コラム
2015年05月29日

公的年金は増額傾向? 欠かせないデフレ脱却

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 梅内 俊樹

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昨年に引き続き、今年度も2%台の賃上げが実施される見込みである。ベースアップに踏み切る企業は全体の半数程度に留まりそうであるが、個人の所得環境は明らかに好転している。他方、物価上昇率は、昨年2.7%(全国消費者物価の食料・エネルギーを含む総合指数)に跳ね上がった。消費税率の引上げの影響を除くと0%程度に留まり、デフレ脱却と言える状況には未だ至ってはいないが、今年度以降、緩やかながらも物価の上昇が予想されている。

こうした賃金・物価の上昇は、公的年金(国民年金・厚生年金)の年金額にも好影響をもたらす。公的年金では、毎年度、年金額が改定されるが、改定率(年金額の対前年増減率)は原則として賃金や物価の変化率によって決まるためである。6月から支払われる今年度の年金額が、昨年度に比べ0.9%増額されるのも、昨年度の消費者物価の上昇が大きく寄与している。

年金額が増額されると言っても、手放しで喜べる状況にはない。公的年金というと“給付水準の調整・縮小”といった言葉を思い浮かべる方も多いと思われるが、現在、公的年金財政の健全化に向けて、毎年度の年金額の増額率を抑える仕組み、具体的には、特例水準の解消を目的とする調整とマクロ経済スライドによるスライド調整が、改定率の算定に組み込まれているためである。

特例水準の解消は、物価(賃金)の下落に伴って減額すべき時期に、年金額を据え置いたことによって、本来よりも高めに支払われている年金額の超過分の解消を意図したものである。この特例水準の解消により、平成25年10月と平成26年4月にそれぞれ▲1.0%ずつ、改定率が引下げられており、今年度も▲0.5%引下げられている。

マクロ経済スライドによるスライド調整は、少子高齢化に伴う公的年金財政の悪化を防ぐための措置である。保険料収入の減少と年金給付額の増加が見込まれるなか、収支のバランスを図るため、年金額の増加率を賃金や物価の上昇率よりも抑えるべく、毎年度、所定のルールに基づき調整率が決定されるのである。今年度、このスライド調整が初めて適用され、年金改定率は▲0.9%引下げられることになったのである。

年金額改定率の推移

今年度の改定率0.9%はこれら2つの調整を施した後のものであり、本来よりも▲1.4%(▲0.5%+▲0.9%)改定率が抑えられている。特例水準の解消は今年度で完了し、来年度以降は、マクロ経済スライドによるスライド調整のみとなるため、今年度よりは調整は軽くなる見込であるが、当面は賃金や物価の上昇率よりも低めの改定率が適用されることになる。

しかしながら、前年度比での年金額の増額改定は平成11年度以来16年ぶりのことであり、良い兆候と言える。アベノミクスが公的年金の年金額にも好影響を及ぼし始めていると捉えられるからである。安倍政権発足以降の様々な経済・金融政策により企業業績は拡大し、労働市場の需給も改善している。それが賃上げに繋がり、物価上昇見通しを醸成している。こうした経済情勢が軌道に乗れば、賃金や物価の上昇とともに、年金額は着実に増額されることにもなる。年金改定率算定上のテクニカルな要因により、来年度の増額は微妙な情勢だが、再来年度以降、年金額の増額傾向が見込める情勢となりつつあるのである。国内経済の先行きは依然として楽観できる状況ではないが、こうした兆候を打ち消さないためにも、デフレ脱却が待たれるところである。今後の経済政策・成長戦略に期待したい。

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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

経歴
  • 【職歴】
     1988年 日本生命保険相互会社入社
     1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
     2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
     2009年 ニッセイ基礎研究所
     2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
     2013年7月より現職
     2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
     2021年 ESG推進室 兼務

(2015年05月29日「研究員の眼」)

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