コラム
2009年05月01日

「待ったなし」の少子化政策、「待てない」国民の叫び

生活研究部 人口動態シニアリサーチャー 天野 馨南子

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4月17日に閣議決定されたばかりの平成20年度版少子化社会白書。その中で大きく取り上げられている『「待ったなし」の少子化社会対策の推進』であるが、国民は「待ったなし」どころか「もう待てない」叫びをあげている。

国民の声に拍車をかけているのは不況による夫の給与ダウンやリストラで働かずにはいられなくなった母親達である。子供を預けてすぐにでも働きに出たいが、預ける先がない状況が彼女たちを追い詰めているのである。

4月24日には全国保育団体連絡会(子育て中の母親、保育所の経営者などで構成される団体)が厚生労働省を訪問し、待機児童減少に向けた保育所整備を求める文書を提出した。また同4月、東京・渋谷において、待機児童の早期解決に向け、子育て中の男女がデモ行進を行った。デモを呼びかけたのは男性の子育てを推進するファザーリング・ジャパンという団体である。

待機児童問題に関して政府の対策はあまりにも時間がかかりすぎている。保育問題が戦後最初に注目を浴びたのは「1.57ショック」と言われる1990年で、この年、1989年の合計特殊出生率が、丙午(ひのえうま)という因習によって戦後一時的に減少した1966年の1.58を割り込んだことが判明した。今からもう19年も昔の話である。

このショック現象をうけて4年がかりで1994年に策定された「エンゼルプラン」で、すでに保育所の量的拡大や保育サービスの充実が謳われているにもかかわらず、その後待機児童問題が解消されることはなかった。止まらない少子化をうけて策定された1999年の「新エンゼルプラン」、2001年「待機児童ゼロ作戦」、2008年の「新待機児童ゼロ作戦」と次から次へと政策の見直しが行われる中、待機児童問題は今も解消されないままである。

確かに保育所の定員は増加している。2002年196万だった定員が2008年には212万へと6年間で16万人(8%)増えている。しかしながらその間、毎年常に約2万人の待機児童が発生している。なぜ定員を増やしても、待機児童は減らないのか。

認可保育園はその選考基準においてまずシングル家庭を、そして共働きを優先する。つまり求職中の親は入園を希望しても落選することが多いため、入園希望を提出することさえ諦めることが少なくない。このような親の子どもは「潜在待機児童」となる。一方、毎年集計される待機児童数は、あくまで役所に入園希望を届け出たが落選した「顕在」待機児童の数であり、上記潜在分を含まない。このような状況下、前年待機児童数にあわせて定員増加が行わると、定員増加が呼び水となって一部の潜在待機児童が顕在化し、待機児童数が当初より増加するため、いつまでたっても待機児童問題が解消しないという「定員増加と待機児童増加のいたちごっこ」が生じるのである。

先に示した6年間で16万人の定員増加という政策対応はそれぞれの前年度の顕在的な待機児童数だけを参考にして行われてきているかにみえる。しかしこのような政策では潜在的な待機児童はカバーしきれない。その結果として、急速に進む「待ったなし」の少子高齢化の中で労働人口が減少し、女性や高齢者の労働市場への誘導が謳われる中、就労意欲をもった母親達の就職活動が政策の遅れで阻害されていると言えるのではないか。

世が活況であればこういった女性の労働意欲抑制も顕在化されないが、昨今の不況は問題を顕在化させ、国民を突き動かし始めている。

「待ったなし」「ショック」といったセンセーショナルなプロパガンダだけが先行して問題がいつまでも解決されない政策はもう終わりにしなければならない。人口学でいう超少子化(合計特殊出生率1.3以下)すれすれの「民族の危機」は続いている。何よりもスピーディな対応を望むところである。
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生活研究部   人口動態シニアリサーチャー

天野 馨南子 (あまの かなこ)

研究・専門分野
人口動態に関する諸問題-(特に)少子化対策・東京一極集中・女性活躍推進

経歴
  • プロフィール
    1995年:日本生命保険相互会社 入社
    1999年:株式会社ニッセイ基礎研究所 出向

    ・【総務省統計局】「令和7年国勢調査有識者会議」構成員(2021年~)
    ・【こども家庭庁】令和5年度「地域少子化対策に関する調査事業」委員会委員(2023年度)
    ※都道府県委員職は就任順
    ・【富山県】富山県「県政エグゼクティブアドバイザー」(2023年~)
    ・【富山県】富山県「富山県子育て支援・少子化対策県民会議 委員」(2022年~)
    ・【三重県】三重県「人口減少対策有識者会議 有識者委員」(2023年~)
    ・【石川県】石川県「少子化対策アドバイザー」(2023年度)
    ・【高知県】高知県「中山間地域再興ビジョン検討委員会 委員」(2023年~)
    ・【東京商工会議所】東京における少子化対策専門委員会 学識者委員(2023年~)
    ・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する情報発信/普及啓発検討委員会 委員長(2021年~)
    ・【主催研究会】地方女性活性化研究会(2020年~)
    ・【内閣府特命担当大臣(少子化対策)主宰】「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」構成員(2021年~2022年)
    ・【内閣府男女共同参画局】「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」構成員(2021年~2022年)
    ・【内閣府委託事業】「令和3年度結婚支援ボランティア等育成モデルプログラム開発調査 企画委員会 委員」(内閣府委託事業)(2021年~2022年)
    ・【内閣府】「地域少子化対策重点推進交付金」事業選定審査員(2017年~)
    ・【内閣府】地域少子化対策強化事業の調査研究・効果検証と優良事例調査 企画・分析会議委員(2016年~2017年)
    ・【内閣府特命担当大臣主宰】「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」構成メンバー(2016年)
    ・【富山県】富山県成長戦略会議真の幸せ(ウェルビーイング)戦略プロジェクトチーム 少子化対策・子育て支援専門部会委員(2022年~)
    ・【長野県】伊那市新産業技術推進協議会委員/分野:全般(2020年~2021年)
    ・【佐賀県健康福祉部男女参画・こども局こども未来課】子育てし大県“さが”データ活用アドバイザー(2021年~)
    ・【愛媛県松山市「まつやま人口減少対策推進会議」専門部会】結婚支援ビッグデータ・オープンデータ活用研究会メンバー(2017年度~2018年度)
    ・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータアドバイザー会議委員(2020年度~)
    ・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータ活用研究会委員(2016年度~2019年度)
    ・【中外製薬株式会社】ヒト由来試料を用いた研究に関する倫理委員会 委員(2020年~)
    ・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する意識調査/検討委員会 委員長(2020年~2021年)

    日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)
    日本労務学会 会員
    日本性差医学・医療学会 会員
    日本保険学会 会員
    性差医療情報ネットワーク 会員
    JADPメンタル心理カウンセラー
    JADP上級心理カウンセラー

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