コラム
2012年02月20日

経済成長か幸福か?~GDP対GNH~

櫨(はじ) 浩一

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1.ブータン国王夫妻の来日

昨年11月来日されたブータンのサンチュク国王ご夫妻は、東京・京都の他に被災地も訪問され、飾らぬ人柄で我々を魅了した。ブータンの前国王は、GDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)ではなくGNH(Gross National Happiness:国民総幸福)を指標とした国政を掲げた。2008年のリーマン・ショック後、フランスのサルコジ大統領が従来の経済指標だけでなく国民の幸福度を含んだ指標の作成を提唱し、先進国の集まりであるOECD(経済開発協力機構)でも幸福度指標の研究が行われている。ブータンに刺激されたことは明らかで、人口わずか70万人程度の国でも哲学や思想によって世界に存在感を示すことができることを示した訳だ。
   GDPだけでは国民の幸福を追求するための指標としては不十分だということが言われるようになったのは、実ははるかに昔の話だ。筆者は1980年代半ばに、健康や犯罪なども含んだ社会指標(Social Index)を作成するという仕事をしていたことがある。公害が問題となった1970年代には環境や余暇などを考慮したNNW(National Net Welfare)の作成などが試みられたこともある。こうした指標は価値観が大きく影響してしまい、なおかつ非常に複雑で指標の意味が分かり難い。NNWとは「何が何だか分からない」の略語だという冗談まで生まれた。


2.経済成長か幸福か

かつて日本では高度成長が大気汚染などの公害を生んだという批判から「くたばれGNP」というフレーズが流行した。今回は、リーマン・ショックのような金融危機が経済の規模拡大を追い求め過ぎたことで生まれたという反省が、GNHに対する関心を高めたことは確かだろう。さらに日本では、少子高齢化によって総人口が減少を続けると予想されていることも経済規模の拡大ではなく、GNHのような幸福度を政策の目標としようという考え方に寄与している。
   経済成長よりも幸福度を目指すという考え方の人々は、お金があっても幸せとは限らない、貧しくとも幸せというライフスタイルを提唱する。一方、豊かさの実現のためには経済の発展が欠かせないという考え方も根強く、政府の政策を巡って経済成長か幸福かという対立の構図がある。


3.対立の原因は経済成長に対する誤解

筆者は「経済成長か幸福か」という対立の構図が生まれてしまうのは、経済成長とは何かということについての誤解から生じていると考えている。経済成長は人々が幸せを追求するための手段だから、本来は経済成長と幸福は対立する話ではないはずなのだ。
   高齢化がさらに進展する中で、現役世代の負担を抑えつつ年金や医療などの社会保障制度を維持することは経済成長無しには実現不可能で、豊かな高齢社会のためにも経済成長が必要だ。一方、日本国内に住む人々が幸福になるためには、日本の経済規模が拡大すればどのような形でも良いというものでもない。
   GDPは国内総生産の名の通り、日本国内でどれだけの価値のあるモノやサービスが生産されたかを表す指標だ。生み出された価値が、国民の生活を豊かにするために適切に使われたかどうかはGDPを見るだけでは分からない。日本経済は生産したものが売れないという問題と同時に少子高齢化の進展に対応して必要となる介護や医療、子育て支援が十分には供給されないという問題に悩まされてきた。これは言い換えれば、国内で生産されているものと、日本国内で必要とされているものがマッチしていないということだ。
   長年日本を悩ませてきた低成長を克服するカギは、実は我々がもっと幸せになるためには何を供給すればよいのかということにある。経済成長と幸福度は対立する問題ではなく、実は同じ問題を少し違う角度から見ているだけだということに気がつかないと、いつまでも不毛な対立が続いてしまい、我々の生活は改善しないだろう。

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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

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