コラム
2008年03月06日

元気になる高齢者~ある地域密着型特養の挑戦~

山梨 恵子

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入所型の介護保険サービスとして利用希望者が後を絶たない介護老人福祉施設。老人福祉法では特別養護老人ホームと呼ばれており、現在、全国に5,700箇所程度存在する。70床、100床といった大型施設も多い中、平成18年の介護保険制度改正を機に新たに登場した地域密着型介護老人福祉施設(以下地域密着型特養という)では、従来の大規模施設のイメージとは正反対に、少人数ケアへの挑戦をはじめている。地域密着型特養と従来型特養との違いは、小規模性、地域に根ざした立地性、指定監督が市町村単位となった点などがあげられるが、実際に訪問してみると規模の改革による生活環境の変化は著しく、利用者の生活や身体状態に与える影響が非常に大きいことに驚かされる。

例えば、「食べること」の一連のケアを通して、小規模化すると利用者の生活がどのように変わるのかを訪ねた地域密着型特養の様子からレポートする。

従来の大規模施設であれば、時間になると利用者は大きな食堂に集合し、栄養士が考え、調理師が作ったバランスのとれた食事が調理室の中から運ばれてくる。ある程度の時間制限はやむを得ないと認識される中で、必要な人にはケアワーカーによる食事介助が行われ、栄養摂取量も怠りなく管理してくれる。

いっぽう、7名を1ユニットとして運営するこの施設では、一般家庭のしつらえに近い少し広めのダイニングキッチンで、利用者一人ひとりの都合に合わせた時間帯に各々の食事がはじまる。調理室から運ばれてくる大規模施設とは違い、料理は利用者のすぐ側にあるオープンキッチンで職員が作る。利用者はリビングで過ごしながら、調理する音や匂いを身体中で感じながら、もうすぐ食事の時間になることを知る。この何気ない日常の営みが、障害を持った高齢者にどのような影響を与えるかというと、若い職員のおぼつかない手つきを見ながら、利用者は自ら調理に手を出したくてウズウズしてくるのである。立ち上がれないはずのその人が立ち上がり、歩けないはずの人が歩き出す。お米を洗う、ジャガイモの皮を剥く。長年主婦をやっていた利用者の中には、部分的なことなら まだまだ出来ることが沢山あるという。料理が苦手な若い職員は、利用者の指導のもとに家庭料理をひとつずつ覚えていき、どちらがケアされる立場なのかと施設長は首をかしげる。一般家庭に近い空間の中だからこそ お年寄りは自分が食べたいものを考えたり、家事に手を出したりする機会が増えていく。主体性は自然に高められ、“自分にもできること”を通じた役割意識や張り合いがお年寄りをどんどん元気にさせていくのかもしれない。

大型施設では、食事の前後にある多くのイベントとは切り離されてしまうため、お年寄りにとっての食の生活は、単に「食べる」という行為だけが残ることになる。「決められた時間」、「決められた場所」で大集合して食べていた生活は、小規模施設になることによって、職員と一緒に食材を買いに出かけ、すれ違った地域の人と挨拶を交わし、新鮮な魚を選んだり財布を出して支払いをしたりするアクティビティの連続へと様変わりする。大規模施設に必ずつくらなければならない機能回復訓練室(リハビリ室)で、いくらやっても立てるようにならなかった利用者が、台所にある包丁を握りたいと思うだけで立ち上がれるようになるのは不思議だが、いかに人間にとって動機付けが重要であるかの証明でもある。この、暮らしを通じた生活リハビリの概念が広がれば、社会的な経費の無駄遣いはもう少し解消できるのかもしれないと考えさせられた訪問だった。

ところで、最後に施設長から聞いた話は経営者としての悲鳴である。

どんどん若返りはじめる利用者は、施設全体の平均要介護度を従来よりも1.0近く下げてしまった。これは、お年寄りが元気になったことを示すと同時に、施設の収入を大幅に減収させたことを示す。良い環境と良いケアがお年寄りを元気にするのに、介護保険制度には成功報酬という概念は存在しないのである。
 
このレポートは、訪問した地域密着型特養の様子について特定施設の取り組みとして紹介したもので、地域密着型特養全体の標準を示すものではありません。
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山梨 恵子

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