コラム
2012年03月21日

AIJ問題の間違った解釈-ケイマン籍ファンド、独立系投資顧問、総合型年金基金について

金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト 井出 真吾

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AIJ問題を巡っては、毎日のように様々な報道がなされ、インターネット上などでは多くの議論が展開されている。納得できる内容も多いが、一部にやや行き過ぎた解釈もあるようだ。本稿ではそのいくつかについて筆者なりの考えを整理する。

(1)ケイマン籍のファンドは怪しいのか?

ケイマン諸島やバミューダ諸島などはファンドの課税を優遇したり、投資家や運用会社が意図した運用を実現しやすいように規制をシンプルにしており、これらに籍を置くファンドを総称してオフショア・ファンドと呼ぶ。

今回の件で気になるのは、「オフショア・ファンドは怪しいから、やめた方がよい」とする論調である。しかし、オフショア・ファンドはケイマン籍だけでも1万本以上(残高100兆円以上)あるとされ、その多くは相互牽制が働く仕組みで透明性が確保されていると言われていることを考えると、オフショア・ファンドが全て怪しいと一刀両断に決め付けるのはかなり無理がある。

とはいえ、耳慣れない人にとっては、ファンドに関わる複数の会社(顧客資産を保管する信託銀行など)が信頼できる先なのか瞬時に判断するのは難しいだろう。実際、筆者もAIJ問題が表面化した当初は、ファンドの説明資料に記載されている信託銀行などの名称が世界的な金融グループと若干違うと思い、「AIJが詐欺目的で作った類似のペーパーカンパニーか?」と疑った。しかし、その後の報道やオフショア・ファンドに詳しい専門家へのヒアリングで、AIJのファンドに関わる信託銀行は実在するどころか世界シェアも有数であることが判明し、結局、ファンド価値を算定する管理会社が虚偽報告の出所であった公算が大きいようだ。

ケイマンなどを利用するのは、税務上のメリットやファンド設定の柔軟性・機動性など、相応の理由があるはずだ(今になって思えば、AIJのファンドはオフショアにする必然性が見当たらない)。従って、良好な運用成績が期待できそうなファンドであれば、オフショアかどうかということよりも、オフショアにする合理的な理由があるか、更に、もし運用方法やファンドに関連する会社などに不明な点があれば、それをクリアーにすることの方が重要だと考える。「オフショアだから」という理由だけでそのファンドを避けるのは正しい判断とは言えない。

(2)独立系投資顧問は危ないのか?

AIJが銀行や保険会社などの系列に属さないせいか、独立系投資顧問との契約を見直す動きが一部に出ているようだ。直接の被害を受けたり、危うく難を逃れた年金基金が独立系投資顧問を敬遠したくなる心情は理解できる。

しかし、筆者は独立系であることが原因でAIJ問題が起きたのではないと考えている。これまでの報道を見る限り、問題となったファンドは一見通常のオフショア・ファンドと同じ仕組みに見せかけながら、実はAIJのグループ会社(ペーパーカンパニー)に運用評価を握らせることで、虚偽の報告が発覚しにくい仕組みを作っていた。つまり、ファンドの運用会社と評価会社がグルになって顧客を騙し続けてきた構図だが、この不適切な仕組みと独立系であることには何ら因果関係はない。

むしろ、独立系投資顧問は運用の独自性で勝負していることが多く、他と併用することでリスクを分散できる可能性がある。また、投資顧問会社の規模が小さいとか、新進気鋭だからといって管理体制が悪いと決め付けることはできない。「独立系だから」、「小さいから」、「立ち上げたばかりだから」といった外形的な理由で優れた投資顧問会社を排除することは、年金に限らず運用の選択肢を狭めることになってしまう。

(3)総合型の年金基金にはリスクを取った運用をさせるべきでないのか?

今回の件では、被害に遭った年金基金の財政状態が苦しかったことと運用体制が十分でなかったことが事件の遠因とされる。そして、その多くが総合型の年金基金であったことから、「総合型の年金基金にはリスクを取った運用を認めるべきではない」とか、「リスク分散を徹底させよ」といった意見も見受けられる。これには概ね賛成するが、「総合型だから」という外形的な基準で一律の規制を導入するのは好ましくないように思う。

総合型の年金基金であっても財政状態に余裕があればそれに見合う範囲内でリスクを取ることは正当化されるし、運用体制が整っていればその能力を活かさないのは非効率ともいえる。

また、リスク分散は必要だが、最低契約金額は「○億円以上」とされているケースも多いため、資産規模が極端に小さい年金基金ではリスクを分散させるにも限度があるだろう。そもそも運用体制が脆弱な年金基金の場合は、リスクを分散しているつもりでも実はあまり分散されていなかった、ということも考えうる。

となると十分な運用体制を敷くことが重要なポイントとなるが、体制整備が困難な年金基金に対して一律に禁止するのではなく、医療分野で普及しつつあるセカンド・オピニオン(他の専門家の意見)を得ることを求めたり、投資顧問会社との直接契約ではなく信頼できる運用会社を通じてファンドを購入するなどの対策も考えられる。

AIJ問題は、いずれ当局の調査結果が明らかになり、並行して再発防止策の検討も進むと思われるが、オフショア・ファンド、独立系投資顧問、総合型年金基金のいずれも、十把一絡げにしてはいけない。
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金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 (株)ニッセイ基礎研究所へ
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本ファイナンス学会理事
     ・日本証券アナリスト協会認定アナリスト

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