2010年11月24日

外需依存の経済成長と経済大国の矜持

櫨(はじ) 浩一

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全ての企業が黒字になるということはあり得るが、国際収支ではどこかの国が黒字となれば、それと同額の赤字がどこかの国で発生してしまう。ある国の輸出は、どこかの国の輸入だから、世界中の収支を合計するとゼロになるという関係はどんなときでも崩れない。2000年代前半に多くの国の経常収支が黒字となっていたのは、米国が巨額の経常収支赤字を出していたからだ。リーマンショックを契機に米国の輸入が減少して赤字が縮小すると、日本を含めて多くの国々の黒字が縮小して、景気の悪化が起こった。国内需要の低迷に苦しんでいる国々は、通貨安などによって輸出を拡大して景気の回復を図ろうと考えるが、それにはどこかで経常収支の赤字を拡大する国が必要だ。
1929年のNY株式市場の暴落が世界大恐慌に発展したことの原因については、未だに諸説があって決着を見ていないが、キンドルバーガーは「大不況下の世界経済」の中で、第一次世界大戦を経て世界経済の中心が欧州から米国へと移っていく過程で、米国がその経済力に見合う国際的な責務を果たそうとしなかったからだと指摘している。今年のGDPが日本を抜いて世界第二の経済大国となろうとしている中国が、人民元を割安に維持して経常収支の黒字を拡大させることで高成長を続けようとすれば、歴史が繰り返される恐れがある。中国は第12次5カ年計画の基本方針に、国内総生産(GDP)の伸び率にあわせて国民の所得を増やすことを目標に盛り込んだが、これは輸出や投資に過度に依存した経済成長から、国内消費の拡大による経済成長へと方向転換を図ったものだ。中国経済が内需中心の成長へと転換することに成功しなければ、世界経済は拡大する中国の黒字をどこが赤字を増やして吸収するのかという深刻な問題を抱えることになる。
さて、「人の振り見て我が振り直せ」ということわざもあるが、相変わらず外需依存で景気回復を図ろうとしている点では、日本も人様のことを批判できる立場ではない。1990年代以降、長期にわたって経済が低迷しているために、日本社会はすっかり自信を失ってしまっているが、中国に抜かれても、日本はまだ世界第三位の経済大国であり、世界経済の安定のために経済力に相応しい行動をすべきだ。2003年から2004年にかけて大規模な為替市場への介入が国際的に許容され、その後外需主導で景気回復が続いたのは、世界経済が好調で日本経済が立ち直れるように助力する余裕があったためだ。
今の世界経済にその余裕はない。海外の需要をあてにして自国の景気回復を図る、という近隣窮乏化政策競争に真っ先に口火を切って飛び込んでいくようでは、日本はついに矜持も無くしてしまったのかと言われかねない。そもそも国際貿易の縮小で一番大きな被害を受けるのは、貿易無くして成り立たない日本経済だ。日本の利益だけを目指さずに、公正なルールによる世界貿易が発展するように率先して貢献することが、世界経済にとっても日本経済にとっても利益になるはずである。

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