2003年07月08日

新時代を担う世代のための都心居住政策を -求められる多様な賃貸マンション供給

松村 徹

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住宅は、着工統計では建築目的から「持ち家」「分譲住宅」「賃家」に区分され、「持ち家」とは注文戸建て住宅を指す。住宅金融公庫の融資制度でも、注文戸建て住宅への融資が「マイホーム新築融資」として、建売住宅や分譲マンション購入のための融資と区別されている。買う側からすれば同じマイホームであるにもかかわらず、政策上、新築の注文戸建て住宅が、建売住宅や分譲マンションより上位にあるかのようだ。

しかし、人口密度と地価の高い大都市では、マンションは、空間を高度利用できる点や防災性能などで戸建て住宅より優れた土地利用法であり、マイホームとして完全に市民権を得ている。マンションは、立地やデザイン、設備機能、サービスなど商品企画の改善で新規需要を開拓しており、東京では都心への人口回帰の原動力ともなっている。

首都圏にある不動産会社の調査によると、マンションを買う場合、20歳代でも半数が「終の栖(すみか)」として買うという。このことから、借家からの住み替えを経て最終的に郊外に庭付き戸建て住宅を持つことを理想とする『住宅すごろく』の価値観が、もはや過去のものになったと実感できる。しかし、見方を変えれば、デフレ時代に生きていかねばならない若い世代にとって、マンションの買い替えは非常に難しく、買うのであれば一生涯住むにふさわしい住まいを厳選しなければならない、という切実な思いも感じられる。

なぜなら、バブルが崩壊した1991年以降に社会人となった20歳代から30歳代前半の世代には地価の上がった経験はなく、『個人の資産形成は住宅から』という政策スローガンが説得力を持っていたインフレ世代と違い、値上がりに期待して住宅を買うという無邪気さは持ち合わせていないはずだからである。

しかし、この世代はまた、成果主義や能力給が導入され、終身雇用も保証されない労働環境を当然のこととして受け入れざるをえない世代でもあり、長期にわたり多額のローンを組むリスクも十分認識しているはずである。国家財政や年金制度の破たんすら懸念される中、最も将来の不確実性が高い世代が、買い替えもままならない住宅の購入を急いで、多額の住宅ローンをバランスシートに固定化するのはなぜだろうかという疑問もわく。

これにはいくつかの理由が考えられるが、その最たるものは、彼らのライフスタイルやライフステージに合い、良質でかつリーズナブルな家賃の賃貸マンションが絶対的に不足し、他に選択肢がないからではないだろうか。実際、筆者の周辺でも、結婚や出産などを契機にファミリー向け賃貸マンションを捜したものの適当な物件がまったく見当たらず、仕方なく分譲マンションを買ったケースが少なくない。

借家は仮の住まいで、新築の注文戸建て住宅をマイホームの最上位に据えるかのような価値観の持ち家政策と、借家人を過度に保護する旧借家法の下では、賃貸マンション市場が拡大しなかったのは当然のことかもしれない。新築分譲マンションの品揃えは充実しているが、賃貸マンションは市場規模が小さく、都心部では、社宅・官舎や公営住宅を除けば、外国人や富裕層向けの高級賃貸マンションと単身者向けでグレードの低いワンルームマンション(投資用マンション)がほとんどである。市場原理だけに委ねていると、地価の高い都心部では、このような偏ったタイプの賃貸マンションしか供給されないであろう。これでは、都心部の少子高齢化はますます加速されることにもなる。

しかし、世帯構成が多様で雇用の流動性も高い大都市では、人々がライフステージや生活状況に応じて自由に住み替えができるよう、勤労者に新築の持ち家を取得させることに過度に傾斜した住宅政策を見直し、賃貸マンション市場を育成すべきである。業務・商業機能に偏り居住者が著しく少ない東京都心部に、これからの時代を担う若いファミリー世帯も暮らせるような優良な賃貸マンションを多数供給して職住の近接性を高めるという視点は、都市再生メニューにも欠かせないはずである。

そのためには、優良な賃貸マンション開発に対する投資減税や容積緩和により民間企業の市場参入を促すとともに、持ち家に偏重した税制優遇を改め、賃貸マンション家賃にも控除制度を導入するなどの支援策が有効と考えられる。

※日刊建設工業新聞2003年7月8日『所論/諸論』掲載原稿に一部加筆

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松村 徹

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