1994年07月01日

中国を考えよう

細見 卓

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日本と中国の長い歴史の中で、現在ほど良好な関係を見たことはない。しかし、表面上の良好な関係や、昨年来の中国への投資ブームにも拘わらず、両国関係には複雑な、微妙な影が付きまとっているようであり、中国を同種、同文の国として、一種の兄弟関係にあるかの如く考えて行動することは慎むべきであろう。

確かに、西欧諸国と比べ、我々は子供の頃から漢文や、漢詩あるいは孔孟の思想に深く関わって人格形成がなされてきたのは事実であるが、こうしたことや、外見の近似性からいきなり両国の考え方には、完全な一致が存在するように考えるのは大変間違っていると思う。我々としては、やはり中国は他国であり、違った考え方や伝統を持つ国であると認識しておく必要がある。

米中国交回復に尽力し、その功が大きかったキッシンジャー氏は、最近、アジア太平洋経済協力会議で米国が主張した新太平洋共同体は、時期尚早と批判している。アジアの現状は日中が相互を潜在敵視し、韓国が中国を恐れ、中国がロシアやインドを恐れているのが現実であり、そこに共同体が真近に実現かの如く考えるのは幻想である、と主張している。これは勿論、クリントン大統領の外交政策に対するキッシンジャー氏の反論であって全てが事実ではないにしても、少なくとも専門家の目から見た、アジアの現実の一端が語られいる。

戦後、日中関係が今のように良好になってきたのは、いわば冷戦の賜物である。米国にとって最大の敵であるソ連に対抗する国として、中国が経済的に発展し、政治的に安定することは、自国の対外政策にとって有利となることであったため、日本がこれに協力して中国の発展を支援していくことは、日米の利害が一致するものであった。しかし、冷戦が終結し、経済重視の時代となると、中国は巨大な人口を持つ大市場として捉えられ、その中国市場を日本に一方的に支配されることは、米国の利益に反することが明確になってきた。このことが、昨年11月のシアトルでの拡大新太平洋共同体構想になっていったわけで、その客観情勢の大変化を日本人としてはよく理解しておかなければならない。

そもそも、日米戦争の遠因は、日本が中国市場を壟断しようとしたことに対する米国の反発に始まり、米国は機会均等主義に立ち、日本の対支経済、軍事攻略を許しがたい暴挙として、日米戦争に到ったことを今一度冷静に反省すべきである。英国と違って、米国は中国に対し、領土的野心を持つことなく、むしろ経済的な利益と合わせてキリスト教の宣教師等に代表されるような、民主主義、人道主義の開拓の最前線と捉えていた。それに反して、日本は経済的な権益を主眼としたために、ついには軍事力をも用いるはめになり、ついに中国人の人心を離反させてしまった。

このことを戦後の状況に置き換えて見ると、中国にとって魅力のあるのは日本の経済力であり、あるいは経営技術力であって、日本人そのものに対する感情が、過去を全て忘れ去ったような単純なものでないことは、先般の永野発言に対する反応からみても明らかである。勿論、戦後の日本は、中国に対し、巨額な経済、技術的援助だけでなく、天皇の訪中、首脳の往来等、新しい時代の招来に熱心に努力している。しかし、その割りに中国にとって、日本は欧米に比べ魅力に欠けるらしく、中国人の優れた子弟が好んで欧米に留学するのに対し、日本に来るのは、それ程の人材でないといわれる現実は我々もよく理解しておかなければならない。従って、中国において、かってのように経済的利益を露骨に追求しては、人心を失い、せっかく戦後築いた日中関係をも崩してしまうことになる。

勿論、中国にも古くからの覇権思想があり、今日の軍事増強や、外洋艦隊の増強にその恐れが散見されるところではある。また、南沙諸島を始めとする領土問題についても、中国の意図は明らかでなく、チベットその他の少数民族への対応にも世界は必ずしも釈然としていない。こうした現状を直視すれば、今の良好な日中関係が、それ自体が自明のこととして放置しておいても、将来とも当然続いていくと考えるのは幻想であろう。

我々は中国を永遠の隣人として付き合っていかなければならない。善隣友好関係を築くために、礼を失することのないように注意しながら、非は非として指摘するような洗練された友好により、深い理解と信頼関係に基づいた関係を結んでいかなければならない。ある程度覚めた目で現状及び将来を見、歴史を十分に理解して今後の関係を築いていく必要がある。いたずらに経済発展のみに踊って、両国は長い、深い歴史を引きずっていることを忘れてはならない。

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