上は人々に肉類の消費量を増やし、脂肪の供給量を増やす。その結果肥満になる、あるいは、成人病にかかる確率がより高くなり、医療サービスを利用する頻度が増えるので、係数の符号は正を予想した。

分析では、残差に自己相関があるかどうかをみるために、ダービンワトソン比を使って検定を行った。ダービンワトソン比は、自己相関がなく残差がまったくランダムに発生する場合は2になり、残差が正の自己相関が強ければ0に、負の自己相関が強ければ4に近づく。本稿の分析結果におけるダービンワトソン比は日本が2.054、韓国が1.744で自己相関は大きな問題にはなっておらず、残差がほぼランダムに発生しているので、分析モデルは、重要な説明変数を見落としておらず、適切な変数が使われたと考えられる。

図表5は、被説明変数と説明変数の推移を、図表6は分析結果を示している。分析結果をみると、65歳以上高齢者比率と一人当たりGDPの増加は日韓両国ともに一人当たり医療費を増加させるという結果が出た。さらに65歳以上高齢者比率における係数の大きさを見ると、韓国が0.206で日本の0.176より大きい。一方、医療費の公的負担比率の増加が一人当たり医療費に与える影響に対しては日本では「負」の結果が出たことに比べて、韓国では「正」の結果が出ている。図表5を見ると、日本の医療費の公的負担比率は過去20年の間、小幅に上昇していることに比べて、韓国は日本に比べて上昇幅が大きいことが分かる。分析の結果から韓国では公的負担比率の引上げ(本人負担率の減少)が、医療に対する需要を増加させたと言える。日本の場合は、韓国ほど医療需要の価格弾力性の値が大きくないことや他の要因より公的負担比率の変動幅が小さかったのが原因で係数の符号が負になったのではないかと推測されるものの、これに関しては更なる分析をする必要があるだろう。人口千人当たり医師数の場合は日韓ともに規模や競争の原理が働いているという結果になった(韓国は統計的に有意ではない)。人口百万人当たりMRI装置保有台数や大学進学率は日本のみ一人当たり医療費を増加させるという結果が出た。また、一日の一人当たり脂肪供給量は統計的に有意な結果は得られなかった。
図表4データの出典と各説明変数の係数の予想符号
図表5 被説明変数と説明変数の推移
図表6 分析結果
 
4 Newhouse, J.P., (1970)“A Model of Physician Pricing,”The Southern Economic Journal, Vol.37,No.2, October, pp.174-183.
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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