コラム
2018年09月05日

健康経営について―私自身の体験を踏まえて― 

中村 亮一

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はじめに

健康経営1という言葉が世間で盛んに叫ばれるようになってから数年がたっている。

この間、政府の関係各省庁の強いリーダーシップや関係団体の積極的な取組みもあって、多くの会社が健康経営という御旗を立てて、その推進のための取組みを行っている。こうした動きはもちろん望ましい方向で基本的には誰もが歓迎すべきことだろう。今後ともさらに推進されていくことを強く望みたいと思う。
 
1 「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標

健康経営は誰のためか

健康経営を推進するために、多くの会社が、従業員の健康増進のための支援等に積極的に取り組んでいる。特に、禁煙や歩行運動の推進等は多くの会社が取り組んでいる事柄である。なかには、従業員の健康状態を個人や所属長の評価に反映して、賞与等に明確に反映させている会社等もある。

ところが、こうした動きに対しては、従業員サイドからは必ずしも歓迎されていない面もあるとの話も聞く。従業員の立場からは、仕事の効率・生産性の向上を求められ、会社の全体のノルマが変わらずあるいは増加していく一方であるにもかかわらず、さらに健康増進のための活動に取り組むことが業務の延長のような形で求められてきている、との一部批判的な意見もあるようである。

毎日仕事で疲れているのに、万歩計等を付け(させられ)て、毎日一定の歩数を確保しなければいけないということで、昼休みや仕事帰りに、ひたすら歩行にいそしんでいるケースもあるようである。もちろん、こうした活動を前向きに捉えて、本当に自発的に取り組んでいる人が大半だとは思うが、そうでない人もいるわけで、そういう人たちほど、本当は健康意識を高めて、積極的に取り組むべきなのかもしれないのに、中々こうした人たちの意識を改革するのは容易ではないというのが実態のようである。

さらには、喫煙者の中には、半ば強制的にタバコを止めるように求められることについて、強い抵抗感を感じている人もいる。しかし、これが自身の健康のためになり、周囲の人にも歓迎され、そのことが仕事の効率の向上につながると言われれば、「喫煙がストレス解消のために必要なんだ」と嘯いても、なかなか聞き入れてもらえない状況になってきている。

ただし、こうした禁煙活動や歩行運動は、あくまでも自分自身の健康のために行うものであり、それによって自分自身がメリットを得ることになる。会社が、そうした従業員さらにはその家族の健康増進に向けた取組みを様々な形でサポートしてくれるというのだから、いまさら取り組んでも遅いのではないかとは思わずに、これを自分や家族の健康や生活を見直す良い機会と捉えて、このトレンドに乗っていくことが大事だと思われる。

私自身の体験から-健康に対する意識の変化-

私自身は、3年半前に当研究所にきて、医療制度に関する研究に携わるようになった。さらにはこの4月からは「ヘルスケアリサーチセンター長」なるものに任命されたことから、健康の問題を従前以上に真面目に考えるようになっている。その中で、会社が健康経営を推進するという姿勢を示すことやそのために従業員に何らかのミッションを与えることについては個人が行動を起こす1つの大きなきっかけになるものであると思うようになった。是非皆さんもこうした活動を前向きに捉えていってもらいたいと強く感じている。

健康意識が高くなると、以前はたいしたことがないと思っていたことも気になりだして、これまでは自分自身で勝手に問題ないと判断していた事柄も、結構医者に行って診てもらわなければ、さらにはしっかり検査してもらわなければ、ということになってくる。

私自身は以前に比べてここ数年間は結構医者にお世話になる機会が多くなった。これは、1つには年をとって体が傷んできているということにもよるが、別の理由として明確に健康意識が高まった(健康の兆候に対して敏感になった)ことが挙げられる。おそらく、このことは当面の健康保険組合の収支にはマイナスの影響を与えることになるのだろうが、将来糖尿病等の大病を罹って、大きな費用負担が発生することに比べれば、安上がりで済むということで整理されることになる。実はそうではなく、健康意識の高まりは中長期的に見ても却って医療費が増大することになるということも巷間よく言われているが、いずれが正しいかはよくわからない。いずれにしても、個人的なことだけを考えれば、とりあえず毎年検査を受けてチェックを行い、気になることは専門家に判断してもらうことは、明確に個人の肉体的及び精神的な面での健康にとってプラスになることだろう。

私自身の体験から-健康増進に向けた取組み-

ということで、私自身も健康増進のためにいくつかの取組みを行っている。一番効果があるのは、やはり「食事の管理」ということになるようだ。「糖質ダイエット」とまではいかないが、できる限り炭水化物の摂取を抑えることに注意して、この1年で10キロ程度痩せた。

多くの人がそうであるように、入社以来体重は増加する一方で、入社時には50キロ台だった体重がここ数年では80キロ近くまでになることもあったが、この1年で60キロ台まで減少させることに成功した。体重が60キロ台になるのは、20数年ぶりである。

今や20年以上も前の話なので、現在こんな話をしても許されるのではないかと思って話すことにするが、30代前半の頃に、昼は保険業法の50年ぶりの改正に関わる業務等の通常通りの仕事をこなしつつも、夜の接待が大きな仕事である部門に5年間ほど在籍していた。当時は、毎日が午前様で、終電に乗れないので、タクシーチケットで帰宅していた。最初の2年間は、電車で帰宅したのは本当に1年に数回程度しかない生活だった。会社に寝泊りした日も何回かあった。会社は午前2時を過ぎると外に出られなくなるので、やむを得ず会社に泊まることになるのだが、翌日朝早く帰宅してシャワーを浴びて、再び朝の9時までに出社しなければならなかった。毎日夜の6時頃から宴会をして、2次会、3次会と進んで、最後はタクシー待ちも兼ねて、バー等で、3時頃まで過ごすという1週間もあるような労働環境だった。そして、夜の1時過ぎにはお腹が空いてきたということで、お寿司やラーメンを食べるという生活だった。それでも、翌日は9時出社である。ストレスも溜まって、いくら自己管理の意識が大事だといっても、こんな状態が続いて健康でいられるはずはないだろう。

当時この部門にくるまでの私の健康状態は、社内の健康度の評価で「A0」という全く問題のない状態であったが、5年間で体重が10キロ程度増加し、5年後には「A3」や「A4」といわれるレベルまで状態が悪化してしまった。「A4」の次はBレベルでこの判定を受けると残業規制等がかかってくる。AからBへの壁はかなり高いということであり、その後20年以上は、「A3」と「A4」の間をいったりきたり、という状態が続いている。

当時は、「健康経営」という概念はなく、現在振り返ってみれば、「健康経営」という視点だけでなく、その他の視点からも、本来的には課題がある状況だったとも思われるが、こういう労働状況が当然のものだという意識で、特段問題視もされず、多くの人が疑問も感じずにいたと思われる。

当時から「健康経営」という概念が強く浸透していたなら、こんな状況は決して認められるものではなかっただろう。現在も引き続き私が経験したのと似たような労働環境にある職場を抱えている会社もあるのかもしれないが、社会全体として、働き方改革を推進するという流れの中では、一般的に状況は大きく改善しているように思われる。その意味で、現在の状況は、大変恵まれた状況であるといえる。いや、むしろ恵まれたという言い方は適切ではなく、やっと本来の姿に向かいつつあるというのが正当な言い方であろう。

さて、私の体験をもう一つ暴露すると、私自身は10年ほど前にも一度ダイエットに挑戦した。当時は中国(上海)赴任から帰国して、相当な体重になっていた。医者から「このままでは確実に糖尿病になりますよ」といわれて、これではいけないと思い立った。この時は、スポーツジムに足繁く通って、週に最低4回程度は10キロ走って、毎月2キロ程度減量して、4ヶ月で60キロ台到達寸前まで減量した。ところが、あまりにも頑張り過ぎたせいもあってか、足の疲労骨折をしてしまい、その後数ヶ月間十分な運動ができなくなってしまった。この時には、食事にも一定気をつけて、腹八分目を守っていたのだが、疲労骨折と共に何となく緊張の輪が切れてしまって、食生活も元に戻ってしまった。これによって、体重もほぼ元の状態に戻ってしまった。全くお恥ずかしい限りである。

この時に、無理のないスケジュール感でダイエットを行うことと、適度な運動と食事の管理のバランスが本当に重要なんだということを認識させられた。

また、私の不名誉な一面をもう一つ暴露する。多くの皆さんと同じように、私自身も人間ドックを毎年受けているが、今年還暦を迎えるような私の年齢であれば、当然再検査が必要な事項の指摘をいくつか受けてきた。ただし、こうした指摘を受けても、つい最近までは、どうせたいしたことないだろう、というような意識で殆ど無視してきた。今思うと大変不埒な職員であった。

現在は指摘事項については十分に意識して、再検査を受けるようにしている。このことが先に述べたように、医者の世話になる機会が多くなったことにもつながっているのだが、これが本来的な姿だということになるのだろう。

さて、幸い、体重が減ったこともあり、人間ドックの各種数値もまだまだ不十分だが、以前に比べればかなり改善してきている。人間というのは単純なもので、このように取組み結果が明確な数値で現われてくると、何となく嬉しい気分になって、さらに取り組んでいこうという気持ちになるものである。

いずれにしても、こうした個人的な体験や状況をこうしてコラムに書いて暴露してしまったからには、再び体重がリバウンドすることがないように、今後も気をつけていかなければならない。今現在、このことを一層強く感じているところである。

再び、健康経営について

さて、健康経営の話に戻るが、重要なことは、会社が何か施策等を打って、半強制的に従業員の健康意識を高揚させて、何かに取り組ませることではない。もちろん、社内や従業員の意識改革を促すために、会社が各種の施策を通じて、健康増進の後押しをすることは、重要なことである。

ただし、会社が仕事を通じて、所得を得て、人間関係を構築している場であるとすれば、「健康経営」と言う観点から、経営サイドが目指すべきことは、従業員の肉体的及び精神的な健康のことを考えて、業務の量や配分を適切に管理していくことであり、人間関係ができる限り上手くワークするような環境を整えていくことであろう。

各個人の能力等に応じた適正な業務配分やそれらの日常業務での適切な管理を通じて、全ての従業員が肉体的にも精神的にも健康な状態を確保していけるような体制を構築していくことが求められることになる。残業を前提としたような業務配分ではなく、あくまでも残業がない形で業務が完了するような適正な付与を行い、それを適切に管理していくことが求められることになる。こうしたことは、これまでも会社が地道に取り組んできたことだと思われるが、今後はより一層こうした点に会社がどの程度本気で取り組んでいるのかが問われてくることになる、と思われる。

また、会社はとかく形式主義に走りやすく、何かの仕組みを作ればそれで良し、というような傾向が見られることもある。本当に健康経営を標榜していくのであれば、仕組み作りはあくまでも第一歩であり、それをベースとして、経営者自身が、自らの会社の健康経営に対する考え方について、明確な方針・ビジョンを示し、それを自ら設定した仕組み等に基づいて、中長期的に率先して実践していくことが重要なことだと思われる。そうした本気度の姿勢が従業員に十分に伝わらないと、従業員からは、冒頭に述べたように、ただ単に「健康経営のためという新たな業務が追加されただけ」とか、さらには「健康な状態を維持して、もっと働けということか」という意識で見られてしまうことになりかねない。

確かに、「健康経営」の狙いは、経営者サイドからは、「従業員が健康保持・健康増進に取り組むことで、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へ繋がる」ことを期待してのものであり、「従業員が心身ともに健康な状態を維持することを通じて、できる限り効率的に働いて、より高い実績を出してもらいたい」ということかもしれない。ただし、このことは、従業員個人にとっても、いろいろな意味で、より高い自己実現を達成する環境や機会を与えられることを意味しており、望ましいことであると考えられる。

「健康経営」の根底にある「心身の健康」を重視する精神や考え方は極めて重要なことであり、改めて言うまでもないことである。こうした考え方が、経営のトップから各従業員まで深く浸透して、敢えて「健康経営」という用語を用いるまでもないような状況が職場に定着していくように、国全体として、より一層こうした意識改革に向けた活動を積極的に推進していってもらいたいものである。

私自身もこうした点を十分に認識した上で、会社の「健康経営」の推進に取り組み、また少しでもその効果の実現に貢献していけるように頑張っていきたいと考えている。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2018年09月05日「研究員の眼」)

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