2013年12月06日

国が個人の借金を返済する! ― 韓国における国民幸福基金の設立の背景と現状・課題 ―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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■要旨

  • 韓国では2013年3月29日に国民幸福基金が、正式に発足した。国民幸福基金は、朴槿恵大統領の選挙公約の一つであり、債務不履行者の信用回復や庶民の過剰債務解消を目指した政策である。
  • 韓国の家計債務問題は、韓国経済の脆弱性を表しており、国会の公聴会でも議論されるほど、深刻な社会問題である。家計債務の総額は2002年の464.7兆ウォン(43兆円)から、2012年には963.8兆ウォン(89兆円)まで増加している。
  • 家計債務が増加した主な要因としては、(1)ハウスプアの増加、(2)家計の実質所得の減少、(3)クレジットカードの乱発や過剰消費、(4)支出の比率が高い40代や50代世代の増加が考えられる。
  • 韓国では、家計債務の増加がもたらす、国民生活の困窮に対しては、これまでもいくつかの支援策が実施されてきた。これらの支援策は、債務に対する延滞の発生状況により区分することができる。
  • 債務を延滞していない庶民向けの金融支援策としては、「ミソ金融(事業ローン」)、「セヒマンホルシ貸出(フリーローン)」、「ヘッサルローン(低金利切替ローン、生活維持資金)」、「バクォドリームローン(低金利切替ローン)」等が実施されている。
  • 一方、債務を延滞している債務不履行者に対する支援策は「フリーワークアウト」、「個人ワークアウト」、「個人回生」、「個人破産」、「国民幸福基金(旧信用回復基金)」等があげられる。
  • 韓国政府は家計債務者を支援する目的で、約40種類の金融支援策を実施してきた。しかしながら、(1)性格が似ている支援策が多く、どの制度を利用すればいいのかよく分からない、(2)制度が分散しており、検索に時間がかかってしまう、(3)支援策の内容に対する十分な広報活動が行われておらず、潜在的な債務者の利用度が低いという問題点が指摘されてきた。そこで、韓国政府は、国民幸福基金制度を新たに実施することにより、分散されていた支援策をできるだけ一つの制度に統合・管理し、家計債務者支援の強化を目指した。
  • 国民幸福基金は、(1)債務調整(金融機関が保有している長期延滞債権を買い入れ、債務不履行者の債務減免や返済期間の調整、そして信用回復を支援すること)や、(2)低金利への切り替え(第2金融圏や消費者金融からの高金利貸出(20%以上)を低金利に切り替えること)により、債務不履行者が再び自立できるような環境を提供することを目指している。
  • 国民幸福基金の支援を受けるための債務調整申請は、本年4月より受理が始まり、10月31日で終了した。金融委員会の集計結果によると、4月から10月までに国民幸福基金に債務調整を申請した人は、合計24.7万人であり、このうち約21.4万人に対して債務調整の支援を実施すると発表した。
  • 国民幸福基金を大まかに言うと、「国が個人の借金を返済してくれる制度」ということになるが、この制度に対する懸念や反対の意見は導入以前から多かった。
  • 第一の問題点として、国が債務を返済してくれるとなると、それに頼ってわざと債務を返済しない人が増える、いわゆるモラルハザードが発生する恐れや、今まで着実に返済の義務を行ってきた人との衡平性が指摘されていた。
  • 第2の問題点として高齢者や低所得者に対する支援の実効性についての懸念が指摘されてきた。国民幸福基金の債務調整支援対象者の中には、60歳以上の高年齢者が9.2%、所得が2千万ウォン(184万円)以下である低所得者が83.0%も含まれている。つまり、彼らの多くは仕事や所得が不安定であるため、債務が減免されても、債務返済猶予期間である10年以内に債務を返済することは大変難しいと考えられる。従って、彼らに対する更なる対策を至急に講じることも大事である。
  • 債務不履行者の信用回復支援や庶民の過剰債務を解消するために、今年3月に導入された韓国の国民幸福基金が、今後どのように運営され、家計債務の問題を解決していくのか注目されるところである。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

(2013年12月06日「基礎研レポート」)

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