2012年04月02日

ところ変われば保険も変わる

明田 裕

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1――民間の医療保険の給付の中心は「入院1日当たり○○円」。これ世界の常識?

民間の医療保険というと、われわれはすぐ入院1日あたり5000円とか1万円とかの定額が支給されるタイプの商品を思い浮かべるが、広く世界に目を転ずると、こうしたタイプの商品はあまり一般的ではない。
   米国では、よく知られているように、65歳以上の高齢者と貧困層などを除けば公的な医療保険制度が存在しない。64歳以下の一般の国民は、医療保障を受けようとすれば、民間の医療保険に加入するしかないが、そこで提供されるのは、当然のごとく、日本の公的医療保険に似た現物給付ないし実費支給タイプの保険である(一定の免責額や自己負担がある)。日本と違うのは、医療サービスの価格が完全に自由なことだ。保険を提供する側としては、それでは支出がいくらになるか分からないので、給付する医療サービスの内容や価格、ひいては病院そのものをコントロール下に置こうとする。これがマネージド・ケアと呼ばれる仕組みだ。
   日本に先駆けて社会保障制度が発達した欧州主要国においても、民間の医療保険は現物給付・実費支給型の商品が中心だ。ドイツでは、日本と同様、国民皆保険の仕組みが採用されているが、自営業者などには、民間の医療保険に加入することで公的医療保険への加入を代替するコントラクト・アウトの制度がある。民間医療保険会社は、公的医療保険と同等の給付を行う商品を提供する義務を負う。民間医療保険に加入するメリットは、より質の高い医療が受けられることである。公的医療保険を利用した医療サービスの診療報酬は全国一律であるが、たとえば大病院の部長級の医師の医療サービスの価格はそれより高く、そうした医師による治療は民間医療保険に加入しないと受けられない。
   英国でも事情は似ている。英国には「ゆりかごから墓場まで」をキャッチフレーズに第二次大戦後に発足した労働党政権の最大の成果といわれるNHS(国民健康サービス)という制度があり、医療費は原則無料である。しかしながら、入院までの待ち期間が長いとか医療サービスの質が低いといった理由で、PMIと呼ばれる現物給付型の民間の医療保険に加入する人も多い。NHSで提供される以外の医療サービスの価格は当然自由である。
   米国でもドイツでも英国でも、民間の保険会社は定額給付型の商品も提供しているが、中心はあくまで現物給付・実費支給型の商品でのようだ。


2――なぜ日本で「入院1日当たり○○円」といった商品が普及したのか?

それではなぜ、日本では「入院1日当たり○○円」といった定額給付型の商品が普及したのだろうか? 最大の要因は、(最近短くなりつつあるとはいえ)日本の入院日数が海外の主要国に比べ入院日数が圧倒的に長いことであろう。入院している間は当然仕事ができないので、所得保障といった意味もあったはずだ。全国一律の診療報酬と高額療養費制度のために医療費の自己負担の額がそれほど大きくならないといった事情もあっただろう。
   こうした事情は今後も変わらないのだろうか? 医療技術の進歩や厚生労働省の政策により、入院日数の短期化には今後拍車がかかりそうだし、「神の手」と呼ばれるカリスマ医師も新米の医者も同じ治療行為を行えば同じ診療報酬という仕組みが今後永遠に続く保証もない。入院・休業時の所得保障については、海外では正面から就業不能状態を保障する商品が販売されているが、日本でも最近そうした商品が売り出され始めた。日本の医療保険の今後に注目したい。


(筆者敬白)
    毎週月曜日(祝日に当たる場合は休載)に、「知っているようで知らない保険・年金の話」「海外の保険・年金の今が分かる」「ところ変われば保険も変わる」といったことをキーワードに、とかく難しいといわれる保険・年金の話をできるだけ分かりやすく発信していきます。ご愛顧いただければ幸いです。

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