コラム
2013年03月28日

持病のある人でも入れる保険がはやる市場 ―持病のある加入希望者が躊躇なく保険を申し込める仕掛け―

松岡 博司

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生命保険を主な対象とする研究者となって長くなる。教科書的な概説書も書いた。しかし、この部分については、まったくの素人だなと、白旗をあげる領域に危険選択がある。

死亡、病気などを原因として経済的に困窮するリスクに備えたい人々が、小口のお金(保険料)を払い込み、払い込まれたお金を生保会社がまとめて管理し、死亡、病気等のリスクが現実化してお金が必要となった人にリスク対応用のお金(保険金)を支払う。簡単に言うと、生命保険はそんな仕組みだが、生命保険に加入する人の危険度(リスクが現実化する率)は年齢、性別、体質、生活習慣等、人により異なる。生保会社が無制限に、リスク度合いの大きく違った人々からの加入申し込みを、まったく区別なく同一条件で受けつければ、結果的に、リスク度合いの低い契約者に必要以上の負担を強いることになる。そこで契約を引き受ける際、生保会社は個々の加入申込者のリスク度合いを量って、保険加入者の間で不公平が起こらないようにしようとする。そのため保険加入時には、医師による診査を受けることを求められたり、人間ドックや勤務先の健康診断の結果を見せてくれと言われることになる。また過去の傷病歴、現在の健康状態等、生保会社が告知を求めた事項について、告知書(申込書についている告知欄)や生保会社が指定した医師などからの質問に、事実をありのままに告げることを求められる(告知義務)。と、教科書的に書くとわかった気になるのだが、現実は違う。

持病があると生命保険や医療保険に加入できないという認識はけっこう周知されている。一方で、高血圧で薬を飲んでいるけれど、生命保険に申し込んだら加入できたという経験を持つ人も多いのではなかろうか。

高齢化が進行するにつれて、なんらかの持病を持っている人が増えている。本人にあまり病気という自覚を持たせない病気としては、例えば高血圧で薬を飲んでいる場合や、女性ならば、「子宮筋腫がありますね、経過を見ましょう」と医師から言われている場合などがあるだろうか。こうした軽めの持病を持っていながら、生命保険や医療保険に入りたいと思っている人は多いだろう。しかし、こうした「負担感はあまりないけれど、病気じゃないとは言えないというような持病を持っている人」が、いざ生命保険や医療保険に加入したいと思ったとき、彼らは申し込むことに躊躇を感じないだろうか。

ネットには、「子宮筋腫の経過観察中ですが、保険に入れますか」、「高血圧で服薬中の医療保険申し込みは可能ですか」といった情報交換があふれている。答えとしては、「生保会社に告知して申し込めば、加入できる場合もあるし、一定期間、一定の病気については保障をしない等という条件をつけて加入できる場合もあるし、断られるかもしれない。やってみようよ」というものが多いのだが、なかなか一概には答えが出せないところが、頭の痛いところである。

しかもここで扱われるのが、個人の健康に関する情報であるから難しい。他人に自分の健康状態を知られるという状況は、お医者さんだけで十分、なんで生保会社に教えなきゃいけないのか。高血圧や子宮筋腫などと、保険会社に告げねばならないのは、なんとなく屈辱的である。それで、結局、断られたらやりきれない。そういう気持ちを持っている人は多いだろう。それでも加入の申し込みぐらいやってみればいいじゃないかというのは一方的な意見である。引き受けてもくれない生保会社にプライバシー中のプライバシーを知られてしまった。健康に関する情報は、まさにセンシティブなのだ。

近年、「持病があっても、服薬中でも、簡単な告知に答えていただけば加入いただけます」という、引受基準緩和型の生命保険や医療保険が売れていることも、そうした意識と無関係ではないだろう。これらのパンフレットには「この商品は持病のあることを前提に保険料計算が行われているので、一般的な保険契約に比べて保険料が割高である」こと、「持病があっても一般的な保険に加入できる場合があり、その方が保険料が安いこと」が注記されているが、そうしたことを理解している消費者はどれぐらいいるだろうか。あるいはわかっていても、一般的な保険に申し込んで断られたりする不愉快さを思って、それならいっそのこと、と引受基準緩和タイプの商品でいいやと購入している人も案外多いのではないだろうか。

生保会社は、持病のある人たちが、「事前に匿名性を保ちつつ」、「こういう状態であれば、どういう形で一般的な保険に入れるか」がわかり、結果が予想できるような仕組みを構築できないものだろうか。インターネットが発達している時代、不可能ではないようにも思う。もちろん、高血圧といっても程度は人によって違うし、いくつかの病気が重なっている場合もあるし、人によって健康状態はまちまちであるから、モデルケースなど出して、トラブルになったら困るじゃないかと、専門家は考えるだろうが、ネットの世界での、これぐらいじゃないかという情報交換が唯一のよりどころなどという状態は好ましくないと思うのだ。

加入を望む人が自らの加入の可能性を予測できれば、申し込みが増え、生保会社にとっても好ましい結果になるかもしれない。販売担当者にとっても、申し込みをもらっておきながら、条件が付いてしまって、申し込みを断らねばならないなどという気まずさに臆することなく、販売できるということになるかもしれない。

普段から体のケアを心がけ、病院に足繁く通う人ほど、軽めの持病ありと診断され、知っている自らの健康情報は多くなるものだ。体に気を使う人こそ、生保会社が助けたい人であるはずだろう。

今後、高齢化が進行して、持病を持ちながら保険加入を望む人が増えると考えられる以上、この部分の対応を期待したいと思う。

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