2010年06月11日

欧州経済見通し~南欧、中東欧のリスクはくすぶるが、悲観論には行き過ぎも

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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  1. ギリシャの財政問題に端を発する市場の緊張に対して、EUは危機の「伝播」を防ぐためのセーフティーネットの構築、再発防止のためのサーベイランスの強化、ECBは市場の安定化、南欧や中東欧の問題国は緊縮財政の強化に動いている。それでも一旦低下したリスク指標の再上昇、ユーロ安基調が続いているのは、スペイン、ハンガリーなど財政緊縮、構造改革を進める国々で表面化する問題に、欧州不信を強める市場が過敏に反応するためだ。
  2. 市場の動揺の実体経済への影響は、直近のサーベイ調査などの結果を見る限り、国・セクターごとにまちまちで、リーマン・ショック後のような「全面的で急激かつ大幅な」悪化は見られない。財政逼迫の度合いが高い国がEU・ユーロ圏経済全体に占める比重は高くないし、財政危機の伝播リスクは政策対応により軽減された。ECBは厚めの流動性供給と低金利政策を継続する見通しだ。リーマン・ショック後との違いとしては、必要な場合に発動可能な金融システム問題に対処するための制度が存在し、米中など域外経済の持ち直しとユーロ安で、輸出の牽引力は強まっていることがある。政策の巧拙に関わるリスクはあるが、ユーロ圏全体では2010年0.8%、2011年1.1%、イギリスでも2010年は0.8%、2011年は1.3%と緩慢な回復が続くだろう。
  3. 欧州が全体としては底割れを回避すると見られる一方、米国経済が内需中心の構造であり、輸出依存度が高い中国経済も足もとの成長は内需の牽引力が強いことを考えると、「欧州の信用不安が世界経済の回復に水を差す」リスクも大きくはないと思われる。日本にとっては円高・ユーロ安の一層の加速がなければ影響が抑えられよう。
  4. 欧州域内の財・サービス、資本取引などを通じた強い結びつきや企業、金融機関の汎欧州ネットワークの広がりは、危機以前は統合の成果とされてきたが、足もとではもっぱら不安材料とみなされるようになっている。クロスボーダーな拡大に監督体制等が追いつかず、域内の不均衡の拡大を許した点で大きな問題があったことは確かだが、相互補完関係が成立する単一市場内での結びつきをリスクとばかり捉えるのも行き過ぎだ。
  5. 問題国の財政再建、構造改革への取り組みに加えて、金融システムの健全化、今回の危機を教訓とする制度改善の取り組みが前進し、実態と制度のギャップが縮まるに連れて、欧州経済に対する過度の悲観論は後退することになるだろう。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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