2021年11月09日

東南アジアで新型コロナ感染がピークアウト

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.296]

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1―東南アジアの感染状況

東南アジアは今年に入って新型コロナウイルスの感染状況が次第に悪化、6月中旬から急拡大した。ASEAN加盟全10カ国の新規感染者数は6月中旬の2万人台から7月下旬に10万人まで急増、一時は米国やユーロ圏などを上回る勢いとなった[図表1]。
感染者数の推移
感染拡大の背景には、デルタ株の流行とワクチン接種の遅れのほか、感染対策の不徹底や祭事期に伴う人流の増加がある。東南アジアは昨年の感染第1波が軽度で済み、海外産ワクチンの調達競争や国産ワクチンの製造に出遅れた。また人口の多さやワクチン供給体制の整備などの問題もあり、ワクチン接種率の伸び悩んでいる国が多い。さらに医療体制が脆弱なことは都市封鎖の長期化に繋がった。

東南アジア地域のなかでもASEAN-5(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)は感染者数が多く、地域全体の9割程度を占めるが、現在は感染状況が改善傾向にある。1~2ヵ月間に渡る厳格な活動制限措置が奏功した結果、感染者数はインドネシアが7月中旬、タイが8月中旬、マレーシアとベトナムが8月下旬、フィリピンが9月上旬にそれぞれピークアウトした[図表2]。
感染者数の推移
感染状況の改善を受け、各国政府は早い段階で都市部を中心に適用した制限措置の解除に舵を切り、現在も段階的な制限緩和を進めている。

2―タイ、ベトナムの感染状況と政府の封じ込め措置

ここでは上述のASEAN-5のうち、日本企業の関心が高いタイとベトナムに絞って感染状況と政府の活動制限措置をみていく。

1|タイ:都市封鎖の対象地域拡大により感染状況が改善、観光再開へ 
タイでは今年4月中旬のタイ正月(ソンクラーン)に伴う旅行や帰省が増えたことがきっかけとなり感染第3波が発生、新規感染者数は4月初の100人未満から6月末には5,000人程度まで増加した[図表3]。
この間、タイ政府は首都バンコクなどで店内飲食の禁止や商業施設の営業時間制限などの行動規制を次第に強めていったが、デルタ株の猛威を止められず、感染拡大ペースは加速した。
 
タイ政府は7月中旬に首都バンコクを含む10都県(全77都県)を対象に夜間外出禁止など事実上の都市封鎖措置を発令し、8月には都市封鎖の対象地域を29都県に拡大、その後も工場従業員の移動を制限することで感染を防ぐバブル・アンド・シールやファクトリー・サンドボックスの追加措置を講じるなど行動規制の強化を続けた。
 
一連の感染対策が奏功した結果、感染者数は8月中旬に2.3万人のピークをつけ、足元では1万人前後まで減少している。タイ政府は9月から都市封鎖地域の店内飲食や商業施設の営業の制限などを一部緩和すると、10月中旬から都市封鎖の対象地域を23都県に縮小すると共に夜間外出禁止を2時間短縮した。また11月からはワクチン接種済みの外国人旅行者に対する検疫隔離を免除する方針を表明しており、段階的な制限解除を進めていく考えだ。
 
2|ベトナム:ゼロコロナ戦略を断念 
ベトナムはこれまで水際対策や濃厚接触者の強制隔離など極めて厳格な感染防止策を実施し、短期間で感染を収束することに成功してきた。しかし、今年4月末に北部を中心に感染第4波が広がると歯止めがかからない状況に陥った。政府は当初感染源となっていた北部2省(バクザン省、バクニン省)を中心に首相指示16号に基づく社会隔離措置を講じることで新規感染者数を6月まで100~300人程度に抑え込んでいたが、人口密度の高い南部ホーチミン市に感染が広がると、感染源の特定が難しくなり感染者が急増した[図表4]。
ベトナムの感染状況
ホーチミン市は7月9日から社会隔離措置を適用して事実上の都市封鎖に入り、外出や他地域との移動が原則禁止されると、その後も南部19省市全域や北部ハノイ市(首都)、中部ダナン市といった大都市へと社会隔離措置の対象範囲が広がった。その後も暫くの間は感染状況が改善せず、感染リスクが最も高いホーチミン市では8月23日から9月6日まで外出禁止措置を終日とするなど、政府は更なる規制強化を実施した。

新規感染者数が8月下旬の1.7万人をピークに減少に転じると、首都ハノイは9月15日、ホーチミン市は10月から社会隔離措置の緩和に転じ、製造業の操業規制やサービス業の営業規制が段階的に緩和されることとなった。ベトナムは市や省ごとに感染者がゼロになってから暫く経つまで、厳格な防疫措置を続ける「ゼロコロナ戦略」を執ってきた。企業と国民の不満が限界に達しており、政府はゼロコロナ戦略からの転換を迫られた格好だ。

3―経済活動の継続に向けてワクチン接種動向がカギに

新型コロナウイルスとの共生を目指し、都市封鎖をせずに規制強化を一部にとどめるウィズコロナ戦略が東南アジアにおいても広がっている。以前よりワクチンが普及するようになり医療提供体制を確保しやすくなったことが主因だが、実態経済が疲弊して社会が厳しい都市封鎖を受け入れられなくなってきたことも一因だ。今後、各国は感染状況ばかりに左右されず、様々な要因を考慮して感染対策を柔軟に切り替えていくようだ。
 
東南アジア各国のワクチン接種完了者の割合をみると、マレーシアが5割半ばと日本並みに進んでいる一方、タイが2割、インドネシアとフィリピンが1割半ば、ベトナムが1割弱と低水準に止まっている[図表5]。
ワクチン完全接種率の推移
しかし、各国政府はワクチンの普及を急ぎ、年後半から海外産ワクチンの普及が加速してきたことも確かだ。また今後はワクチンの国内製造を既に開始しているタイに続き、インドネシアとフィリピン、ベトナムでも来春までに国産ワクチンの供給が始まるとみられる。
 
変異株の脅威に対してワクチンの有効性は不透明な部分があるが、ワクチン接種が加速するにつれて医療体制は確保しやすくなる。つまり、経済活動と感染対策を両立しやすくなり、デルタ株の広がりで都市封鎖が長期化した今夏のような状況から抜け出せるようになるだろう。また各国ではワクチン接種完了者を対象に行動規制を緩和し始めており、対面型サービス業に希望が見えてきている。
 
東南アジア各国では、これまで個人に対する行動制限措置が多かったが、今回の感染拡大では企業の操業を制限する措置が導入されるケースが目立った。特にベトナムは操業制限が厳しく、製造業は従業員の「労・食・住」を工場内に集約することが条件とされ、操業を続けることが難しかったようだ。東南アジアには電機や自動車など数多くの日系企業が進出しているが、感染拡大の影響で現地工場が停止し、半導体や自動車関連部品の供給に支障が生じることとなった。
 
これまで東南アジアは世界の製造業から低コストの生産拠点として注目を集めてきた。しかし、今回のように有事の際の脆弱性が目立てば今後訪れる新たな脅威に対して生産基地の役割を担うことが難しいと判断され、東南アジアへの進出を躊躇する企業が増えかねない。コロナ禍の長期化は東南アジア経済への長期的な打撃となる恐れがある。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2021年11月09日「基礎研マンスリー」)

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