コラム
2003年04月07日

「第二の日本」? 低迷するドイツ経済

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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1.低迷するドイツ経済

不透明感が強まる欧州の中でもドイツ経済の低迷はとりわけ深刻だ。ドイツでは90年の東西ドイツ統一によるブームが一巡した後、建設投資の調整が続いている。この間の景気回復はもっぱら輸出が主導してきたが、外部環境が悪化した際、景気減速に転じるスピードが速いことから、景気拡大が長続きしないパターンが続いてきた。今回も同様に、ITバブル崩壊による2001年下期の二期連続のマイナス成長から一旦は持ち直したが、輸出の息切れで7~9月期には前期比0.3%成長、10~12月期には同ゼロ成長まで低下した。失業率は10.6%、失業者数は470万人とすでに5年ぶりの高水準に達している。輸出、生産、受注には回復の兆候が見られないことに加え、イラク戦争による先行き不透明感から、企業の投資・雇用に対する姿勢は一段と慎重化しており、早期改善の見込みは薄い。

2.なぜ「第二の日本」なのか~類似する構造不況の原因~

かつての「欧州の優等生」ドイツの苦境は、しばしば「第二の日本」と表現される。構造不況の原因や現象面に多くの類似性があるからだ。例えば、労働コストの割高化、硬直性が産業構造の調整を阻んでいること、人口減少期を迎え社会保障制度の手直しが急務となっていること、家計が雇用と将来への不安から消費支出を手控えていることなどである。

株価の下落が目立つ金融セクターが抱える問題の類似性も指摘されている。ドイツと日本の金融システムは間接金融の優位、メインバンクシステム、株式持ち合いという共通の特徴を有する。政府保証を得ている州立銀行、貯蓄銀行が民業を圧迫する構造となっており、ドイツの銀行の収益力は相対的に低い。2002年以降、ドイツでは欧州主要国の中で唯一貸出の伸びがマイナスに転じている、ドイツ統一後の建設バブルの後遺症に加え、ITバブルの崩壊と景気低迷の影響から不良債権が増大しており、金融システムの資金仲介機能が低下する兆候も見られるのである。

3.統一と統合の深化・拡大との深い関わりはドイツ固有の問題

こうして見てくると、たしかに日本とドイツが直面している問題には共通点が多い。ただ、ドイツの場合、不況脱却が難しい最大の要因が東西ドイツの統一と欧州連合(EU)の統合の深化と拡大による諸条件の変化、政策面での制約の強まりにあるという点が日本と大きく異なっている。

東西ドイツの統一後、既述の通り建設部門の調整が長期化しているほか、旧東独地域の産業再生の遅れという構造問題も抱えるようになった。旧東独経済の産業基盤の脆弱化は、東西ドイツ統一時に西ドイツの通貨マルクを東ドイツ地域に流通させる際の交換比率が賃金、年金等について1対1と生産性に見合わない水準に設定されたことが原因である。旧東独地域の失業率は統一後上昇トレンドを辿り、現在でも20%という高水準にある。このように東西の統一に絡む問題がドイツ全体の失業率を高止まりさせ、財政事情を悪化させる一因となっているのである。

一方、欧州統合の深化の大きなステップとなった通貨統合は、ドイツにとってユーロ発足時にマルクが割高な水準で固定されたことから、域内における産業の相対的な競争力を弱めるきっかけともなった。2004年に予定されている中東欧諸国の欧州連合(EU)への参加で生産コストが割安なこれら地域との市場統合が一段と深化すれば、コスト高の旧東独地域の地盤沈下は一段と進むおそれがある。

またドイツは、現在、通貨統合のコストであるマクロ経済政策運営への制約をとりわけ強く受けている。ユーロを導入している12カ国の間にはインフレ率に格差があるため、同一の政策金利の下で実質金利にはばらつきが生じる。ドイツの物価は1%台とユーロ圏中最も低く、実質金利は最も割高である。貸出の減少は不良債権を抱える金融機関の貸出姿勢によるものばかりではないのである。

財政面では、通貨統合に際してドイツ自らが主張して導入された名目GDP比3%という赤字上限の規定がネックとなって、景気循環を増幅させるような政策しかとれないジレンマに直面している。昨年のドイツはGDP比3.7%という大幅な財政赤字を計上し、赤字是正の勧告を受けることになった。2003年度は予定されていた所得税減税の実施を1年延期したほか、煙草税・エネルギー税、社会保険料を引き上げるなどの緊縮型の財政運営を余儀なくされている。しかし、今年も経済成長率は予算案が前提とする1%を下回るものと見られる。結果として財政赤字が3%を上回れば、輸出環境の好転など力強い追い風が吹かない限り、来年度も緊縮予算が継続され、景気を悪化させるというスパイラルに陥るリスクが高くなる。

4.注目される構造改革の行方

通貨統合やEU拡大によるベネフィット、すなわち市場の一体化や信用力向上の効果は、相対的に経済規模の小さい国や、所得水準が低くキャッチ・アップの過程にある国々ほど享受しやすい。コア国のドイツは持続的に周辺国の追い上げを受ける立場である。さらに金融・財政政策の自由度に強い制約がある中では、ドイツ政府がとりうる選択肢は、加盟各国間での政策協調・制度調和というプレッシャーを利用しながら政治的には推進しづらい改革を押し進め、構造問題の解決に取り組むことに限られる。

ドイツの構造改革の進捗スピードについては、意見が分かれているが、一定の前進は続いていると考えられよう。最大の構造問題とされる労働市場の改革の新たな措置として、3月に発表された経済対策に、昨年の総選挙前にまとめられた諮問委員会(ハルツ委員会)の答申にある就業インセンティブの向上策や解雇保護規制の緩和などが盛り込まれた。金融システムの構造問題の1つである公的金融機関に対する政府保証も、EU域内での競争条件公平化を図る必要から2005年7月の撤廃が予定されており、市場構造を変容させる圧力は今後強まることになる。

緊縮型予算の下での経済対策の内容は、短期的な景気浮揚効果には乏しく、先述の金融政策も含めてマクロ運営への制約を強く受けるなかで、当面の見通しが厳しい状況に依然として変わりはない。しかし、今後、さらなる改革の推進で、中長期的には明るい見通しを描きうる道筋がつけられて行くのか、ある意味で日本以上にフリーハンドの乏しいドイツの、今後の取組みとその成否が注目されるところである。

 
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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