コラム
2013年08月26日

アベノミクスと家計の関係を超シンプルに考えるとこうなる -PART1:インフレは政府が儲けるための仕掛け?

金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト 井出 真吾

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もし、安倍政権の経済政策“アベノミクス”について聞かれたら、多くの人が思うのは、『1ドル80円くらいだった超円高が是正され、株価が大きく値上がりした。あまり実感はないが景気もよくなっているらしい。でも自分の給料や年金は増えていないので、今後の物価上昇(インフレ)や消費税増税が気掛かりだ。』という感じではないでしょうか。

今後、政府や日銀が目指すようなインフレが実際に起きるか、また消費税増税は予定通り実施されるか、現時点では分かりません。しかし、“気掛かり”を放置しないで、これらが現実になったら家計はどのくらいダメージを受けるのか、そしてどのような対策があるのかをイメージしておくことは大切でしょう。今回から3回シリーズで考えていきます。第一回目は、そもそもアベノミクスとは何なのか、家計と政府の関係に焦点を当ててシンプルに説明します。

次ページの図をご覧ください。これまで日本では長いことデフレの状態が続いてきました。デフレというのはモノの値段が下がることです。例えばいま100円のモノが1年後に98円に値下がりする場合は「2%のデフレ」と呼びます。このとき消費者としては1年待てば2円安く買える訳ですから、貯金しておいた方がおトクということになります。銀行や郵便局の利子はほぼゼロ%ですが、それでもお金を使わずに置いておくだけで実質的には2円分トクする訳です。これを専門用語では「実質金利がプラスの状態」と言います。モノが売れなければ政府には消費税が入りません。また企業が儲からないので法人税も入らないことになります。

一方、インフレとはモノが値上がりする状態を指します。いま100円のモノが1年後に102円に値上がりするのが「2%のインフレ」で、これが黒田総裁率いる日本銀行が目指している姿です。このとき消費者はどう考えればよいのでしょうか。もし1年物定期預金の利息が税引後で2%以上ならば、買い物などでお金を使うよりも銀行や郵便局に預けた方がおトクです。しかし、日本銀行は金利が大幅上昇しないようにコントロールしようとしているので、定期預金の金利もほぼゼロ%のままだと想定しましょう。となると、モノが値上がりする前に買ってしまった方がおトクです。この場合、政府には消費税が入りますし、モノの売れ行きが良くなって企業が儲かれば法人税も入ります。加えて、消費税率を上げれば税収は更に増えます(消費が低迷しなければ、という条件付ですが)。

以上をまとめると、デフレ時代はお金を使わず貯金しておくだけで実質的に家計が儲かりました。しかし、インフレの状態では貯金しておくと実質的に損をする(現金の価値が目減りする)のでお金を使おう(消費しよう)という意識が働きます。その結果、税収という形で政府の収入が増える訳です。つまりアベノミクスとは、家計から政府へ実質所得を移転させる政策でもあるのです。

ここまで聞いて「政府はずるい」と思うかもしれませんが、それは誤解です。なぜなら上の説明には足りない点があるからです。それは私たちの給料に関する視点です。仮に2%のインフレになっても、家計の手取収入も2%増えれば、それまでと同じモノを同じ量だけ買うことができます。つまり、今までと同じ生活ができる訳です。これを“良いインフレ”と呼びます。一方、収入が増えないのに物価ばかり上がってしまう状態を“悪いインフレ”と言います。

今年の春、安倍総理大臣は企業経営者に対して従業員の賃金アップという異例の要請をしました。呼応するようにいくつかの企業が従業員などの年収アップを決定しましたが、こうした動きは一部にとどまっています。アベノミクスで日本全体の景気が良くなって非正規雇用者を含む年収が増えれば良いのですが、そうなるとは限りません。次回は収入が増えないのにモノの値段が上がったら、家計にどのくらいの影響があるのか、具体的にみていきたいと思います。【9月2日掲載予定】

 

アベノミクスと家計・政府の関係



 
 1 本シリーズは2013年7月25日にTBSニュースバード「ニュースの視点」で解説した内容を一部修正して紙面化したものです。
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金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

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