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2024年04月19日

年金将来見通しの経済前提は、内閣府3シナリオにゼロ成長を追加-2024年夏に公表される将来見通しへの影響

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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2024年4月12日に、今夏に公表予定の公的年金の将来見通し(財政検証)に用いられる経済前提に関する専門委員会の報告書が公表された。本稿では、経済前提が将来見通しに影響する経路を確認した上で、今回の前提の特徴と将来見通しへの影響を考察する。

なお、今夏に公表予定の将来見通しには、本稿で確認する経済前提以外に、人口の前提や積立金の初期値1、労働力率や厚生年金への加入率など多くの要素が影響する点に、注意が必要である。

1 ―― 経済前提が将来見通しに影響する経路

1 ―― 経済前提が将来見通しに影響する経路:(1)実質的な運用利回り(対賃金)、(2)実質賃金上昇率(対物価)、(3)名目賃金上昇率や物価上昇率とマクロ経済スライドの調整率との差

1|経済前提の影響経路(1):実質的な運用利回り(対賃金)=名目運用利回り-名目賃金上昇率
将来見通しに影響する経済前提の1つは、実質的な運用利回り(対賃金)(=名目運用利回り-名目賃金上昇率)である2

公的年金財政において、運用収益を除いた基本的な収支項目(給付費と保険料収入と国庫負担)は、受給者数や加入者といった人口要素の変化と、1人あたりの単価を左右する名目賃金上昇率とに連動している(図表1)。例えば、給付費の単価は毎年度の年金改定率の影響を受け、本来の年金改定率(少子化や長寿化に対応するための調整(いわゆるマクロ経済スライド)を反映する前の値)は、名目賃金上昇率に連動することが基本となっている。また、厚生年金保険料は給与や賞与に原則として比例し、国民年金保険料は名目賃金上昇率で毎年度改定されるため、保険料の単価はどちらも名目賃金上昇率に連動する。さらに、国庫負担は原則として基礎年金給付費の半額となっているため、給付費と同様に名目賃金上昇率に連動する。

このように運用収益を除いた基本的な収支項目は名目賃金上昇率に連動しているため、公的年金の積立金の運用利回りについては、一般的な資産運用において評価の対象となる名目の運用利回りではなく、名目運用利回りが名目賃金上昇率をどの程度上回ったかを示す「実質的な運用利回り(対賃金)」が、年金財政への影響を示す尺度となる。そして、実質的な運用利回り(対賃金)が大きいほど、運用収益の伸びが基本的な収支項目の伸びを上回り、年金財政へプラスに寄与する。
図表1 公的年金財政の基本的な構造
 
2 各種の経済指標における「実質」の利回りや上昇率等は、一般的には「名目」の利回りや上昇率等から物価上昇率を差し引いた値を指す。しかし、後述のとおり公的年金財政の多くの収支項目は基本的に名目賃金上昇率に連動するため、物価上昇率ではなく名目賃金上昇率との差で評価される。この名目賃金上昇率との差を物価上昇率との差(すなわち一般的な「実質」)と区別するために、公的年金財政では名目賃金上昇率との差に「実質的な」を付けて呼ぶことが多い。本稿では、混乱を避けるために、物価上昇率を差し引いた値を「実質○○(対物価)」、名目賃金上昇率を差し引いた値を「実質的な○○(対賃金)」と表記する。なお、近年の厚生労働省の資料では、「実質的な運用利回り(スプレッド)」と表記されることもある。
2|経済前提の影響経路(2):実質賃金上昇率(対物価)=名目賃金上昇率-物価上昇率
また、将来見通しには実質賃金上昇率(対物価)(=名目賃金上昇率-物価上昇率)も影響する。

前述のように本来の年金改定率は名目賃金上昇率に連動することが基本となっているが、名目賃金上昇率が物価上昇率を上回る場合(厳密には、年金改定率に用いられる名目(手取り)賃金変動率が物価変動率を上回る場合)には、68歳以上の改定率は物価上昇率に設定される3(いわゆる物価スライド。図表2)。

このため、名目賃金上昇率が物価上昇率を上回る場合は、支出である給付費の単価が名目賃金上昇率よりも低い物価上昇率に連動する一方で、収入である保険料の単価は前述のように名目賃金上昇率に連動する。その結果、名目賃金上昇率が物価上昇率を大きく上回るほど収入の単価の伸びが支出の単価の伸びを上回り、年金財政へプラスに寄与する。
図表2 本来の改定率の仕組み
 
3 本来の改定率の意義や経緯の詳細は、拙稿「年金額改定の本来の意義は実質的な価値の維持」を参照されたい。

3|経済前提の影響経路(3):名目賃金上昇率や物価上昇率とマクロ経済スライド調整率との大小関係
加えて、少子化や長寿化に対応するためのマクロ経済スライドが導入されている現在の制度では、名目賃金上昇率や物価上昇率とマクロ経済スライドの調整率との大小関係も、将来見通しに影響する。

マクロ経済スライドは、図表2の仕組みで決まる本来の改定率から図表3の仕組みで決まる調整率を差し引く仕組みである。しかし、本来の改定率がマイナスや小幅のプラスの場合には受給者の生活や財産権に配慮して調整が制限され、当年度に調整されなかった分が翌年度に繰り越される(図表4の特例a、特例b)4。繰り越された翌年度以降に図表4の原則や特例aのように本来の改定率が当年度の調整率を超えるほど大きければ、前年度から繰り越した調整率の全部もしくは一部が消化され、将来的には給付水準は繰越しが発生しなかった場合と同じ水準に下がりうる。

しかし、繰越しが発生した場合の繰越しの発生から繰越分が消化されるまでの給付水準は、繰越しが発生しなかった場合の給付水準よりも高くなってしまう(図表5)。このため、本来の改定率となる名目賃金上昇率や物価上昇率が調整率を下回って繰越しが発生する可能性がある経済前提では、繰越しが発生しない経済前提と比べて年金財政が悪化し、マクロ経済スライドによる給付調整をより長く続ける必要が生じる。

つまり、名目賃金上昇率や物価上昇率がマクロ経済スライドの調整率を上回る可能性が高いシナリオでは5、調整率の繰越しが発生せずマクロ経済スライドが順調に機能するため、年金財政へプラスに寄与する6。しかし、名目賃金上昇率や物価上昇率がマクロ経済スライドの調整率を下回る可能性が高いシナリオでは、調整率の繰越しが発生してマクロ経済スライドが十分に機能しないため、年金財政へプラスに寄与する度合いが小さくなる。
図表3 少子化や長寿化に対応するための調整率(マクロ経済スライド)の仕組み
図表4 少子化や長寿化に対応するための調整率(マクロ経済スライド)の特例
図表5 調整率の繰越しが給付費の調整に与える影響
 
4 少子化や長寿化に対応するための調整(マクロ経済スライド)の意義などの詳細は、拙稿「将来世代の給付低下を抑えるため少子化や長寿化に合わせて調整」を参照されたい。
5 マクロ経済スライドの調整率の構成要素の1つである加入者の減少率は、将来推計人口などの影響で、将来見通しの中で毎年度変わる。このため名目賃金上昇率や物価上昇率がマクロ経済スライドの調整率の大小関係は、毎年度変わりうる。また、2024年の将来見通しにおけるマクロ経済スライドの調整率は、現時点で公表されていない(例年通りであれば、将来見通しの一部として公表される)。そのため以下では、「可能性」として表現している。
6 なお、名目賃金上昇率や物価上昇率がマクロ経済スライドの調整率を“常に”上回るシナリオ群の中では、上回る度合いが違ってもマクロ経済スライドの効き方は変わらないため、経路③の影響は変わらない。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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