1995年02月01日

新年の展望

細見 卓

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新年にあたり多くの識者や財界人が本年の見通しについて語っている。その多くは、亥に因んで猪突猛進を抑えるというような楽観論が主流をなしているようだ。しかし、干支(えと)の上からいえば、今年は乙亥であって、乙は困難な事情のため草木がすくすくと伸びにくい、隠忍の姿を表している、ということはほとんど無視されている。私は干支による予測に対してあまり意味を認める者ではないが、今年の場合、楽観的な偏った見方だけでは、新年を迎えるにあたっての心構えとしては認識不十分と言わざるをえない。

確かに経済の分野では、回復基調が顕著になってきていることには、大方の意見が一致するところであろう。しかし、目を日本を取り巻く国際情勢に転じると、なかなか一陽来復、猪突猛進という好転が期待しにくいのではないか。米国カーター政権の国家安全保障担当大統領特別補佐官ブレジンスキーは、20世紀は人類史上最も悲惨な大量死(メガデス)の時代であるといっている。つまり、二度の世界大戦で大量の死者がでたばかりでなく、レーニン、ヒットラー、スターリン、毛沢東によって大量の殺人がイデオロギーの名の下に行われ、今また民族の自立という名の下に、ルワンダでは百万人近くが殺害され、ボスニア・ヘルツェゴビナでは3年に亘る戦争のため、20万人にのぼる人が殺傷されている。大量殺戮の世紀とブレジンスキーがいう20世紀は後数年で終わろうとしているけれども、チェチェン、アフガニスタン、ソマリア、ハイチ、イラク等々戦争や民族相剋の悲惨な事態が後を絶たない。ベトナムや北朝鮮がこの後に続かないことを切に祈るものである。

20世紀の前半は強烈無比の独裁者による大量殺人であり、今世界が直面しているのは強いリーダーの不在による民族間の絶え間ない闘争である。貧困と争乱に悩まされている後進国にとっては、いつ平和になるのか暗澹たる気持ちにならざるをえない。こういう真に世界的リーダーの出現が渇望されている時に、先進国においては却って、力のある政治的指導者の欠如から国民の関心はむしろ目先の国内的なものに向かい、そのため世界の抱える困難を克服できるような真に国際的にリーダーシップのとれる政治家の出現は、今すぐには期待できそうもない状況である。米国では、共和党が民主党に代わり議会の多数を占めることになり、クリントン大統領の指導力は急激に低下し、世界の人々にとってもこの難事態における米国の指導国としてのリーダーシップに期待が持てなくなっている。EUは規模こそ拡大し、発展しているが、その内情はますます割拠主義に陥り、EUとして世界に強いリーダーシップを発揮できないでいる。これがロシア、中欧における混乱の要因でもある。

主要国がこのようであるから、これらの国が核となっている国際機関、具体的には国連、あるいはより地域的には北大西洋条約機構(NATO)、欧州安保協力機構(OSCE)のような機関の権威は失墜し、世界平和維持の有力な機関たる地位を失っているかのような低落ぶりである。国際機関の無力化は、地球上の虐殺や民族抗争、貧困、混乱、難民飢餓、エイズ並びに環境破壊等の、今すぐ手を着けなければならない重要で困難な問題に対する根本的取り組みを遅らせ、徒に先送りさせている。経済の回復はもとより望ましいことであり、それが実現しつつあることは新年の展望を明るくしているが、より大きな視点でとらえてみると、人類の存亡に係わるような根本問題についての解決努力のないまま、月日が過ぎているようにもみえる。

このような世界情勢の中にあって、日本にとっても今年避けて通れない外交上の重要な問題が幾つかある。いやむしろ昨年にも当然決断しておくべきだったものが先送りされてきているというべきで、今年はいよいよ放置できなくなってきている。その幾つかをあげると、まず核拡散防止条約延長の問題がある。日本の姿勢と絡んで、北朝鮮の核疑惑解決についての対処方針の決定も詰めておかなければならない。日米安保条約の重要性については異論のないところだが、変化した国際、アジア情勢に対して、これをどのように適合させていくかという問題がある。日本の国連安保理常任理事国就任について内外の支持を得ていくという問題もある。また不確かな情報として時々流れてくる中国の軍事大国化意図の真実性の確認。さらに太平洋戦争は日米戦争であった以上に、戦場であったアジアの災害の方がはるかに大きかったという認識に立った上での、戦争責任を含む戦後処理の究極の解決策の問題等がある。

以上挙げたもの一つひとつをとっても、その解決は容易ではない。しかし、ますます自国本位で内向的になり、自分の生活向上のみを唯一に考える国民に対し、日本の将来の在り方を踏まえ、本来果たすべき責任、過去との繋がりの諸問題について国として真剣に検討と反省をすることなく、徒に解決を先送りして困難を避けるのでは、明るい年も長くは続かないであろう。

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