コラム
2010年11月29日

借り手優位のオフィス市場-ビルオーナーに求められる対話力と提案力

松村 徹

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先ごろ、長期保有型ビルオーナー向けのある会員誌に、『地方に学ぶリーシング術』という興味深い記事が掲載されていた。これは、市場規模が小さく需要の弱い地方都市で、厳しい市況下にもかかわらずテナント誘致に成功した事例を紹介して、そのポイントを探るという企画だ。「泳いでいる魚が少ないから、来た魚は絶対に逃さないつもりで」、給排水管増設や休日開館、個別空調制御など、企業との商談に真摯かつ粘り強く対応し、柔軟な契約条件を提案して合意に至ったケースが示されている。どの事例からも、テナントとのコミュニケーションを深めることで、顧客が要望している契約条件の背景にある本音や真のニーズを理解し、お互いが納得できる条件を提案することができる、というメッセージが伝わってくる。

ビルオーナーにとって、このような行動は当たり前のことではないかと思われるかもしれないが、必ずしもそうでないのは、ビル事業がこれまで長く恵まれた環境にあったことと無縁ではない。過去、日本経済の順調な成長と人口の大都市集中を背景に、オフィス供給がいくら増えても、必ず需要が追いつき市場規模が拡大してきたからだ。しかし、現在、景気先行き不安や投資の海外シフトなどから、企業は国内でのオフィス拡張に慎重となっており、一部優良ビルの賃料に底打ちが見られるものの、平均的なビルでは賃料低下が止まらない。先の記事は、借り手優位の厳しい市況を反映したものといえるが、いまだに仲介会社任せで漫然とテナント誘致をしているビルオーナーへの問題提起とみることもできる。

実は、顧客あってのサービス業であるはずのビル賃貸業で、顧客満足(CS:Customer Satisfaction)という言葉が使われるようになったのは、2001年に市場が創設されたJ-REIT(不動産投信)以降のことだ。これは、証券化によってビル事業で所有と経営の分離が進み、ビル経営がプロ化したことに加え、従来の営業スタイルでは多様化する需要や市場の変化に対応できなくなったことが背景にある。かつて、事務所利用がほとんどだったオフィス需要は、24時間稼動のソフトウェア開発拠点やコールセンター、不特定多数が出入りする各種学校や店舗、転貸ビジネスのサービスオフィスから、最近では有料自習室やビル内結婚式場まで多様化が著しい。また、フリーレント期間(賃料を徴収しない期間)や段階賃料の設定、定期借家契約など、契約条件のオプションも増えている。

これまでも、専門のファシリティ・マネージャーを擁してタフな交渉を行う外資系金融機関や、自社ビル開発経験が豊富でCRE(企業不動産)戦略にも精通した国内メーカーなどを交渉相手とするAクラスビル市場では、ビルオーナーは顧客との対話力や提案力を高めざるを得なかった。たとえば、オフィスの省エネや資源再利用は彼らの重要な関心事のひとつで、テナント部分(内装)での米国環境性能基準の認証1取得に協力するなど、設備・運営両面でより踏み込んだ対応が求められるからだ。現在、平均的なテナントにおいても、オフィスの生産性向上や省エネへの関心が高まっているが、家具レイアウトや会議室の有効利用、テナントの省エネ推進について具体的な提案を行えるオーナーはどれだけいるだろうか。できるだけ広く貸したいのは当然だが、レイアウトを工夫して1フロアに集約した方がテナントの生産性が向上するケースもあるはずだ。また、天井照明をLEDに取り替えなくとも、間引きで照度を下げ、手元照明で補完するタスク・アンビエント化すれば電気代は削減できる。いずれにしても、借り手優位の市場を生き抜くため、顧客との対話力と顧客への提案力を磨き、安さ以外に特徴の出せないビル同士での際限ない値下げ競争に巻き込まれにくい体質に変わることが、多くのビルオーナーに求められている。
 
1 LEED(Leadership in Energy Efficiency Design)認証
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