コラム
2004年04月23日

郵政民営化に欠けているコストの議論

櫨(はじ) 浩一

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1.時価の料理

料理屋に入って時価とだけ書かれた料理をどんどん注文するのは、よほど懐具合の豊かな人だけだろう。ごく普通の人なら、どんどんおいしいモノを食べて喜んでいるうちは良いが、後で高い勘定書をもらって困る、という心配をするだろう。しかし、郵政事業の民営化議論では、不思議なことに値段を知らずに注文する料理の議論が行われているようだ。

経済財政諮問会議は4月末をメドに郵政民営化の中間報告をとりまとめ、秋までに結論を出すことになっている。民営化後の郵政事業会社はどのようなサービスを提供すべきか、という議論が行われているが、それが幾らにつくのかという料金が全く分からない。「郵政民営化に関する論点整理」には、民営化の意義として(1)国民の利便性の向上、(2)「見えない国民負担」の最小化、(3)公的部門への資金流入の縮小、という三つの点があげられている。この中で、見えない国民負担の議論が、かつてどれくらいあり、将来どうなるのかという議論の中身が全く見えない。


2.見えない負担

全国銀行協会と生命保険協会は、郵便貯金と簡易保険についての見えないコストが10年間でそれぞれ5兆3540億円、2兆5061億円あったという試算を発表している。このコストのほとんどは税収の減少という形をとっており、誰かが直接コストを負担している訳ではないために負担感が薄い。しかし結局は税収の不足分が将来の税負担の増加となって降りかかってくるわけで、負担が消えてしまうわけではない。諮問会議が「見えない国民負担」という表現を使っているのは、まさにぴったりである。さらに、負担の増加が必要となった時になっても、その原因が過去の税収の不足にあったということが明確に認識されず、これが郵政事業のサービスに伴う「見えない国民負担」だとはなかなか気が付かないだろうという問題もある。


3.タダほど高いものはない

「民営化後の郵政事業のあり方について、事業を続けていくのにこうした見えないコストがどれくらいかかるのかという議論が、ほとんど出てこないのは不思議な話だ。郵政民営化の議論で、民営化後の郵政事業がどのようなサービスを提供すべきなのかは、結局そのサービスが幾らに付くのかという値段によりけりだ。言い換えれば、値段が分からなければ議論のしようがない。メニューを見せられて、タダだと言われれば、その中で最高のものが欲しいに決まっている。あまりに値段が高ければ、どんなにすばらしいものでも買うのは躊躇するだろう。

しかし、本当はタダだとは誰も言っていないことに我々は注意すべきである。郵政民営化後のサービスのメニューには、小さな字で「時価」と書いてあるのだ。「タダより高いものはない」、一見安く見えるものが実は高く付くことがあるという教訓だが、公的制度の肥大化はこの教訓を地で行くものが少なくない。サービス拡大を求める際にどれくらいのコストがかかるのかという議論を欠けば、結局後々大きなコスト負担が必要になってしまう。「時価」とは幾らなのかを今問うべきなのではないだろうか?

 

 
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