2022年06月14日

欧州経済見通し-高インフレの影響を大きく受ける欧州経済

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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2.欧州経済の見通し

( 見通し:戦争の悪影響が強まるなか、「過剰貯蓄」の消費下支え効果が回復力を左右 )
次に、欧州経済の先行きについて考えていきたい。

本稿では、メインシナリオとして、コロナ禍に関して今後も散発的に感染の拡大が起こる可能性はあるものの、ワクチン接種の進展や治療薬の普及によって経済への悪影響は限定的となるとの前提を置いている。

また、ロシア・ウクライナ戦争については、現時点で公表されている経済・金融制裁や「REPowerEU」といったエネルギー政策を前提に、欧州経済が耐えられる形で「脱ロシア」が進むことを想定している。
(図表21)ユーロ圏の景況感(欧州委員会サーベイ、ESI)/(図表22)ユーロ圏の可処分所得の内訳と貯蓄率
上述のとおり、足もと、欧州経済はコロナ禍からの回復が進む一方、ロシア・ウクライナ戦争の影響が特にインフレや供給制約という形で顕在化しているが、今後も、引き続き年内はこうしたプラスとマイナスの要因が混在する状況が続くと想定される。

景況感にもこうした状況が反映されている。サービス業景況感は底堅く推移しているものの、製造業は低迷、供給制約や高インフレの影響を受けやすい小売業の悪化幅も大きい。また、消費者の景況感も大幅に低下している(図表21)。ただし、家計はコロナ禍期間中に消費が出来なかったことで、積みあがった「過剰貯蓄」があるため、これが高インフレに直面するなかでも消費を下支えするだろう(図表22)。
(図表23)ユーロ圏の経済見通し
今後は、コロナ禍による経済への影響はほぼ解消されることで、自由な対面サービス消費ができる状況となると見られるが、さらなる成長余地は限られてくる。一方、高インフレの鎮静化や、供給制約も緩和も進むだろう。したがって、プラス要因とマイナス要因のいずれも剥落する形で、成長率が落ち着いていくと予想する。

その結果、欧州経済はごく緩やかな成長を続けると見ている。経済成長率は22年2.6%、23年1.8%を予想している(図表23)。
(図表24)設備投資意向(欧州委員会サーベイ) 需要項目別の状況としては以下の通り予想している。

個人消費は、堅調な労働需要と積みあがった「過剰貯蓄」を反映して底堅く推移するものの、今年は消費者物価の伸び率が、かなり高くなっていることから、実質消費の伸びは緩やかなものにとどまるだろう。

投資は、復興基金を呼び水にした官民での再生エネルギーへの投資や、ロシア産エネルギーからの転換を中心に加速が見込まれる。地政学リスクの高まりや交易条件の悪化による企業収益の圧迫は懸念事項ではあるものの、現在のところ、企業の投資意欲がそれほど低下していない点は好材料と言える(図表24)。また、ECBが南欧などの金利急騰(いわゆる「fragmentation(分断化)」)に配慮していることも南欧の資金調達環境の急激な緊迫化を避けるという点で重要と言える。ただし、年後半以降は政策金利の引き上げや金利上昇を受けた資金調達コストの上昇が見込まれるため、投資の伸びは鈍化するだろう。

海外環境では、対ロシアの貿易が急減するだろう。また、米国は積極利上げによる成長率の鈍化が見込まれ、最大の貿易相手国である中国も成長の力強さを欠くと見られることから、貿易による成長の牽引力は当面は弱まるだろう。

政府消費は、高インフレや景気に配慮しながら正常化を目指すものと見られる。コロナ禍を受けて22年まで停止されている安定・成長協定(SGP)の財政ルールは、23年も引き続き停止することが検討されている7。地政学リスクによって経済への影響が深刻になると想定される場合には、(所得支援も含めた)支援措置が厚くなるだろう。
リスクは、ロシア・ウクライナ戦争の状況が不透明なためかなり大きく、また下方に傾いている。

欧州経済にとって特に懸念されるのが、ロシアからのエネルギー供給の断絶である。ロシアによる対抗措置、あるいは戦争によるインフラの断絶などで、ロシアから欧州へのエネルギー供給が急減した場合は、欧州の生産活動に直接かつ多大な影響を与えると見られる8

エネルギー供給の断絶に至らない場合でも、現在の高インフレがさらに悪化、持続することは経済の下押し圧力となる。これはロシア産資源・商品の供給不安から生じる可能性があるほか、フランス産小麦や米国産トウモロコシなどの天候不順を要因とした不作懸念や、インド産小麦の輸出停止と言った保護主義的な食料確保の動きが食料品価格の上昇圧力となる可能性がある。天候不順については、水不足による水力発電量の低下といった再生可能エネルギーの供給を通じた価格上昇圧力にもなり得る。

新型コロナ関係では、感染力の高い変異株や重症化しやすい変異株が流行するリスクが引き続き指摘できる。ただし、ワクチン接種や治療薬の普及でこうした下方リスクは限定的になっていると見ている。ただし、上海のロックダウン実施が供給制約要因となったように、再び中国で厳しい感染封じ込め策が講じられることは供給網のひっ迫をもたらし得るため、引き続き注意が必要だろう。

他方、上方リスクとしてはコロナ禍で積みあがった「過剰貯蓄」を大きく取り崩して消費が下支えされることが挙げられる。前掲図表15で見たように、ユーロ圏の観光関連産業はこの2年間、一貫してコロナ前の水準を下回っており、新型コロナに関する制約がほぼ撤廃された今夏のバカンスシーズンに繰越需要(ペントアップディマンド)が活性化する可能性がある。

ただし、実質消費が1-3月期まで2期マイナス成長となったことからも分かる通り、ユーロ圏では高インフレが購買力をかなり低下させている。したがって「過剰貯蓄」による消費の下支え効果がどの程度見られるかが、欧州経済の回復力を左右させる大きな要因になると思われる。なお、消費者景況感の悪化を見ると、「過剰貯蓄」の下支えは力強さを欠く可能性が指摘できる。
 
7 Eurogroup, Main results, 23 May 2022(22年6月13日アクセス)
8 例えば、欧州委員会はロシアからのガス供給が途絶えた場合、EUの成長率を22年で2.5%ポイント、23年で1%ポイント押し下げるとしている(European Commission, Spring 2022 Economic Forecast: Russian invasion tests EU economic resilience(22年6月13日アクセス))。また、ECBスタッフ見通しにおけるロシアからのユーロ圏のエネルギー輸出が途絶えた悲観シナリオでは、成長率は22年1.3%、23年▲1.7%と予想している(ECB, Eurosystem staff macroeconomic projections for the euro area, June 2022(22年6月13日アクセス))

3.物価・金融政策・長期金利の見通し

3.物価・金融政策・長期金利の見通し

( 見通し:賃金も上昇の兆し、高インフレは長期化する可能性が高い )
物価については、5月のHICP上昇率は総合指数が前年同月比8.1%、コア指数が3.8%まで上昇した。ECBの物価目標である2%は11か月連続で上回っている状態にあり、21年11月(総合指数で4.9%)に統計データ開始以来の上昇率を記録してからも、高インフレが加速している。

物価上昇の裾野も広がっており9、4月時点で2%を超える財・サービスは全体の68%、5%を超えるものも全体の41%に達する(ウエイトベース、図表25)。
(図表25)ユーロ圏の品目別インフレ分布/(図表26)ユーロ圏のインフレ率・賃金上昇率
1-3月期には妥結賃金も大きく上昇し前年同期比2.81%と、09年1-3月期以来の上昇率(3.13%)を記録した(図表26)。ただし、インフレ率が高い伸び率となっていることから、実質の賃金上昇率では歴史的に見て低い伸び率にとどまる。つまり、コストプッシュ型のインフレは原材料価格の転嫁によってエネルギー以外の財・サービス価格でも顕在化しているが、この伸びに賃金上昇率が追い付けなくなっている状況といえる。

しかしながら、賃金インフレの兆し(いわゆる「second round effect(波及効果、2 次的効果)」)が見えていることは、賃金と物価が相互に上昇していくという、インフレ長期化のリスクが意識される状況と言える。

また、上述の通り、ロシア・ウクライナ戦争が続いていること、「脱ロシア」を念頭に供給網の再構築を進めていること、食料供給不安が台頭していることは、賃金・物価の上昇スパイラルが起きなかったとしても、コストプッシュ型のインフレ圧力が長期間続くリスクとなるだろう。賃金上昇を伴わないまま物価の高騰が続けば、消費が減速するためインフレ低下圧力となるが、経済回復が腰折れする可能性も高くなる。

見通しのメインシナリオとしては、当面は消費者物価上昇率を下回るものの、賃金上昇が続くと予想している。実質賃金は下落することになるが、これまで見た通り、労働需給にはひっ迫感があり、また「過剰貯蓄」が購買力の下支えになるため、経済回復基調も損なわれないと見ている。こうした状況下で、ECBが金融政策の正常化を進めることで、インフレ率は減速しつつも2%を超える状況が継続すると予想している。

年平均インフレ率は22年で6.8%、23年で2.9%を予想しており、今後、インフレ率は低下していくと予想しているが、見通し期間中は中央銀行の目標である2%を上回ると見ている。なお、上流物価の価格上昇圧力が強まる、あるいは消費者物価への転嫁が急激に進めば、インフレ率はさらに大きく上振れる可能性があると見られる(図表27)。
(図表27)ユーロ圏の物価水準/(図表28)独・仏・伊の国債利回りと期待インフレ率
( 見通し:ECBも段階的・継続的な利上げへ )
ECBはコロナ禍で導入した大規模な金融緩和策からの正常化を進めている。

これまで、ECBはコロナ禍で導入した量的緩和策であるPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)は22年3月で終了、金利を優遇した貸出条件付資金供給オペ(TLTROIII)は21年12月に終了(最後のオペを実施)してきた。さらに6月の理事会ではコロナ禍前から実施していたAPP(資産購入プログラム)を7月1日に終了することを決定した10。あわせて、今後7月に11年ぶりとなる利上げを行い、その後9月の理事会でもさらに利上げを実施する意向を示している。この結果、現在▲0.50%(預金ファシリティ金利)となっているマイナス金利政策は9月に脱却する見込みである。足もとの高インフレに加えて、先々の期待インフレ率が2%を超えて推移していること(図表28)、賃金インフレが顕在化し、物価上昇が持続的になることをECBは警戒していると見られる。

こうした状況を受けて長期金利も急上昇している。ただし、ECBは南欧金利が急上昇し、資金調達環境が急激に悪化することを避けるため、スプレッドが過度に拡大し、「分断化」が進まないようにすることにも配慮している。すでに南欧各国の国債金利の上昇圧力は強いものの、今後、ECBが利上げをしていくにあたって、南欧金利の上昇圧力の軽減にも注力するだろう。これは段階的な利上げを実施しやすくする環境づくりとも言える。

見通しのメインシナリオとしては、7月以降に利上げを開始し、9月にはマイナス金利を脱却(預金ファシリティ金利で0.25%まで引き上げ)、その後も四半期に1回ずつのペースで来年半ばまで段階的に利上げを実施すると予想している。長期金利については、足もとすでに利上げを織り込み、上昇が顕著であると見られるが、年後半もECBの段階的な利上げが着実に実施されていくことで、若干の上昇余地があると見ている。その結果、ドイツ10年債金利は22年で平均1.1%、23年は平均1.8%で推移すると想定している(図表23、表紙図表2)。
 
10 なお、PEPPとAPPの違いとして、ECBは、PEPPは各国国債の購入比率として、出資比率(capital key)にもとづく購入を基準にしているものの、一時的にそこから乖離する柔軟性も持たせている。このほか、ECBは購入ペースや資産クラス(国債、社債などの資産種類)についても明確に基準を設けておらず、柔軟性がある点を強調している。さらに、(投資適格級でない)ギリシャ国債の購入も許容している。
 
 

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(2022年06月14日「Weekly エコノミスト・レター」)

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