コラム
2008年09月29日

技術貿易収支の黒字拡大が意味するもの~求められる真の知財立国への脱皮~

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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特許権や著作権等の使用料の受払を示す技術貿易収支の黒字が急拡大している。これは我が国の技術力が向上したことを示しているのだろうか。また、2002年に国家戦略として打ち出された「知財立国」の実現、すなわち知的財産の戦略的な保護・活用を図るという目標は達成されたのだろうか。

ところで技術貿易統計は、我が国では日本銀行「国際収支統計」と総務省「科学技術研究調査報告」がある。調査対象範囲等の相違から、両者の数値には大幅な乖離があるものの、黒字が拡大傾向にあることは共通している。各々の統計で我が国の技術貿易収支の動向を概観しておこう。

国際収支ベースの技術貿易収支は、03年に黒字化して以降、黒字が急拡大している。内訳を見ると、ソフトウェア使用料が大半を占める著作権等使用料の赤字が拡大する一方、特許や技術ノウハウ等の工業所有権等使用料の黒字が急拡大している。地域別では、ソフトウェア使用料の赤字が大きいとみられる対北米は赤字が続く一方、黒字基調が続く対アジア、及び05年に黒字化した対EUがここ数年の黒字拡大を牽引している。

科学技術研究調査報告ベースの技術貿易収支は、93年に黒字化して以降、やはり黒字が急拡大している。業種別では、自動車工業が全体の黒字拡大を牽引し、直近データの06年度では全産業の黒字の7割強を占めている。しかも、自動車工業の技術輸出額のうち親子会社間取引が9割を占めている。

2つの統計から推論できることは、(1)著作権使用料が恒常的に赤字に陥っていることから、我が国のソフトウェア産業は米国等に対して比較劣位にある、(2)自動車産業での技術輸出の急増は、欧米とアジアでの現地生産の急拡大に伴い、海外現地法人からのロイヤリティー収入が急増したことによるものである、ということである。すなわち、技術貿易の黒字が急拡大しているとは言え、我が国の技術力が必ずしも抜本的に向上したとは言えない。

当面自動車産業では、成長市場のアジアを中心に現地生産の拡大が続き、技術貿易の黒字拡大を牽引するとみられる。ただし、自動車産業では電気自動車や燃料電池車等の開発に対応し、デバイス技術や化学技術等、外部の多様な科学的知見を開発に取り入れる「オープンイノベーション」の必要性が今後高まってくると予想される。半導体等電機産業も同様の傾向にある(参考:拙稿「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号)

我が国の大手電機系メーカーは90年代以降、米国特許登録件数上位10社のうち半数近くを占めてきた。しかし、我が国の技術輸出額のうちグループ内取引が約75%を占めており、米国特許登録件数の優位性が必ずしもグループ外企業への技術輸出の拡大につながっていないと思われる。

また、主要国の研究費の対GDP比を見ると、我が国が最も高く、かつ上昇傾向にある。これは研究費単位当たりのGDP創出力、すなわち研究開発の生産性が主要国で最も低く、かつ低下傾向にあることを示している。

我が国は、研究開発活動が良質の知的財産を創出し、それが事業化・経済成長につながる、「真の知財立国」の段階に未だ至っていないと思われる。我が国企業がオープンイノベーションに乗り遅れ、海外企業にキーテクノロジーを握られた場合、技術輸入額が増加し技術貿易収支が悪化する可能性もあろう。真の知財立国への脱皮には、組織間連携によりオープンイノベーションを主導し、新規事業化を促進する動きが活発化することが不可欠である。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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