2018年09月04日

ブラジル経済の見通し-4-6月期GDPは停滞感が見られる。18年は低成長が続く見通し

神戸 雄堂

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1――経済概況・今後のポイント

(経済概況)  4-6月期の実質GDP成長率は6四半期連続のプラス成長も、停滞感が見られる
8月31日、ブラジル地理統計院(IBGE)は、2018年4-6月期のGDP統計を公表した。4-6月期の実質GDP成長率は前期比0.2%増(季節調整済系列)と、前期の同0.1%から若干加速し、6四半期連続のプラス成長となった。しかし、需要項目別では内需・外需ともに寄与度はマイナスとなり、前期からさらに停滞感が見られる内容となった。
(図表1)【需要項目別】実質GDP成長率(季節調整済系列)の推移 需要項目別に見ると、誤差・残差等の寄与度が高く、辛うじて前期比プラス成長となったが、内需・外需ともに寄与度はマイナスで、全体的に力強さを欠いている(図表1)。

GDPの約3分の2を占める民間消費は前期比0.1%増と6四半期連続のプラス成長となったが、前期の同0.4%増から減速した。

政府消費は同0.5%増と前期の同0.3%減からプラス成長に転じた。

総固定資本形成は同1.8%減と前期の同0.3%増からマイナス成長に転じた。

純輸出は輸出が同5.5%減、輸入が同2.1%減となった結果、成長率寄与度が▲0.5%ポイントと前期(同0.2%ポイント)から、大きく成長率を押し下げた。
(図表2)【供給項目別】実質GDP成長率(季節調整済系列)の推移 供給項目別に見ると、第二次産業はマイナス成長となった。第一次産業および第三次産業はプラス成長となったが、ともに力強さを欠いている(図表2)。

第一次産業は前期比0.0%増と前期の同1.3%増から減速した。

第二次産業は前期比0.6%減と前期の同0.1%増からマイナス成長に転じた。5月下旬に発生したトラック業界のストライキが、製造業と建設業に悪影響を与えた。

第三次産業は前期比0.3%増と前期の同0.1%増から若干加速した。前述のストが小売業や運輸業に悪影響を与えたが、不動産業や金融業が牽引役となり、プラス成長となった。
(今後のポイント) ストの影響は一段落。大統領選挙の結果次第では、さらなるレアル安の進行も
 ブラジル経済は2015・16年と2年連続のマイナス成長に陥ったが、17年に3年ぶりのプラス成長に転じた。18年もプラス成長が続く見込みであるが、ファンダメンタルズが力強さを欠いているうえ、5月下旬に発生したトラック業界のストライキが景気を押下げたため、18年は低成長に留まるだろう。

ブラジルでは米国の利上げ観測の高まりとストの発生を受けて、18年年初からレアル安が進行している。さらに、10月の大統領選挙に関して、市場が支持する改革推進派の候補者が劣勢であることがレアル安に拍車をかけている。大統領選挙の結果次第では、短期的にレアル安がさらに進行し、インフレ率が急騰することも考えられる。また中長期的な観点からも、ブラジルが持続可能な成長を実現していくためには、財政健全化に向けた年金改革が不可欠となっており、大統領選挙の行方が注目される。

[トラック業界のストライキによる影響]
ブラジルでは、5月下旬から約10日間にわたって、トラック業界団体が燃料価格の引下げを求めて大規模なストライキを実施した結果、物流に大きな支障が生じ、幅広い業界の生産や販売がストップした。同団体は、国営石油会社のペトロブラスに対して燃料価格の引下げを、政府に対して燃料税の引下げを求めた。これに対して、政府は燃料税の軽減と補助金の投入による燃料価格の引下げ、さらにトラック運転手に対する最低運賃の導入を発表し、ストを収束させたが、市場では税収減や歳出増に伴う財政悪化や経済への影響に対する懸念が高まり、レアル安がさらに進行した。

ストによる悪影響は、5月の鉱工業生産、輸出、小売売上高の落ち込み、6月のインフレ率の上昇など多くの指標で見られたが、いずれも翌月には持ち直しており、影響は一時的なものとなりそうである。
 
[レアル安の進行と大統領選挙の行方]
18年に入ると、米国の利上げ観測の高まりによって、一部の新興国において資金流出が加速し、大幅な通貨安が進行している。特に、アルゼンチンとトルコでは、過度な通貨安がインフレ率の急騰を招くなど、実体経済にも悪影響を与えている1。ブラジルでも年初から大幅なレアル安が進行しており、同様の懸念が高まっている。しかし、足元の通貨安の要因は、アルゼンチンやトルコのようなファンダメンタルズではなく、大統領選挙の結果によって改革が停滞する懸念の高まりが大きく影響していると考えられる。

主要新興国のファンダメンタルズを比較すると、ブラジルの政府部門は、フロー面(財政収支)、ストック面(政府債務残高)ともに最悪の水準となっているが、経常収支は、赤字であるものの、その水準は相対的に小さい(図表3・4)。これは、ブラジルの政府部門の財政状況は悪いが、政府部門の資金不足を民間部門の資金余剰で一定程度賄えており、海外への資金依存度が相対的に低いことを表している。したがって、資金流出リスクは相対的に高くないと言えるだろう。また、ブラジルの外貨準備高は潤沢であり、通貨下落時にも為替介入によって買い支えが可能となる。さらに、金融政策の観点からも、足元のブラジルの政策金利が過去最低の水準にあり、利上げの余地が十分に残されていることを踏まえると、ファンダメンタルズ上は過度なレアル安進行の懸念は小さいだろう2。前述の2ヵ国は、経常収支及び外貨準備高が新興国の中でも特に悪いことが、不安視されて資金が流出したと考えられる3
(図表3)主要新興国の政府部門の財政状況/(図表4)主要新興国の経常収支と外貨準備高
(図表5)一般政府の基礎的財政収支(名目GDP比) ブラジルの政府部門の財政状況は、前述の通り、主要新興国の中でも最悪の水準となっており、早急な財政健全化が望まれている。ブラジルの一般政府の基礎的財政収支は、2014年以降赤字が続いているが、その主因は社会保障院4部門の赤字であり、その規模は年々拡大している(図表5)。このように、財政健全化に向けては、年金改革が不可欠であるが、現テメル政権における改革は棚上げされたため5、次期政権が改革路線を継承することが必要となる。しかし、大統領選挙の候補者の中には改革路線に消極的もしくは反対の候補者もおり、有力候補が見当たらないまま、選挙の行方は依然として混迷を極めている。
大統領選挙は10月7日に第1回投票が行われ、過半数の得票者がいない場合は、10月28日に上位2名による決選投票が行われる。足元の世論調査を踏まえると、過半数を獲得するような有力候補は見当たらず、決選投票までもつれる公算が大きい。候補者は13名であるが、主な候補者は図表6の通りである。

市場が支持しているのはPSDBのアルキミン候補である。同氏は、改革推進派であるが、政策の内容が「痛みを伴う改革」であるため、世論調査の支持率は低水準で推移している。一方で、最も支持率が高いのはPTのルーラ元大統領であったが、同氏は現在汚職容疑で収監中であり、8月31日にブラジル高等選挙裁判所が、同氏の出馬を認めない判決を下したため、PTはハダジ氏が候補となる見込みである。ルーラ氏は大統領在任時に実施した大衆迎合的な政策によって、未だに国民の人気が高いが、改革を逆行させることが懸念されていたため、今回の判決は市場にとっては朗報である。しかし、次に支持率が高いPSLのボルソナロ候補は「ブラジルのトランプ」の異名を持っており、市場にとっては望ましくない候補者として捉えられている。
(図表6)大統領選挙の主な候補者
今後のスケジュールは、8月31日に開始されたテレビ/ラジオでの政見放送が、10月4日まで続く。アルキミン候補は、今後のテレビ/ラジオ放送の持ち時間が他の候補者に比べて圧倒的に長いため、露出の増加に伴い、支持率が上昇していくことも期待される。しかし、世論調査ではルーラ元大統領が出馬しない場合、「白紙で投票する」もしくは「わからない」と回答した割合が28%にも及んでいるため、やはり過半数に至る候補者は現れず、決選投票までもつれる公算が大きいだろう。
(図表7)ブラジル経済の見通し
 
1 アルゼンチンにおいては、中央銀行が政策金利を60%まで引上げており、消費や投資が抑制されると見られる。
2 ブラジルの外貨準備高は、18年3月時点で対外短期債務比6.2倍と依然潤沢な水準であるが、17年末時点の同7.4倍から大きく低下している。足元ではレアル安の進行に伴い、中央銀行が継続的に為替介入を行っていることから、同倍率はさらに低下していると考えられる。
3 トルコについては米国との関係悪化や中央銀行の独立性に対する懸念の高まりなど固有の要因がリラ安に拍車をかけたと見られる。
4 社会保障院とは、年金基金の一種で、公的年金や私的年金を管理している。
5 18年2月にリオデジャネイロ州の治安悪化を受けて、連邦政府は12月末まで同州の治安部門を軍の指揮下に置くこととした。憲法の規定上、この間は年金制度改革に必要な憲法の改正ができないため、18年12月に任期が切れるテメル政権での採決は実質的に不可能となった。
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神戸 雄堂

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