コラム
2012年12月27日

高齢者市場開拓の視点~100兆円市場が求める商品サービスとは

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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自民党が政権の座に返り咲き、強い経済の立て直しに向けた動きがスタートした。どれだけ期待できるかは今後の動向を注視したいが、少なくとも経済界の諸団体からは前向きな発言が相次いでいる。デフレ脱却という大きな課題を打破するには、とにかく市場で貨幣を循環させる必要があることは言うまでもないが、その循環を促す方策を考える上で、高齢者が消費する市場を無視することはできない。日本は世界で最も高齢化の進んだ高齢化最先進国であり、やがて3人に1人が65歳以上となる超高齢社会を迎える。その社会の変化を前提にした経済政策が不可欠である。
   こうした主張は、決して目新しいことではなく、多くの識者や機関から発信されている。しかし、未だにこの高齢者市場の活性化に向けた国の強いリーダーシップや産業界の積極的な取り組みは少ない印象がある。そこで、改めてあくまで国民が求める視点に立って、高齢者市場をどのような切り口で活性化させていくべきか、私見を述べることとする。


(1)高齢者市場規模の見通し

まず市場の規模を確認しておこう。おそらく新聞報道等から「高齢者市場100兆円」という話をご存知の方も少なくないと想像するが、今後の見通しを含めてその規模を独自に推計してみると、2012年時点で100兆円に到達した以降も、毎年1兆円の規模で拡大する見通しにある。家計消費市場全体においてもいずれ5割を占めることになる。この推計はあくまで消費性向は不変のまま、人口と世帯構造の変化だけを当てはめて試算したものであり(いわば自然体の推計)、もし高齢者が求める商品サービスが今後数多く市場に投入されれば、乗数の掛け算で拡大する期待もできる。ただ一方で、高齢者の多くは年金を中心とした暮らしにあり財布の紐は決して緩くはない。また高齢者は長年の消費行動から独自の判断基準をもった「消費のプロ」でもあり、そのような顧客であることをしっかり踏まえた上で高齢者市場を考えていく必要がある。
   なお、「高齢者市場」と一言で述べてきたが、高齢者は健康、経済、キャリア、価値観等、極めて多様であって、正確には村田氏が述べるように「多様なミクロ市場の集合体」として理解すべきである。もう少し大きく捉えれば筆者が以前に述べたように「1割:8割:1割」(富裕:普通:要介護)の市場に区分されるiiとイメージして把握することが肝要である。

家計消費市場全体に占める60歳以上高齢者消費の割合と60歳以上消費額の推計



(2)高齢者が求める商品サービスとは ~生き方ニーズへの対応とENJOYを追求する視点を

それでは「高齢者市場」においてどのようなニーズに対応した市場が求められるのであろうか(ここでは上述の普通の8割の市場について考える)。まずこれまで一般的に考えられ開拓されてきた既存の市場を上げてみる。一つは、(1)「不の解消ニーズ」市場、つまり老化に伴う身体上、生活上に起こる様々な不便や不満、困りごとを代替、補完する形で解消する市場である(補聴器、杖、電動自転車、配食サービス、らくらくホン等)。このニーズへの対応は高齢者市場において中心的なものであり今後もさらに拡大していくことになろう。次に、(2)「健康ニーズ」市場がある。これは高齢者に限った話ではないが、高齢になるほど健康に対する関心は高くなり、自分(健康)のための投資意欲が高まることも顕著な傾向として見られる。最近は「健康カラオケ」「健康マージャン」といった健康と絡めた新業態も産まれてきている。(3)「時間充実(消費)ニーズ」市場、この視点もある。高齢者の多くは基本的にモノには困っていない。日々の自由な時間を如何に満喫できるか、活動や趣味を充実させてくれるサービスに対するニーズは根強い(旅をサポートするナビ、生涯学習、家庭農園、軽登山関連グッズ等)。その他、親子・孫、友人との関係をサポートするような市場、つまり(4)「つながり関係ニーズ」市場とでも呼ぶような市場もあるだろう(老親の見守りサービス等の親孝行市場、子・孫向け市場、同窓会サポート等)。
   以上はあくまで代表的な高齢者のニーズとその市場の例(一部)を挙げたに過ぎないが、明らかにニーズがあるのに開拓が進んでいない市場も多い。ここでは次の2つの市場を取り上げたい。
   一つは、「人生90年時代」に相応しい、セカンドライフの生き方を提案してサポートするような、(5)「長寿の生き方ニーズ」に応える市場である。古くて新しい課題と言えるが、定年後に何をしたらよいのかわからず不安を抱いている中高齢者は少なくない。そうした人に、こうした生き方、楽しみ方がある、そのような提案とセットで商品サービスが組み込まれた総合的なサービスモデルを求めるニーズは潜在的にある。特に団塊世代のニーズは強い。戦前・戦中世代の高齢者の意識とはやや異なり、団塊世代の多くは人生90年生きることを前提に考えるが故に、そうした生き方ニーズが顕在化している。こうした生き方ニーズに対してこれまでは、あくまで自助努力の範囲で、自己開拓と選択を行ってきたわけであるが、高齢期の暮らし方、活躍の仕方、人とのつながり方、楽しみ方について、多面的なサポートを求める声をよく耳にする。ただ、こうした生活全般をサポートするような事業は単独の企業で提供することは難しく、複数の様々な業態の企業が参加する形で開発・提供していくことが求められる。なお、筆者も参加する東京大学の産学連携組織「ジェロントロジー・ネットワーク」(民間企業62社が参加)ではこうした生き方ニーズに応える新たなビジネス創造の研究を進めている。
   もう一つは、(6)「身体が弱っても楽しめるENJOYニーズ」に応える市場である。多くの人は70歳代後半から、徐々に身体的な虚弱化が進む。移動するのも困難になってきたり、生活上いろいろな不都合が見られる。そのような状態のまま介護や本格的な医療にお世話になるまでは10年、20年という長い期間に及ぶことは通例である。こうした層、期間に対して、上述の「不の解消」をはかる商品サービスは数多く見られるものの、“もっと楽しく快適にするような商品サービス”はあまり見られない。誰もが年齢に関わらず、健康状態に関わらず、常に“楽しみ”に満たされながら暮らしていきたいものであるが、特に高齢の方に提供するサービスとしては安心・安全や不の解消といった側面で考えられてしまう。もっと“楽しみ”という視点・発想から新たな商品サービスを開発していくことが望ましく、市場の規模を考えてもこれから急増する高齢者の多くは75歳以上の高齢者であって、この層への積極的なアプローチは社会全体の経済成長の側面からも重要である。老いていくのをただ我慢するような生き方にならないようにするためにも、“身体が弱ってもこんなに楽しいことがある”、そうした商品サービスの積極的な開発と市場への投入が待たれる。
   以上の(5)(6)の市場に共通することは、人生90年時代だからこそ必要な長い高齢期を如何に全期間にわたって“楽しく過ごすことができるか”、この命題に応える新たな市場創造であると言える。そこに大きな高齢者市場拡大の期待があると考える。


 図表1の推計方法
 

 
 村田裕之(東北大学加齢医学研究所スマート・エイジング国際共同研究センター特任教授)

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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

(2012年12月27日「研究員の眼」)

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