2015年12月04日

日韓比較(11):医療保険制度-その4 医薬分業―患者がより利用しやすい仕組みになることを願う―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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したがって、医薬分業に参加している医療機関は(1)院外に処方箋を出せばより高い診療報酬がもらえることと、(2)薬の購入や在庫の管理のための時間やスペース、そして労働力を節約できることなどを考慮して医薬分業の実施に乗り出した可能性が高い。さらに、厚生労働省は医薬分業の進展を支援するとともに、「かかりつけ薬局」の育成を図り、医薬分業のメリットがさらに広く国民に受け入れられるよう、2004年度から(1)医薬分業推進支援センターの施設・設備整備費、(2)薬局機能評価制度導入整備事業費、(3)医薬分業啓発普及費に関する予算を設定・実施するなど医薬分業に積極的な立場を見せている。

表2は医薬分業率を地域別に見たもので、秋田県が84.2%で最も高く、福井県が45.0%で最も低いことが分かる。そして、データが利用できる28年間における医薬分業率の変化を見ると、新潟県の変化(73.5ポイント上昇)が最も大きく、福井県の変化が最も小さい(44.3ポイント上昇)。なぜ医薬分業率は地域間に差が発生しているのだろうか。
表2 日本における医薬分業率の推移
図3は都道府県における医薬分業率とそれに影響を与えると考えられる要因との相関関係を示している。医薬分業率としては日本薬剤師会が公表している都道府県別処方箋受取率を、その他のデータとしては病院数(人口10万人対)、薬局数(人口10万人対)、医師数(人口10万人対)、薬剤師数(人口10万人対)、高齢化率、1人当たり医療費を用いた。分析の結果、医薬分業率と医師数(人口10万人対)の間では負の相関関係(5%水準で有意)が、医薬分業率と薬局数(人口10万人対)の間で は正の相関関係(5%水準で有意)が見つかった。一方、医薬分業率と病院数(人口10万人対)、高齢化率、一人当たり医療費との間では負の相関関係が、薬剤師数(人口10万人対)との間では正の相関関係が見られたものの、統計的に有意な結果は得られなかった。分析の結果から医師や病院が多い地域は、医薬分業率が低く、逆に薬剤師や薬局が多い地域は医薬分業率が高いことが読み取れる。
図3 医薬分業率と関連項目との関連性分析

3――韓国における医薬分業

一方、韓国では2000年7月1日に、数多くの紆余曲折の末に医薬分業が実施された。実際には、医薬分業に対する本格的な論議は1963年の薬事法改正によって提案されたものの、当時の医師と薬剤師の数が医薬分業を実施するには絶対的に不足であったので、事実上その実施が留保された。その後、1982年に地域医療保険モデル事業の一環として全羅南道木浦市においてモデル事業を実施し、1989年7月には薬局医療保険制度が施行された。さらに、1998年には「医薬分業推進協議会」、「医薬品分類委員会」、「医薬分業実務企画団」が構成され、本格的な議論が行われることにより医薬分業制度を施行するための基本的な骨格が作られ、医薬分業の実施に対する広報活動などが行われた。

しかしながら、医師会は政府の医薬分業強行に対抗して、2000年2月17日、ソウルのヨイドでの集会を初めとして計5回の医療ストライキを起こした。同年4月には2回目のストライキを起こした医師会は、6月には大学教授まで参加した6日間のストライキを起こしたことにより、医師会と政府の対応が長期化する兆しを見せ始めた。韓国政府は予定通りに7月1日から医薬分業を施行したものの、医師会は医薬分業に対する反対運動を続けた。7月29日からは事実上の病院診療の中心である専攻医4がストライキを主導しながら、8月11日から17日間の8日間と9月14日から16日までの3日間、そして、10月6日から11日までの6日間にかけて、対政府闘争を実施した。最初にストライキを起こしたのは開業医であったが、医師会の総ストライキを主導して医療大乱まで押し込んだのは専攻医であった。彼らは専攻医の処遇改善と薬事法の早期改善などの主張に対する政府の消極的な対応と一方的な行政措置に激憤し、全面的なストライキを起こした。24時間待機、安い給料、長い修練期間などの厳しい勤務環境は、彼らの不満を引き起こす要因に繋がった。

このように、8月から10月にわたって行われた連続的なストライキにより、国民の医師会や医師に対する意識は大きく変化した。国民の間では医師会のストライキに対して国民の命を人質にした酷い行為だと考える人も出始め、そのような意識はだんだん拡大した。つまり、今まで尊敬の対象であった医師に対する国民の信頼は踏みにじられ、憤怒と憎悪に変わり始めたのである。医師会のストライキは結局、必要な時に診療を受けることができなかった患者が命を失う事態までもたらし、医師会に対する国民の不満は最高潮に達することになった。また、市民団体はストライキの撤回を訴える声明を続々発表し、各種マスコミの投稿欄には医師会のストライキを非難する投稿が絶えなかった。

結局、医師会は国民やマスコミの非難の声に耐えられず、保健福祉部、医師会、薬剤師会で構成される医薬政委員会に参加することを決めた。11月11日に行われた第6次医薬政委員会では、薬事法と関連する12個の項目に対して合意をすることになり、5ヶ月にわたった医薬紛争は解決の道を歩み始めた。韓国における医薬分業の実施までの詳細は表2を参照してほしい。
表2韓国における医薬分業の実施までの動向-
 
4 専攻医は、6年の医科大を卒業して、専門医の資格を取得するために一定の修練機関や修練病院に属して一つの専門科目を集中的に修練している医師を指す言葉である。以前から、専攻医の劣悪な環境と厳しい勤務条件は、医療現場の問題点として認知されてきた。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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