2022年09月01日

ドイツの生命保険監督を巡る動向(1)-BaFinの2021年Annual Reportよりスポットライトからの抜粋と関連情報-

中村 亮一

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1―はじめに

ドイツの生命保険会社の状況や業界が抱える課題及びこれらの課題に対するBaFinの考え方等についてはこれまでもいくつかのレポートで報告してきた。

昨年度は、BaFinの2020年のAnnual Report等に基づいて、ドイツの生命保険業界の監督に関するCOVID-19、Brexit、デジタル化、サステナブルファイナンス、低金利環境、ソルベンシーIIレビューといったトピック等及びソルベンシーIIがスタートしての5年間を踏まえての、ソルベンシーIIを巡るドイツの現状等について、2回のレポートで報告した。

今回はBaFinの2021年のAnnual Report1等に基づいて、ドイツの生命保険業界の監督に関する低金利環境、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、サステナブルファイナンス、低金利環境、デジタル化、消費者保護といったトピック及びそれらのトピックに関連する最近の状況、さらにはドイツの生命保険会社の監督及び業績等の状況について報告する。

まずは、今回は、2021年のAnnual Reportの「Ⅰ.スポットライト(Spotlights)」の章に記載されている項目の中から、主として生命保険の監督に関するトピックの内容及びそれらのトピックに関連する最近の状況についても報告する。

2―2021年のスポットライト

2―2021年のスポットライト

BaFinが2021年のAnnual Reportの「Ⅰ.スポットライト(Spotlights)」の章に掲げている項目のうち、「2-1.低金利」、「2-2.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック」、「4.サステナブルファイナンス」、「6.デジタル化(Digitalisation)」、「7.消費者保護」、の5つの項目について、主として生命保険に関係する内容を中心に、Annual Report から抜粋して報告する。併せて、これらのトピックに関連する最近の状況のいくつかを(参考)として報告する。なお、ここで掲げた全ての項目は、保険会社だけでなく、銀行や証券会社等を含めた金融機関全体の問題である。
1|低金利
BaFinの見解では、低金利が続くことは、金融セクターが直面する最大の金融リスクの一つとなる。2021年には、多くの伝統的な金融市場のビジネスモデルに大きな悪影響を与え続けた。一部の機関や会社にとって、現在進行中の低金利環境は重大な悪影響を及ぼし、長期的にはその存在を危険にさらす可能性さえある。加えて、市場の熱狂を助長し、クラスターリスク(集団集中リスク)を形成する可能性がある。

生命保険会社は、超低金利時代においても、過去に発行された契約に対する比較的高い保証を果たさなければならないことから、継続する低金利環境から、かなりのプレッシャーを受けている。生命保険業界は2021年に入ってもおおむね堅調で、ここしばらくは低金利保証の革新的な商品を提供している。それでも、目に見える形での救済(の必要性)の兆しが徐々に現れてきている。2021年末時点で、15の生命保険会社がBaFinによる監督強化の対象となっている。

2021年末時点で、強化された監督体制下でのペンションカッセン(Pensionskassen)2の数は約40であった。2020年12月末時点では、36のペンションカッセンが厳重な監督下にあったことから、その数が増加した。低金利は、終身年金しか提供していないペンションカッセンに特に強い影響を与えてきている。金利が現在の水準のままであれば、受益者が例えばスポンサーとしての雇用主からの外部支援を受けた場合にのみ、受益者との約束を果たすことができるペンションカッセンが増える、と想定されている。なお、BaFinはこれまで規制を受けるペンションカッセンが0.25%を超える保証金利を無期限に承認しないことを明確にしてきた。
 
2 ドイツの年金市場は、2つの主要な職業年金制度であるペンションカッセン(Pensionskassen)と年金基金(Pensionfonds)を中心に構成されており、それぞれが2つの異なる職業年金制度を提供している。いずれも、IORP(職域年金基金)指令の適用範囲に含まれる。それぞれの健全性制度は異なり、Pensionskassenはより厳しい健全性規制の対象となる。VAG(ドイツ保険監督法)のセクション232 に従って、Pensionskassen は、収入の損失をカバーする生命保険会社であり、生命保険会社に適用される VAG の規定の対象となるが、Pensionskassen に固有の調整が行われる。一方で、Pensionsfonds は、積立型年金制度の形で職業退職金を提供する法人格のある年金制度であり、Pensionskassen とは異なり、保険契約が提供するのと同様な、全ての受給権、給付の水準又は特定の水準の給付を提供するために必要な、将来の拠出の水準を保証することは許可されていない。ただし、ともに保険会社に対するソルベンシーII指令は適用されない。
(参考1)生命保険契約の保証水準(昨年の2020Annual Reportより)
BaFinは2020年に、新契約に金利リスクがどの程度含まれているかを調査し、2020年のAnnual Reportで報告した。その内容を再掲すると、以下の通りとなっていた。

・長期貯蓄商品は、保険期間中に支払われる保険料ベースで、新契約の75.7%を占める。
この長期貯蓄商品のうち、年金保険の割合が90.9%、その中で12.6%はユニットリンク型年金保険、40.4%は従来型とユニットリンク型のハイブリッド型年金保険だった。

・2024年までに、年金保険新契約におけるハイブリッド型商品のシェアはほぼ50%まで拡大すると予想されていた。

・全ての生命保険会社の全ての保証付貯蓄商品の保証利率の中央値は、据置期間中が0.68%、支払段階では0.77%だった。
(参考2)保険会社の投資(デリバティブの使用)に関する調査結果
BaFinは5月3日に「デリバティブは解決策ですか?」とのタイトル3で、保険会社の投資に関する調査結果4を更新している。これによると、低金利の時代に、保険会社はますますデリバティブに手を伸ばしてきており、ヘッジ目的だけでなく、利回りを高めることも目的で利用されている。これに対して、BaFinはリスクを管理する必要がある、と述べている。

保険会社は、例えばリスクを軽減するために、限られた範囲5で、デリバティブ金融商品を使用することが認められている。それにもかかわらず、業界でのデリバティブの使用は着実に増加している。殆どの保険会社は、外国為替リスクのケースのように、ヘッジ目的でデリバティブを使用しているが、利回り向上を目的としてデリバティブを利用する保険会社もある。

過去数年間、デリバティブ取引の想定元本は着実に増加しており、保険会社の大半は、ヘッジ目的でそれらを使用している。例えば、過去には主に債券ポートフォリオの金利をヘッジするために使用されていたが、現在ではデュレーション管理の目的で使用されることが多くなっている。

保険会社は現在、主に先物為替取引の形で、為替レートのヘッジにデリバティブを使用している。これは、(1)投資資本の一層の国際的多様化、(2)ユーロ圏での低金利環境の継続、による。

保険会社は外貨で発行された債券に、より多くの投資を行ってきており、特に米ドル、英ポンド、デンマーククローネで発行された債券に注目してきている。これにより、保険会社は、ヘッジコストを考慮しても、ユーロで発行された証券と比較して、為替レートによる金利差の恩恵を受けることができる形になっている。保険会社がこのプロセスで引き受ける外国為替リスクは、主にデリバティブによって転嫁されている。

低金利の時代に、保険会社は利回りを上げるためにデリバティブ商品をより頻繁に使用するようになってきている。これを行っている保険会社が、デリバティブ戦略を実施するために設計されたターゲットファンド自体を含むマスターファンドなどのファンド構造を利用している、ことは特に注目に値する。これには、獲得したオプションプレミアムによって、より高い利回りを可能にすることを目的とした戦略も含まれる。BaFinはこの動向を注意深くフォローしており、保険会社がプルーデントパーソン原則とリスク負担能力に応じて、追加のリスクに批判的に対処することを要求している。

BaFinは、デリバティブの利用を増やしている保険会社が、関連するリスクを批判的かつ包括的に検討することを期待している。そのためには、適切なリスク管理システムを導入する必要があり、BaFinは、会社がデリバティブ金融商品の使用について透明かつ包括的に報告することを期待している、としている。
 
3 https://www.bafin.de/SharedDocs/Veroeffentlichungen/EN/Fachartikel/2022/fa_bj_2202_Derivate_en.html
4 持続的な低金利環境により、保険会社が妥当な利回りを生み出すことが難しくなってきており、利回りを求める中で、保険会社はより有利でリスクの高い投資を行うように駆り立てられているのではないか、あまりにも多くのリスクを負っているのではないか、との問題意識から、BaFinは 2020 年第 4 四半期に、保険会社の投資行動とデリバティブの使用に関する調査を行った。
5 デリバティブ金融商品の使用は、VAG(ドイツ保険監督法)第5条セクション 124 (1) 第2センテンスNo5に規定されており、デリバティブ金融商品がリスクの軽減又は効率的なポートフォリオ管理の促進に役立つ場合にのみ、保険会社はデリバティブ金融商品の使用を許可される。純粋な取引ポジションを構築することのみを目的とする場合 (裁定取引)、又は対応する証券が実際に保有されていない場合 (空売り) の取引は許可されない。
(参考3)保険会社の投資(安定投資)
BaFinのWebサイトにおける専門家による記事6によれば、以下のことが述べられている。

市場金利が最近上昇したとしても、低金利環境が依然として市場をしっかりと支配している中にあって、保険会社は、インフラ(ストラクチャ)プロジェクトなど、従来の投資範囲外の資産に資金を投資して収益を上げようとする傾向が強まっている。具体的には、風力発電所や太陽光発電所などの再生可能エネルギープロジェクトや、道路建設、ガスネットワーク、送電網プロジェクト等が挙げられる。

このような投資は、長期で比較的高い利回り等、保険会社にとって有利な特徴を提供している。ただし、投資は非常に複雑であることが多く、リスク管理に特別な課題をもたらす。

ドイツの保険会社の投資のうち、インフラプロジェクトへの投資の割合は、2010年にはわずか 0.7%だったが、2019 年には2%に上昇した。2020 年末に実施されたBaFinの利回り追求(Search for Yield)調査では、保険会社は2021年にさらに約3%まで増加させることを計画していたことが明らかになっていた。この調査では、保険会社の様々な利回り追求戦略が調査された。調査結果は、インフラストラクチャーへの投資が資産クラスとしての地位を確立したという明確な傾向を示していた。
|新型コロナウイルス感染症(COVID-19) パンデミック
COVID-19のパンデミック発生直後の2020年3月、BaFinは既存の規制枠組みが提供する柔軟性を利用して、多くの要件を一時的にパンデミックによって引き起こされた状況に適応させることを決定した。BaFinは、このテーマに関する一連のよくある質問 (FAQ) をウェブサイト7で公開し、随時更新している。主な目的は、被監督会社がマクロ経済機能を果たし続けることができるよう、パンデミックの影響を緩和し、会社の負担を軽減することであり、例えば、銀行や貯蓄銀行が自己資本と政府資金の両方を実体経済の企業に迅速に支出することを支援することだった。なお、監督対象の会社が満たすべき要件は、既存のルールと財務の安定性が許す範囲で緩和されただけだった。

このうち、保険会社への影響は、以下の通りであった。

新型コロナウイルスのパンデミックは、保険業界のビジネスに殆ど影響を与えなかった。その結果、2021年にBaFinは、2020年にパンデミックへの対応として採用された措置の殆どを当面終了することを認めた。パンデミックにより依然として必要とされている接触制限に関連する特定の運営上の救済措置のみが有効となった。BaFinは引き続き、流動性リスクと市場リスクの状況を詳細にモニタリングしている。

欧州システミックリスク委員会(ESRB)によるパンデミック中の分配制限に関する勧告-これにより、保険会社は自社株買いを自粛し、慎重に検討し、個別の状況を分析した上でのみ、配当、利益、賞与を分配することが推奨されていた-も、2021年に終了が認められた。しかし、監督当局は、保険会社が慎重な対応を取ることを引き続き期待している。BaFinは、新型コロナウイルスの感染拡大以降に行われた配当金の分配状況を分析し、時には監督当局の介入によって現金流出が減らされたり延期されたりして、困難な状況下でも、保険会社の経済的パフォーマンスとリスク負担能力が保証されていると判断した。
事業中断保険(BI)
パンデミックの影響で2020年と2021年に世間の注目を集めた保険契約の一つに、事業中断保険があった。その背景には、特に接客業において、多くの企業が公式に休業を命じられたことがある。これらの一部は事業中断保険に加入していた。市場で使用されている一般的な約款は多種多様であるため、それらが保障対象になっているのかどうかを包括的に述べることはできない。2021年末のこの報告書の編集期限までに、多くの第一審及び第二審の判決が出されているが、その殆どが保険会社に有利な判決であった。しかし、その日までに最高裁判所である連邦司法裁判所による個々の事案についての判決は下されていない。
(参考4)COVID19の影響
ドイツの連邦統計局であるDestatisは、Covid-19の間に、「パンデミックの結果としての高い死亡率」を主な原因として、ドイツ人の平均寿命が低下したことを明らかにしている。2021 年の新生児の平均寿命は 男性が78.2 歳、女性が83.2 歳で、パンデミック前の 2019 年と比較して著しく低下(男子は0.6年減少、女子は0.4年減少)したと報告している。
(参考5)事業中断保険(BI)を巡る最近のトピック
GDV(ドイツ保険協会)は、BIの補償は「常に物的損害を前提としているため、工場での火災により生産が停止した場合、結果として生じる損害は事業中断保険でカバーされる。しかし、国が命令し、計画的に原材料を配給することによる生産損失はない。」として、BIの免責規定により、国家命令によるガス配給による事業中断 (BI)は、標準的な商業保険では補償から除外される、ことを強調している。
|サステナブルファイナンス
2019年12月に公表したBaFinのサステナビリティ(持続可能性)リスクへの対処に関するガイダンス通知8について、銀行・保険会社・投資会社はどのように運用しているか、というテーマに関して、BaFinは2021年4月に399の会社の調査を開始した。合計381の回答に基づくと、ほぼ全ての事業体がサステナビリティの問題を認識しており、さらに、単に気候や環境リスクに焦点を当てるだけでなく、社会的要因やガバナンスの側面も考慮していた。

BaFinの保険・年金基金監督部門のCEOであるFrank Grund博士は、2021年の11月中旬に行われた講演で、保険業界は既にサステナビリティリスクを特定し、評価し、管理する方法をますます持つようになってきているが、 「しかし、それはおそらく、それが彼らの固有のビジネスモデルであり、保険マネージャーがより良い人々だからということではない。」 と述べた。
 

BaFinサステナビリティ調査
2021年11月18日付のBaFinウェブサイトの専門家記事9は、BaFinが2021年春に開始した分野横断的なサステナブルファイナンス調査を取り上げた。調査の目的は、BaFinのサステナビリティリスクへの対処に関するガイダンス通知の実施がどの程度進んでいるかを知ることであった。参加したのは銀行、保険、証券の399社であった。詳細な状況報告はこちら10

調査では、合計260の保険会社と年金基金(うち82は職域年金機関に分類される)が、他の機関よりもはるかに広範囲で詳細な質問を受けた。BaFinの監督下にある保険会社や年金基金の約半数が参加したことから、この結果は代表的なものであった。2022年1月のBaFin Journalは、保険会社向けの結果を報告している。保険会社と年金基金の結果に関する詳細な報告書は、BaFinのウェブサイトで閲覧できる。
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中村 亮一

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