2015年10月22日開催

基調講演

【人手不足時代の企業経営】「労働力減少と企業」前編 最近の雇用情勢

講師 樋口 美雄 氏

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1—2.雇用条件・報酬の推移

一方、給与など、労働者の雇用条件はどうなってきたのかを見てみると、厚生労働省の『毎月勤労統計』によりますと、1996年には月あたり28万5000円ほどでした。それが実はその後ずっと下がってきていて、平均給与で26万円まで下がりました。これを会社の人たちに話しますと、わが社においては、社員の給与は、伸びてはいないけれど下がってはいないとよく言われます。

そこでこれを、一般労働者、要は多くの正社員を含む労働者と、短時間労働者(パート労働者)の二つに分けてみたらどうか。

一般労働者は、確かにリーマンショックの後に大きく減少することはありましたが、長期的に見ると伸びているか横ばいと見て取れます。さらにはパート労働者の月あたり給与で考えますと、むしろ右上がりです。個別に見ると右上がりになっているのに、どうして全体では、全雇用者の給与は右下がりなのでしょうか。

言うまでもなく、パートの月給の低い人たちの比率が大きく増加した、まさに構成比が変わったからで、企業においては、この分だけ1人当たりの給与は、パート労働者を増やすことによって、ある意味では節減することができたと言えるかもしれません。

ただし、パートはあくまでも短時間労働者、労働時間の短い人ということなので、時間当たりに換算したらどうかということはまた別のもので、ここではあくまでも月給というレベルで考えています。

こちらは総務省の統計で、民間給与総額ということで見てみると、確かに1980年から1997~1998年まで右上がりでした。ところが、その後はほぼ横ばいです。あるいは消費者物価の方は下がって、実質の民間給与総額は上がっていることになるかもしれません。

われわれ労働経済学をやっている者がよく言うことは1997~1998年、ここに労働市場の大きなターニングポイントがあったということです。

1997~1998年というのは何があったときか。一つは北海道拓殖銀行の倒産、あるいは山一證券の倒産という金融危機がありました。「まさか北海道の日銀が倒産するとは」と、地元の人たちは北海道拓殖銀行のことを比喩して言ったわけですが、そういった大きな変化が起こっています。

特にどうも企業のガバナンスがこの辺から変わってきたのではないかと言われます。思い出しますのは、トヨタ自動車の当時の会長で、日経連、その後、経団連の会長であった奥田氏がおっしゃった言葉、「どうも世の中、大きく変わってきている。今までは企業がリストラを進めると、その企業の株価は下がった」と言っていました。

いよいよ人に手を付けなければならないところまで企業は経営的に追い込まれたのかというメッセージとして受け止めていたということでした。

ところが、1996~1997年から起こるようになったのは逆の現象で、企業がリストラをやると言うと、今度は株価が上がる。逆にリストラをやらない、わが社は人が大切だと言うと株価が下がってしまうというような、どうも株価とリストラの関係が、リストラをすると株価が下がるという関係から逆転するというようになったと言われるぐらい大きく変わってきました。

その分だけ、実態として見てみると、株主の間に大きな変化が起こってきている。それは特にファンドを中心とした、外国人株主のウエイトが1998~1999年から急激に上がってきたといわれています。

そこではROEが大切だということから、人件費をもし削減できるのだったら、それを進めるべきではないか、企業の利益を優先させるべきだ、企業が誰のためにあるのかというところまで言われるようになった。まさに株主のためです。それまでは社員のためですと言っていて、そこに大きな変化があったのではないかと言う人たちもいる。

それぐらい、人件費総額の抑制が好むと好まざるとに関わらず、強く望まれるようになりました。

これは「経済好循環のための政労使会議」の中で使われた図ですが、この動きを見ていきますと、リーマンショックの後は経常利益がガタンと落ちましたが、これを除いて見ると、どうも増えてきている。にもかかわらず雇用者報酬という総額で見ると、必ずしもこれが連動しないという動きになってきていることが表れています。

よく日本では生産性三原則の重要性が労使の間で主張されてきました。労働者と企業の経営者の間に、まずは労使が協力して企業の生産性を上げるという労使の協力の重要性が確認されてきました。そして同時に、それによって生産性が上がって企業収益が上がったら、今度はそれを労使で配分していくということで、これによって共に豊かな関係が築かれていく、日本でいう良好な雇用関係、労使関係の背景にそういったものがあったということです。

それはまさに、企業収益、経常利益と雇用者報酬が割と似たようなパラレルの関係を描いてきたからですが、1998~1999年から、その間に大きく乖離が生まれてきているということがいえます。

これが今度の一昨年、去年に開かれた政労使会議でも、企業がもし儲かっているのであれば、その部分を設備投資とともに、労働者に配分してください、そして、労働者の賃金を上げることによって、生産性の向上と消費支出を増やし、内需を拡大することによって、まさに景気の好循環をもたらしていく必要があると主張されるようになっていったということだと思います。

公益(代表)の3人が政労使とともに参加していましたが、私もその1人でしたが、そういった議論がこの場で確認され、春闘に少なからず影響を及ぼしていったのではないかと思います。

この議論の背景にどんなものがあったのか。この図は名目賃金を2000年から各国の水準を取っています。ここでは製造業について描かれていますが、製造業で見るとほぼ横ばいの水準が続いています。一方、ドイツにしろ、イギリスにしろ、アメリカにしろ、フランスにしろ、賃金は上がっています。この差が消費者物価であった、デフレであったのかもしれませんが、こんな動きがどうも見られそうだ。

左側のグラフが日本を示しています。ピンクの線が生産性、グリーンの線が消費者物価、ブルーの線が1人当たりの雇用者報酬です。これで見てみますと、生産性の方は確かに他の国に比べると上がりは遅いかもしれない、あるいはヨーロッパと同じ程度であったかもしれません。

それに対して1人当たりの雇用者報酬(名目)は下がりました。この位置関係、生産性が一番上で、賃金(雇用者報酬)が一番下となっています。

他方、EU、ヨーロッパの各国を平均で見ると、一番上に来ているのが1人当たりの雇用者報酬、そして労働生産性が一番下で、位置関係が日本とは逆転していることが分かると思います。アメリカにおいても同じです。一番大きく伸びたのが1人当たりの雇用者報酬です。ところが、下の方に生産性がある。生産性以上に、名目の賃金(雇用者報酬)は大きく増加していたのだと思います。

ただし、ここで注目しなければいけないのは、先ほどの企業の経常利益で、これが日本国内の労働者が働いて稼いだ所得なのかということが問題になってきます。

海外で営業、生産活動をして、そのお金・利益が国内の方にもたらされている可能性があるということになると、まさにそこが議論の分かれてくるところです。日本社員の賃金を考えていくのかどうかというところも議論の対象で、全社的に考えてみますと、もしかしたらシェアリングが労働者と会社の間でなされているかもしれない。

この図では、なるべく日本国内における生産性と賃金をとっています。日本国内だけで見ると、収益は上がっているように見えるのだけれども、給与の方は横ばいか下がっているという状況もあるかもしれないという、かなり複雑な動きになってきています。これも春闘等々で考えていかなければならなくなるのではないかということです。
1—3.労働分配率と雇用調整

もう一つ、今の議論との関連で注目していかなければならないのが労働者への配分です。労働分配率。ここでは、GDPベースでの話になっています。全体のGDPのうち、労働者への雇用者報酬の比率がどう変わったのかというもの。

これについては皆さんご存じのとおり、日本では長期的に見て下がっています。一時期、1983年のころは70%を超えていて、国際的にもかなり高い水準を取っていました。これがずっと下がるということです。

では、他の国はどうか。他の国では、ドイツは横ばいか若干下がり気味かなと思うのですが、アメリカにおいて、あるいはフランスにおいても、どちらかというと右下がりという関係が生まれていそうです。よく日本でいわれたのが、景気が悪くなっても日本企業は労働者の生活、あるいは雇用を保障するという観点から、どうしても労働分配率は上がるということです。

今度は景気が良くなってくると、その分だけ企業の取り分が増えて、今度は労働分配率は下がるという波を描いていましたが、その波は20~30年というロングタームで考えると、ほぼ横ばいというのが、経済学が今まで教えてきたところです。

ところが、今まさにOECDでも問題視されているのですが、全般的に、ほとんどの先進国において、労働の取り分や分配率の方が下がっています。

企業の方はグローバル化していく。ところが労働者の方は、必ずしもそれほど国を超えた移動が頻繁になっているわけではないということで、グローバル化というのは、資本が豊富で、労働が相対的に希少価値である先進国では、ある意味で、労働者にとって不利な影響をもたらすのではないかといった指摘も行われています。

こういう動きの中で、企業としては、資本市場も国際化し、人件費を抑制するようなことが求められてきたのだと思います。これがまさに失われた20年の間に進展してきた。そういう動きだったと思いますが、その中で何が起こってきたのか。

これもよく経済学で使う概念ですが、雇用調整速度という概念をよく使います。雇用調整速度とは、例えば景気が悪化して企業が抱えた過剰雇用を解消していくスピードはどうかという概念です。

例えば、日本は、1980年から1996年の間、0.21でした。これが1997年以降、先ほどのターニングポイント以降には0.30まで上がりました。この速度の逆数1/0.21は、過剰雇用を解消するまでに5年間を要するという数字として使われます。

ところが、0.3ということですから、今は3.3年で、かつては5年かかっていたのが3.3年で解消されるというように、非常にスピードアップしてきている。

これはある意味では、正社員の雇用は一見守られているように見えるけれども、そこでも雇用が削減されたり、さらには有期雇用の雇い止めという形での調整が進んできたと言えるのではないかと思います。

アメリカは0.67ですから、1.6年ぐらいで解消してしまいます。やはりレイオフ制度を持っているアメリカは、早いスピードで雇用が調整されるということが分かりますが、イギリスも0.45だったのが0.70まで上がっています。スピードアップしています。

ドイツは別なのですが、フランスも0.44が0.52となってきている。どうしてドイツはスピードアップしていないのかというときに、よく言われるのが、経営の意思決定のボードの中に労働者の代表が入っていることによって雇用調整のチェックがなされていくからだといわれていますが、そこは今研究が進んでいるところです。

総じて多くの国でスピードアップして雇用調整がなされるようになった。このことは何を意味するかというと、失われた20年の間に、かなりぎりぎりの雇用調整を進めてきた、人員削減が進んできたということです。

今回のように少しでも景気が回復して仕事が増えていくことになると、今度は急激に人手が足りなくなり、一斉に求人が増えていくということがあります。

その一方で、生産年齢人口の減少により、働ける人数は、天井が低くなってきていると言えます。従って、雇用調整で人数を増やすという局面に入ったときには、すぐに天井にぶつかってしまうという側面が今の状況を描写しているのではないかと見て取れます。

「労働力減少と企業」中編 労働力人口の減少【人手不足時代の企業経営】
 

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