コラム
2013年04月15日

「単身赴任」の今日的課題-“亭主元気で留守がいい”社会は健全か?

土堤内 昭雄

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4月は異動の季節だ。転勤の辞令をもらい、新天地で新たな仕事に取り組んでいる人もいるだろう。少し古いデータだが、厚生労働省の平成16年「就業条件総合調査」1) によると、転居を必要とする人事異動(以下「転勤」)がある企業は29.2%、企業規模別にみると1,000人以上では8割を超えており、多くの大企業は組織の活性化、人材の育成や適材適所、事業の拡大・縮小などに対応するため従業員の異動を実施している。また、有配偶単身赴任者がいる企業は19.6%で、その人数は平成6年の25万4千人から平成16年の31万7千人に増えている。

「転勤」は家族帯同を原則とする企業が多いものの、同調査結果の通り「単身赴任」は増加傾向にある。その理由としては、「子どもの進学」や「老親の介護」など少子高齢化という社会環境変化による様々な家庭の事情が考えられる。近年では、中高一貫教育の私学中学を受験する子どもも多く、子どもが未就学児や小中学生であっても家族帯同せず、父親だけが単身赴任することも珍しくない。また、共働き世帯が専業主婦世帯を大きく上回った今日では、妻の仕事を理由に単身赴任する夫もいる。

このような「単身赴任」の今日的課題は何だろう。二重生活による経済的負担をはじめ、単身赴任者の健康管理や残った家族の子育てなど家庭環境の問題が挙げられる。近年では若い世代を中心に仕事と子育ての両立のために男性の働き方が見直され、夫も積極的に子育てに関わる「イクメン」が徐々に増えているが、夫が単身赴任すると育児はすべて妻の負担になってしまう。

「単身赴任」は企業や従業員にとって「止むを得ない」と受止められることが多いようだが、日本社会では問題視されることは少ない。しかし、私は「単身赴任」の課題は、『それが余り社会問題にならないことが、実は最大の課題ではないか』と考えている。夫の単身赴任による家庭の「父親不在」が、子どもの生育環境や夫婦関係に大きな影響を与えるなら、それは企業・社会にとっても大きな問題のはずだ。

欧米では夫婦の一方が仕事のためでも、「単身赴任」を容認すると婚姻関係解消の理由になるという。日本では“亭主元気で留守がいい” 2) と半ば本気で語られるが、「単身赴任」を支援する企業の人事施策の充実が果たして本当に望ましい社会なのか疑問が湧いてくる。個人、企業、社会が、ワーク・ライフ・バランスを、個人のみならず家族や社会全体の課題として受け止め、いま一度「単身赴任」を企業の人事政策3) や家族のあり方の視点から考え直すことが必要ではないだろうか。半ば冗談だった“亭主元気で留守がいい”が冗談でなくなる時、日本社会の健全性が失われるのではないかと危惧されるのである。




 
1) 本社の常用労働者30名以上の民間企業約5,300社を対象に平成16年1月1日現在の状況を調査。有効回答率は78.5% 
2) 1986年新語・流行語大賞の流行語部門・銅賞に輝いた防虫剤のテレビコマーシャルのフレーズ 
3) 雇用形態の多様化により、転居を伴う「転勤」のない「地域限定正社員」制度を導入する企業もある 
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土堤内 昭雄

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