2016年01月12日

EUソルベンシーIIの動向―最近のUFR(終局フォワードレート)を巡る議論はどうなっていたのか―

中村 亮一

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IAISにおける検討

現在IAIS(保険監督者国際機構)において、国際的なICS(保険資本基準)の検討が進められている。ここにおける責任準備金評価に使用する割引率について、UFRに相当する概念である長期フォワードレート(Long Term Forward Rate)の導入が検討されている。IAISは、ICSのフィールド・テストの試算に参加している保険会社に対して、ユーロについて3.5%の長期フォワードレートを使用するように依頼している。

具体的には、2015年11月12日に公表されているフィールド・テストのための資料3によれば、この3.5%の根拠等については、以下のように説明されている。

「長期フォワードレートは、長期インフレーションの目標と長期の平均成長予測という2つの要素を加えるというマクロ経済アプローチを使用して決定される。これらの要素は最近のOECDのマクロ経済長期予測の高水準に基づいて設定されている。」

なお、EUソルベンシーIIでは、スイスフランと日本円に対するUFR水準は3.2%とユーロの4.2%に比較して低めに設定されているのに対して、IAISのフィールド・テストでは、スイスフランと日本円に対する長期フォワードレート水準も3.5%に設定されている。一方で、新興国通貨等に対しては、EUソルベンシーIIと同様に3.5%より高い(複数の)水準に設定されている。
 
3 以下のIAISのWebサイトに基づいている。
 http://iaisweb.org/index.cfm?event=getPage&nodeId=25229

4―UFR水準見直しの動きに対する保険業界の意見

欧州の保険業界の代表的な意見は、「UFRは、少なくともソルベンシーIIの最初のレビューが行われる2018年まで変更されるべきでなく、仮に変更を行う場合でも、いかなる重要な変更も段階的に導入されなければならない。」というものである。以下に、その具体的な内容を紹介する。

|現時点でUFR水準を見直すべきでない理由

以下のような理由から、少なくともソルベンシーIIの最初のレビューが行われる2018年まで、UFRを変更すべきでない。
 
(1)現在の低金利環境に照らして、UFR水準を引き下げるべきとの意見があるが、UFRは現在のレートではなく、最終的なフォワードレートであり、例えばユーロの場合、将来における60年目まで完全に適用されることはない水準であることを十分に理解しておく必要がある。
 
(2)ソルベンシーIIの委任法(Delegated Acts)では、UFRについて「長期間にわたって安定的であり、あくまでも長期の期待の変化の結果としてのみ、変更されるものでなければならない。」と述べている。そのため、UFR水準は、数年の期間にわたって安定的であるべきである。
 
(3)現在の金利水準が非常に低く、このような状況がさらに数年間続くかもしれないとも想定されているが、一方で現在のような状況が永久に続くと判断するのはあまりにも時期尚早である。
 
(4)オムニバスIIにおける全ての重要な技術的、政治的な決定は、長期保証措置を有するソルベンシーIIが意図したとおりにワークするかどうかについて、あくまでも4.2%のUFR水準を前提に行われている。
 
(5)実務上も、施行日直前の段階でUFRを変更することは、評価に用いられる主要なパラメータの不必要な不確実性を作り出し、ソルベンシーIIにビジネスモデルを適応させようとしている保険会社の動きを阻害することになる。

2|今後のUFRの見直しについての考え方

しかしながら、将来のレビューにおいて、UFR水準の設定方法、UFR変更のトリガーの考え方、変更する場合の適用方法等について、議論・研究する必要があることは十分に認識している。

ただし、この場合でも、現在のUFRの方法論の原則は維持されるべきである。さらには、UFRは、小さな変更でも、ソルベンシーIIの利用可能資本等を大きく変動させることになるので、その水準については、短期的な市場の動きに対応して決定するのではなく、将来に対する合理的で透明性がある安定的な前提に基づいて決定されるべきである。

3|UFRを変更する場合の対応について

UFRの影響と重要性を考えると、今後のUFRの変更については、パブリック・コンサルテーション等を経て、関係者からの意見や懸念を十分に踏まえた上で、行われるべきである。
また、実際に変更を行う場合には、保険会社に対して、十分な余裕を持って、事前に通知を行い、さらに、大きな影響が想定される重要な変更を行う場合には、数年間にわたって変更を適用する等の形で段階的に導入していく必要がある。
 

5―UFRに関するEIOPAの対応

こうした保険業界の内外からの動きを受けて、EIOPAは、2015年10月9日に「UFRを決定する手法のレビュー」に関するニュースを公表した。

これによれば、EIOPAは、「保険会社、再保険会社、監督当局によるソルベンシーIIの実施の枠組みの安定性を図るために、少なくとも2016年末までは、現在使用されているUFRの水準等を変更しない。」こととした。併せて、「現在UFRを決定する手法のレビューを行っている。このレビューには2016年に行われるパブリック・コンサルテーションを含む。EIOPAは2016年9月にレビューの結果を決定する方針である。」とした。

パブリック・コンサルテーションは今年初めにも予定されており、これに対するフィードバックを受けて、UFR水準の変更の是非や変更するとした場合の適用のタイミング等に関する決定を行っていくことになるものと想定されている。
 

6―UFR水準見直しの影響はどの程度か

|全体の状況

UFR水準の引き下げがソルベンシーIIによるSCR比率に与える影響については、超長期の負債を有し、デュレーション・ミスマッチ状態で運営している会社にとっては、非常に大きなものとなる。特に、ドイツの生命保険会社の受ける影響が大きいと想定されている。

|大手生命保険会社の場合

一方で、UFR水準の引き下げが大手生命保険会社に与える影響について、各社の決算や四半期の発表資料によると、以下の通りとなっている。

UFR水準を100bp引き下げた場合のソルベンシーIIによるSCR比率への影響について、2015年第3四半期末において、AXAの場合、212%から193%に19%ポイント低下、N.N.の場合、214%から194%に20%ポイント低下、Munich Reの場合、UFR水準引き下げの影響は極めて限定的である、としている。

一方で、UFRではなく、割引利率そのものを一律50bp引き下げた場合の影響について、Allianzの場合、2015年第3四半期末において、200%から188%に12%ポイント低下、Prudentialの場合4、2014年度末において、SCR比率に相当するEconomic Capital Ratioが218%から195%に23%ポイント低下する、としている。割引率の一律の引き下げがUFR水準のどの程度の引き下げに相当するのかについては、会社の資産と負債の状況によって異なることから必ずしも定かではない。ただし、前回のレターで示したようにUFR水準の変更がイールドカーブに与える影響については、20年目以降に徐々に現われてくることになるため、一律の引き下げに比べて、影響は小さいものとなる。

以上の点から、UFR水準が100bp引き下げられて、ユーロに対して3.2%となった場合、大手生命保険会社のSCR比率に一定程度有意な影響を与えることにはなるが、監督当局による介入レベルに該当することを懸念しなければならないような大きな影響を与えるものにはならない、ものと考えられている。
 
4 Prudential のソルベンシーIIによるSCR比率の状況等については、2016年1月19日に行われるInvestor Conferenceで説明が行われることになっている。

7―まとめ

以上、前回のレター以降のUFRを巡る最近の議論の状況等について報告してきた。

これまでの議論を通じて、EUさらには国際的な監督規制のレベルでも、UFR(に相当する概念)そのものを導入することについては、大きな反対は見られない模様である。その意味では、UFRの使用については、広く一般の理解が得られてきているように見える。前回のレターでも述べたように、日本においても、ソルベンシー規制目的のために経済価値ベースの責任準備金等を算出する場合に、UFRを導入することについては、1つの選択肢として大きな検討課題になってくるものと考えられる。ただし、今回の報告における水準設定等を巡る議論にみられるように、また前回のレターで報告したように、UFRを導入する場合には、いくつかの大きな課題を抱えていることも事実である。
その意味で、UFRを巡る議論は極めて注目されているものであり、今後も、EIOPAやIAIS等における検討状況やそれに対する関係者の反応等を注視し、議論の行方や決着の状況をフォローしていくこととしたい。
 
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中村 亮一

研究・専門分野

(2016年01月12日「基礎研レター」)

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