2015年11月09日

人手不足が変える日本経済-働き方の変革が必要に

基礎研REPORT(冊子版) 2015年11月号

櫨(はじ) 浩一

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1――売り手市場の新卒採用

近年の日本経済は、これまでの経験からは予想できなかった動きをするようになった。例えば、景気が悪くなれば求人が減って失業者が増え、雇用問題が悪化するのが普通の動きだ。しかし2012年の春頃から年末にかけて景気は悪化したが、失業率の低下傾向と有効求人倍率の上昇傾向が続き、雇用の面ではむしろ人手不足の様相を強めていった。

このような日本経済の反応には、人口構造が変わってきたことで引き起こされたと考えられるものがいくつかある。景気悪化でも失業者が増えたりしないのは、団塊の世代が65歳となって年金生活に入ったが、代わって働き始めた若い世代の人口規模がはるかに小さいために、働く世代の人口が急速に減っているからだ。

日本企業の伝統的な人員調整のやり方は、定年退職者数と新卒採用数の差を調整することだった。1990年代末頃からは日本企業も希望退職を募るなど、より機動的な雇用調整を行うようになったが、それでもいまだに定年退職者数と新卒採用数の差は主要な調整方法だ。

バブル崩壊後に企業が過剰雇用に苦しむようになると、新卒採用が絞られて、大学・高校の卒業者が就職先を見つけることが難しくなった。「就職氷河期」とまで言われたのはついこの間のことだったが、昨今の新卒採用は著しい売り手市場である。
[図表1]改善続ける雇用情勢

2――円安で増えない輸出

日本経済は貿易面でも予想外の展開を見せた。2012年末にアベノミクスが始動し、大胆な金融緩和によって、為替レートはそれまでの1ドル70円台から2015年8月には125円近くにまで下落した。過去の円安局面では円安が起こってから少しすると、輸出は大きく増加した。

しかし今回は、輸出数量はほとんど横ばいで推移している。これほど大幅な円安が起こったにもかかわらず輸出数量が横ばいにとどまっていることは、筆者も含めて多くのエコノミストにとって予想外だった。

日本の企業経営は、売上高を重視するものから利益額や利益率を重視するものに変わってきたと言われている。輸出企業の戦略は、円安を利用して現地価格を引き下げ、販売数量を増やすという行動から、現地の販売価格を据え置いて為替差益を享受するというものに大きく変わっている。

こうした企業経営の変化には、海外投資家の株式保有比率の上昇など様々な要因が働いているが、日本の人口構造の変化も一つの要因だと考えられる。

3――求められる働き方の変革

高度成長期を通じて、日本企業は農村から都市部へと流入する豊富な労働力を使って、大量生産をすることで成長した。しかし、生産年齢人口は1995年頃から減少に転じている。これまでは日本経済の低迷のために、働き手の減少という問題が顕在化しなかっただけだ。

今後、生産年齢人口が減少し続けることを考えれば、企業の戦略も大きな転換を求められる。安くて豊富な労働力を使った薄利多売という戦略は難しくなっていくということが、先ほどの円安にも関わらず輸出が伸びなかったことの背景になっているだろう。

細部にまでこだわるのは日本企業の特徴で、それが大きな強みである。しかし人手不足が深刻になれば、今までと同じやり方は続けられない。どうしても譲れないこだわりを守るためには、どこかをあきらめる、という決断が必要になる。

2020年のオリンピック・パラリンピックを控えて、「おもてなし」が日本のサービス業のキーワードの一つになった。人手が潤沢であれば、一人一人の従業員が心配りをすることで優れたおもてなしができる。しかし労働力不足の経済では、提供するサービスの取捨選択を迫られる。サービス業に限らず人手不足の日本経済では、少ない人数でこれまで以上の成果をあげるために、個々の職場で働き方の抜本的な変革が必要になるだろう。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野

(2015年11月09日「基礎研マンスリー」)

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