- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 医療・介護・健康・ヘルスケア >
- 健康・ヘルスケア >
- スペイン風邪から100年~大規模感染症対策は大丈夫?~
1――日本人のマスク姿のはじまり
1918年~20年にかけて世界中で流行したスペイン風邪を題材とした本である”Pale Rider”(注1)に最初に出てくる写真には「大流行の際に予防のためにマスクをつけた日本の女子学生1920年」という説明が付いている。日本で人々が外出するときにマスクをするようになったのは、スペイン風邪が流行した際に予防策として政府が推奨したためだというのは、感染症対策の専門家の間では常識のようだ。
さて、スペイン風邪は普通のカゼではなく、A型インフルエンザH1N1亜型だったということが分かっている。当時は1876年にコッホが炭疽菌の純粋培養に成功して感染症が病原性細菌によって起きることが証明されてまだそれほど年月も経っておらず、インフルエンザがウイルスによって引き起こされるということは知られていなかった。細菌よりはるかに小さいウイルスの姿が電子顕微鏡で確認されるのは、スペイン風邪の大流行が去ってからしばらくたった1935年のことだ。上で紹介した本によれば、爆発的な感染の拡大を防止するために大規模な集会を抑制するといった対策には激しい抵抗があり、正体不明の病気の拡大がおさまることを祈る集まりが逆にインフルエンザの感染拡大に繋がってしまったという。
2――歴史を形作ってきた感染症
かつてはスペイン風邪による死者は世界で2000万人程度とされていたが、より新しい推計では、死者は5000万人~1億人とされ、第一次世界大戦の死者1700万人を上回り、第二次世界大戦の死者6000万人や両大戦の死者の合計をも超えていた可能性がある。日本の死者も、従来は38万人程度とされてきたが実際にはもっと多く、少なくとも45万人程度と見られている(注3)。20世紀最大の惨事といえば、多くの人が第二次世界大戦をあげるだろうが、死者数でいえばスペイン風邪だったという可能性が高い(注1)。
3――危機管理は大丈夫か?
2005年に東南アジアで猛威を振るった高病原性鳥インフルエンザH5N1亜型や、2012年に初めて患者が見つかったMERS(中東呼吸器症候群)では、幸運なことに日本国内で感染者が出ることは無かった。しかし、2002年冬から2003年夏にかけて中国南部を中心に感染が広まったSARS(重症急性呼吸器症候群)では、日本国内では感染者は出なかったものの経済に影響を与え、回復が続いていた景気は一時停滞に陥った。大規模な感染が広がれば多くの人命が失われることになる恐れが大きいだけではなく、経済的に大きな混乱が起こることも避けられない。
果たして、スペイン風邪と同じ程度の、国民の四分の一が感染し、2%が死亡するというような事態に日本は対応できるだろうか?大流行対策は「医療ではなく、国家危機管理の問題」とも言われる(注3)が、法律や制度、組織体制は十分なのか?1998年に伝染病予防法等を統合する形で感染症予防法が制定されたが、2009年に新型インフルエンザが世界的に流行した際に十分な対応ができなかったことから、2012年には「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が制定されている。
喉元過ぎれば熱さを忘れるということわざがあるが、自然災害や事故などでも我々は問題を忘れやすく、必ずやってくる次の災難への備えを怠り勝ちである。それぞれの家庭でも、地震や風水害への備えにもなることでもあり、まずは非常用の水や食料、医薬品などのチェックから手を付けてみてはどうだろう。
注1:Spinney, Laura, ”Pale Rider; The Spanish Flue of 1918 and How It Changed The World”, Hachette Book Group (2018)
Pale Riderは、蒼ざめた馬に乗った騎士のこと。ヨハネの黙示録に出てくる四人の騎士の一人で、死神であるとされる。
注2: Diamond, Jared, “Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies”, Norton(1997)、 (邦訳「銃・病原菌・鉄」草思社文庫2012年)
注3:「強毒性新型インフルエンザの脅威」岡田晴恵編(藤原書店2006年)
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)
研究・専門分野
(2018年09月03日「エコノミストの眼」)
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年04月19日
年金将来見通しの経済前提は、内閣府3シナリオにゼロ成長を追加-2024年夏に公表される将来見通しへの影響 -
2024年04月19日
パワーカップル世帯の動向-2023年で40万世帯、10年で2倍へ増加、子育て世帯が6割 -
2024年04月19日
消費者物価(全国24年3月)-コアCPIは24年度半ばまで2%台後半の伸びが続く見通し -
2024年04月19日
ふるさと納税のデフォルト使途-ふるさと納税の使途は誰が選択しているのか? -
2024年04月18日
サイレントマジョリティ⇒MAGAで熱狂-米国大統領選挙でリベラルの逆サイレントマジョリティはあるか-
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
-
2023年07月03日
News Release
【スペイン風邪から100年~大規模感染症対策は大丈夫?~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
スペイン風邪から100年~大規模感染症対策は大丈夫?~のレポート Topへ