コラム
2011年07月28日

日本経済復活に足りない大きなビジョン

櫨(はじ) 浩一

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1.予想を上回る回復

1995年に起こった阪神淡路大震災では、震災が発生した1月には鉱工業生産は2.6%落ち込んだが、2月には前月比で2.2%増加し3月には震災前の水準を上回った。わずか1ヶ月で生産が回復したのは予想外だった。
   今回の東日本大震災では、被災地域が広範囲で部品や原材料の供給網の寸断があちこちで発生した。当初は供給網の復活は早くても年末頃になるだろうと考えられていたが、今回も筆者をはじめとして多くの予想は悲観的過ぎたようだ。震災によって3月の製造業の生産は前月に比べて15.5%落ち込み、4月は1.6%の増加に留まったものの、日本企業は驚くべき対応力を示し、5月は6.2%の大幅な増加となった。


2.節電に見る健全性

供給網の回復は予想以上のスピードで進んだものの、今度は電力の供給不足が生産回復の新たな制約になっている。しかし、ここでも日本社会の予想以上の柔軟性が示されている。震災の影響を受けた東日本では電力の大幅な不足が予想されたが、企業や家計の節電で、大きな混乱は回避できている。3月、4月は駅の構内や街中で極端に暗い場所があったりしたが、日がたつにつれてうまく明かりが使われるようになったようだ。真夏の通勤電車が思いやられたが、心配したような暑さではない。
   エコノミストの中には金銭的なインセンティブが無ければ節電は実現できないという人もいるが、金銭的な損得だけで人は動くものではない。節電がうまく行っているのは、自分だけ得をしようとか、楽をしようという行動は、結局全ての人の損になり、ピーク時の電力使用を引き下げることに協力しなければ、結局自分も困ることになるということを多くの人々が理解し、行動に移している結果だ。電力問題への日本社会の対応に、日本の健全性を見た気がする。


3.問題は大方針の欠如

残念なことに、全体の大方針がしっかりしていないために、日本経済の復活に企業や家計の柔軟な対応を生かし切れていない。震災被災地復興の遅れについても、阪神淡路大震災時と比べて方針がなかなか決まらなかったことが原因の一つとされている。
   電力問題では原子力の取り扱いを巡って政府の方針が一貫していないのは明らかだ。西日本でこの夏の電力不足への対応が遅れているのは、政府の方針がはっきりしなかったことが大きな原因だ。政府の方針が二転、三転するうちに、当初は東日本に電力を融通するはずだった関西地方が、東日本から節電で生まれた電力を融通してもらうという話まで出ている。
   企業や家計の柔軟性を生かして電力不足の中で円滑に日本経済を運営していくためには、当面の電力不足問題への対処と、原子力発電にどう対処するか、さらには中期的な地球環境問題への対応をどう並立させていくのかという全体的なビジョンを国が示すことが必要である。

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