1995年11月01日

ロンドンで感じたこと

細見 卓

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私が創設に関係した機関の20周年記念祝賀のため、ロンドンに招かれ、久しぶりに英国の人々や風物に接してきた。その時の印象を若干述べてみたい。

  1. アイルランドの反抗分子によるテロ事件が小康をえており、また英国経済も比較的好調を持続、更に不安視されていたメージャー政権も党首再選任を経て、政治情勢も安定しているせいか、ロンドンの街並みは非常に落ち着いている印象を受けた。オウム裁判を控えて世情が不安定で、自民党総裁の選挙は終わっても強力なリーダーシップを持った内閣の発足には程遠く、不景気と世情不安定に悩まされている日本に比べて、英国は非常に安定し、昔日の面影を取り戻しつつある感に打たれた。
  2. 記念行事であるロンドンフィルによるコンサートがロンドンシティホールで開かれたが、それに参加しているロンドンの人々の表情にも静かな落ち着きが感じられた。ただ、ここで驚いたのはバイオリンのソリストが香港生まれのわずか14才の少女であり、更にロンドンフィルの第一バイオリン奏者は韓国出身の女性であった。欧米にデビューするのは恵まれた家庭に育った日本の音楽家であるといった私の古い理解はすっかり間違いで、アジアの人々がどんどん欧米の芸術世界に進出しているのを目の当たりにした感じである。
    日本人がアジアの中で最も優れているかのごとき錯覚は単に音楽界だけでなく、かなり広くの日本人が考えてきたのであるが、今やそうした日本人感というものを根本的に改めなければならなくなっているようである。芸術の世界だけでなく、産業の世界でも先端技術の先頭をきっているのは日本人であるという考え方も改めなければならないのかもしれない。
  3. ロンドンで会った何人かの識者との対談から受けた印象を若干記すと、
    (イ)英国では、中国、ロシアの不可測な展開に対して、我々日本と比べではるかに切実に取り組んでいることが実感させられた。ロシアについては欧州の地理的な要因もあるとして、中国についても香港の将来だけでなく、中国全体の長期的視野に立った国の姿勢、更にはインドの興隆等について、いかに今の世界秩序の中に位置付けていくかについて真剣に考えているようであった。日本はアジアに位置しながら、極東での、中・ロ・朝鮮半島の将来の図式について取組みがおろそかであると痛感させられた。
    (ロ)ユーロ市場の本拠であることもあり、日本の金融機関のユーロ市場における役割の低下について強い関心を示していた。若干の金融機関が不測の事態に陥ることは避けられないとしても、ムーディーズ等の格付け引き下げにより日本の金融機関全体がユーロ市場でビジネスを行う上での負担が大きくなり市場から脱落していくことになれば、これまでに果たしてきた日本の役割の大きさからしてもユーロ市場の空洞化に繋がりはしないか、と強い懸念を示していた。英国にとってユーロ市場の繁栄は、自国の利害に大きく影響してくるものであるため、日本の金融機関に対し憂慮したものであることは、想像に難くないにしても、この点については渡英前に会ったドイツ銀行の副頭取も指摘したものであり、日本の金融機関に対する海外の評価の厳しさに今更ながら驚いた。
    (ハ)近くIMF総会が開催されるので国際通貨問題も議題になったが、英国の中央銀行関係者でさえIMFでの通貨制度の改革には関心を示さず、もっぱらEUの通貨統合にのみ関心を示していた。通貨制度の在り方といえばこれまでIMFの場で議論されるのが通例であったのが、今や大きく変わってきているという印象を受けた。このような環境にあっては、日本の通貨政策も自己防衛的要素をもっと重視していかなければならないであろう。
    (ニ)日本経済は将来の労働力の不足にいかに対処するのかという質問を改めて受けた時は一瞬驚いた。技能労働者の育成が不十分で、日本経済に不可欠な新規労働者の恒常的注入が不十分であることは予てから感じてはいたが、端的にその面での無配慮を外国人から指摘されたのである。
    農村労働力の工業労働力化によって労働力を補充してきた日本経済は、それに変わる新しい労働力を創出していく社会形成に失敗している。一方では就職難を嘆く白色学卒者が溢れ、他方単純・技能労働者の不足を海外から補填している日本の現状を外国人に指摘され、戦後の日本の人材育成システムを反省させられた。

以上のようなことをロンドンで感じたが、いずれを取っても解決は容易ではなく、基本から長期的視野に立って今すぐ取り組まないと容易ならざることになりかねないことを外国の友人の指摘により痛感させられた。

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