コラム
2012年07月18日

最近はやり(?)の「儲かるCSR」

川村 雅彦

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「儲かるCSR」という言葉を初めて知った時、一瞬たじろいだ。CSRと儲けは次元の違う話だろう! CSRを長く研究してきた筆者には、何とも奇妙な言葉であった。しかし、最近では今年2月に「儲からないCSRはやめなさい!」(仁木一彦著、日本経済新聞出版社)が出版され、日経エコロジー4月号の特集は「儲かるCSR:社会価値で成長する」であった。セミナーも開催され、ネット検索のヒット数も少なくない。
   そもそも、「儲かるCSR」で何を訴えようとしているのだろうか。用語や語感の是非は別にして、筆者なりに解釈すれば、企業の中長期的な利益確保のためのCSRの商品化ないしブランド化である。つまり、マーケティングや事業戦略の観点からのアプローチであり、CSRマーケティングやCSRブランディングとも表現される。
   具体的に言えば、企業が社会的課題に着目した寄付や社会貢献活動により、自社の主力商品(製品やサービス)あるいは事業に、環境を含む「社会価値」を付加することである。それを顧客や消費者に訴求し販売拡大や収益向上につなげ、さらに企業のブランドイメージを高めようとするものである。代表的事例としてよく取り上げられるものには、二つのタイプがある。一つは寄付や社会貢献により「社会価値」を付加した日用品・汎用品(タイプ1)であり、他方は「本業の強み」を活かした社会貢献型の製品・サービスないし事業(タイプ2)である。

◆ ◆ ◆

それでは、このような「儲かるCSR」が注目される背景は何だろうか。一つには、日本企業のCSRに対するある種の“行き詰まり感”であろう。筆者はかつて「2003年は日本のCSR経営元年」と題するレポートを書いた。それから10年近く経った現在、CSR担当の役員や部署を設置し、CSR報告書を発行する企業は急速に増えた。しかし、CSRの理念から実践へと取組の段階が進むうちに、次第にその目的や目標を見失い、CSR活動がマンネリ化したのかも知れない。
   あるいは、CSRの社内への浸透が思うように進まず、“CSR担当者だけのCSR”になっているのかも知れない。実際、「わが社にとってCSRとは一体何なのか?」「わが社の経営にCSRはどのような貢献をしているのか?」と自問する企業もでてきたようである。
   一方で、上記のタイプ1からうかがえることは、コモディティ化回避の販売戦略の側面である。つまり、機能上の差が少なく価格競争にさらされる成熟市場の商品に、「社会貢献」という新たな社会価値を付加し差異化を図る。これはCRM(コーズ・リレーテイッド・マーケティング:消費者の義心に訴える販促手法)と類似のものであろう。タイプ2については、社会的課題の解決に向けた企業プロボノ(職務上の知識・技術・技能に基づく社会貢献)ないしそのビジネス化と考えられ、高く評価できる。

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以上のことから、「儲かるCSR」の問題提起は、次の3点にまとめることができるだろう。

(1)CSRが企業内に浸透しないのは、CSRが「儲け」につながっていないからである。「儲け」とは中長期的な企業収益の確保や企業価値の向上を意味し、そのためには製品・サービスや事業に「社会価値」を付加する必要がある。
(2)これまでの「本業を通じたCSR」では本業とCSRは別物として認識され、社会貢献も本業と直接関係のないフィランソロピー(慈善活動)が主流であった。そこで「本業とCSRの統合」が必要である。
(3)CSRは社会的課題の解決をめざす社会貢献により、商品マーケティングや企業ブランディングに役立つものでなければならない。つまり、CSRは社会的課題のソリューション・ビジネスとなり、関係するステークホルダーの社会価値の創造が可能となる。

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要するに、理念的に地球環境の劣化や社会的な責任論ばかり唱えても、社員の心には響かない。社員が本業でCSRを実践するためには「儲かるCSR」が必要であり、CSRは新しい時代を迎えたと言っている。これを「CSR3.0」と称する論者もいる。
   実は、筆者も3年ほど前から「踊り場にきた日本企業のCSR」と公言しており、CSR推進における悩みの構図を提示した。この解決策として提案したのが、2010年秋に発行されて世界的なCSRのバイブルとなったISO26000(社会的責任のガイドライン)を新しいモノサシとする見直しである。つまり、社会的課題から自社のCSRを問い直すことである。
   ISO26000はCSRの行動規範であり、7つの実践領域(企業統治、人権、労働、事業慣行、消費者、環境、地域社会)を明示する。CSRの定義は「透明かつ倫理的な行動を通じて、企業の意思決定や活動が、社会および環境に及ぼす影響に対する企業の責任」である。その根底にあるのは地球環境・社会の持続可能性である。この点から考えると、「儲かるCSR」に欠けているのは、CSRにかかわる企業統治(社会的責任を果たすための意思決定プロセスと構造)である。
   それから、「儲かるCSR」での本業はプロダクト(製品・サービス)を意味するようである。しかし、本業はプロセスとプロダクトから成り立ち、CSRの両輪である。プロダクトに社会価値を付加することは良いことであるが、同時にプロダクトを生産・販売するプロセス(つまり企業行動)にも配慮すべきである。ISO26000はむしろプロセスにおける社会的課題を対象とし、それを基点に自らのCSRを考えることを求めている。

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CSRの最終目的は社会と企業の持続可能性の同時実現である、と筆者は考えている。「人に人格、企業に社格」という表現で、企業の誠実さを重視する。それゆえ、社会から信頼される企業としてのCSRブランドは必要である。しかし、CSRを社内に根付かせるためとは言え、「儲かるCSR」はプロダクト中心的である。環境取組を取り繕うグリーンウオッシュならぬ“CSRウオッシュ”に悪用する企業が、今後現れるかもしれない。
   ただし、「儲かるCSR」の社会的課題に着目した社会貢献は評価できる。なぜならば、環境・社会の持続可能性を阻害する社会的課題を解決しようという意図があり、従来の本業と直接関係のない単なる社会貢献を超えているからである。「儲かるCSR」であるか否かを問わず、「健全なビジネスは、健全な社会に宿る」ことを忘れてはならない。

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