コラム
2007年08月06日

最近のM&A議論の中で忘れられているもの

小本 恵照

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1. 社会全体の視野に立ったM&A評価の必要性

  M&Aブームが続いている。(株)レコフの統計によると今年上半期のM&A件数は過去最高水準だった昨年を5%程度下回ったが、依然高水準であることには変わりはない。M&Aの内容もここ数年で大きく変わり、最近ではスティール・パートナーズなどの投資ファンドによる敵対的買収やそれに伴う委任状闘争や法廷闘争が注目を集めている。

  こうしたブームを受け、新聞や雑誌はM&Aを記事に取り上げ、M&Aに関する書籍も数多く刊行されている。その記事や書籍の内容をみると、M&AのプロセスやM&A実行後の企業業績への影響に関するものが多く、M&Aを実行する会社の視点に立った議論が中心となっているようである。しかし、M&Aが影響を与えるのはM&A実行会社だけではなく、M&Aによる市場構造の変化やそれに伴う価格変化を通じて消費者にも影響を与える。これは、M&Aを実行する企業のトップが、市場シェアの向上による価格支配力の向上をその目標として明確に掲げることが多いことに象徴されている。価格支配力の向上が購買の際の交渉力を高め低価格での調達が可能となり、その恩恵が消費者に還元されるなら問題はない。しかし、販売の際の交渉力の向上が、消費者に対する高価格での販売となるならば、M&A当事会社にとっては利益が増えM&Aは成功となるが、消費者はその犠牲となってしまう。つまり、M&AによってM&Aを実行した会社の利益は増えるものの、社会全体の厚生が低下する恐れがある。1990年代後半から始まった今回のM&Aブームが、消費者を含めた社会全体にとってプラスとなっているのかどうかを検証しようという姿勢が、最近の議論には欠けていると思われる。


2. 求められるより正確なM&Aの判断基準

  ところで、先頃、公正取引委員会が株式取得についても合併と同様に事前届出制を導入する方針を固めたと新聞紙上で報道された。産業界では迅速なM&Aを阻害する恐れがあるとの懸念が強いとのことだが、株式取得が社会全体の厚生を損なうものではないかどうかを事前に審査する事前届出は、望ましい動きと評価できる。むしろ、株式取得による子会社化の効果は実質的に合併と同じであり、これまで株式取得が事後届出だったことが不思議なくらいである。

  しかし、懸念材料がないわけではない。社会全体にとってのM&Aの効果を考える場合に重要となるのは、社会全体の厚生の視点からM&Aを評価する正確な基準の存在である。公正取引委員会の判断基準の中心は市場シェアであるが、これは経済学における伝統的産業組織論をベースとするものである。市場シェアが有力な評価尺度であることは疑いないが、ゲーム理論をベースとする新しい産業組織論の影響力が強まる中で、M&Aの影響をさらに的確に測定できる判断基準を確立する必要性は大きいと考えられる。判断基準の確立には現実に実行されたM&Aの影響の分析が不可欠だが、最近のM&Aブームは影響を検証できる材料を多数提供していると言える。公正取引委員会のみならず、筆者が勤務するようなシンクタンクにあっても、社会全体からM&Aの効果を検証する努力を続ける必要があると考える。


M&A件数の推移
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