2018年08月10日

「保育所併設マンション」の建設は進むか~不動産からみた待機児童対策の現状と課題~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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(4) 東京都大田区  「プラウドシティ大田六郷」(開発事業者:野村不動産)
東京都大田区では2017年3月、野村不動産が632戸の大規模分譲マンション「プラウドシティ大田六郷」を開発し、居住棟の1階に315㎡の認可保育所(定員57人)を整備した。同社は計画段階で、大田区と協定書を結んで公共施設に関する要請を受け、保育所や地域包括支援センターなどを設置したという。保育所は2017年10月から開園し、(株)ポピンズが運営している。

保育所の床は、別の棟に設置した学童保育の床とセットで、第三者の企業に売却したという。住人には、保育所の整備や維持管理にかかる費用の負担は生じておらず、この企業が固定資産税を納めている。保育所と同じ建物の2階以上は住戸だが、騒音等のクレームも入っていないという。

野村不動産は保育所以外にも、共用棟にキッズルームを設けて有料で英会話教室やワークショップ教室を開くなど、子ども向けサービスを充実させている。同社の担当者は「様々な施設やサービスを提供することで、マンションの付加価値が高められると判断した」としているが、「保育所に関して言えば、住人が優先的に入れる仕組みがあれば、より住人への恩恵がある」と話している。

(株)ポピンズなどによると、この保育所の場合、最寄り駅まで徒歩約10分かかることや、同じ地区に複数の認可保育所が設置されていることなどから、通っている子どもの約8割はマンションの住人が占めるという。ただし、子どもをこの保育所に通わせたいと思ってマンションを買った人が多かったため、自治体に入園希望を出したが落選したという住人もいるという。
写真1  東京都大田区に建設された保育所併設マンション「プラウドシティ大田六郷」
図表1 保育所併設マンションの事例

4――保育所併設マンションの課題

4――保育所併設マンションの課題

1|最大の鍵は保育所の権利関係
3でみた事例を基に、今後、保育所併設マンションを整備促進していく上で、課題となる点を整理したい。

最大のポイントとなるのが、保育所の床の所有者を誰にするかである。所有者には賃料収入がある一方で、建物の維持管理費や固定資産税等の負担、テナント維持の手間が発生する。保育所が運営される限り、運営事業者からの賃料収入が継続するが、収益性がそれほど高い事業ではないため、賃料設定が高すぎると運営事業者の経営を圧迫しかねない。万が一撤退したら賃料収入がストップし、次の運営事業者が見つかったとしても、同じ賃料で契約できる保証はない。自治体もマンション管理組合も投資家も、できればそのような負担を背負いたくない、というのが現実だろう。

国の待機児童政策として、保育所併設マンションの促進を位置づけているのであれば、その負担を民間に背負わせて、整備を要求するのは厳しいのではないだろうか。開発事業者から申し出があった場合には、自治体が建物を引き受けて維持管理責任を負い、民間への固定資産税課税を避けるなど、保育所整備に踏み出しやすいような制度設計が必要ではないだろうか。
2|将来的な保育所の用途変更
次に大きなポイントは、保育所がいつまで継続するか、という問題である。上述のように、建物の所有者にとっては、テナントが継続することが最も重要である。しかし、近年膨らみ続ける待機児童数も、やがて女性の就業率が頭打ちし、少子化がさらに進んだ時、いずれ減少に転じる。行政の要請に従って、開発事業者が新設するマンションに保育所を整備したとしても、20年後、30年後に保育所に入園を希望する子どもたちが同じだけ存在する保証はない。分譲マンションであれば、住人は20年後、30年後も住み続けるケースが多いだろうが、保育需要が縮小したときに、敷地内や同じ居住棟に設置した保育所はどうなるのだろうか。自治体は、保育需要が縮小したときの用途変更について、基準を定めておく必要がある。また、用途変更に伴って改装を行う場合に、民間所有者にその費用をすべて負担させるかどうかという点も、議論の余地があるだろう。

保育所を自治体が所有しておけば、将来的に保育需要がなくなった時、新たに必要が生じた別の公共施設に、自治体の費用を用いて速やかに転用することができるのではないだろうか。
3|自治体と開発事業者の間での早い段階からの情報共有
第三のポイントは、自治体が保育所整備を開発事業者に要請する場合、計画の初期の段階から、どのような種類や規模の保育所を必要としているかを伝えることである。詳細設計に入った後で要請したのでは、十分な面積を確保できない恐れがある。保育所を開園するためには、園庭や避難経路の確保など、独自の設備も必要となる。要請が遅れて建築費が当初の計画よりも大幅に増加すると、分譲価格に跳ね返って、住人にしわ寄せが行きかねない。

この点で、江東区などのように、あらかじめ条例や指導要綱等に保育所整備を要請するとの方針を定め、早期に協議をスタートすれば、開発事業者が用地取得段階から、保育所整備のコストや手続きを織り込んで計画を立てることができる。また、認可の見通しについても、自治体が正確に開発事業者に伝え、不安を払拭する工夫が必要である。
4|保育所の管理運営に関する行政からのサポート
第四のポイントは、「騒音」を巡るクレームなど、保育所の管理運営に関する独自の課題である。取材をした3社の場合は、これまでに保育所併設マンションに関して、目立ったクレームは出ていないということだったが、今後、国として保育所併設マンションを普及しようとすれば、閑静で過密した住宅地に立地するケースも出てくるだろう。近隣住民から、子どもを迎えに来る親同士の話し声や、子どもの歓声を「迷惑だ」と言って対応を求められる可能性はある。一義的には、保育所の運営事業者が対応する問題だが、遮音壁の設置など、建物の構造に係わる話になると、所有者の判断が必要な場合も出てくる。所有者が遠隔地に居住する投資家であったり、意思決定に時間がかかるマンション管理組合であったりすると、迅速な対応が難しいことも予想される。自治体が建物を所有しないのであれば、所有者と住民との間に入って双方の相談に応じたり、アドバイスしたりする態勢を整えておく必要があるのではないだろうか。
5|開発事業者や住人へのインセンティブ
第五のポイントは、現状では、開発事業者や住人ら、関係者には保育所を整備するメリットがほとんど無いことである。保育所が増えれば、待機児童を抱える自治体にとっては大きなメリットとなり、社会的に子育て支援を推進していく施策になる。しかし、開発事業者にも住人にもメリットがなければ、今後、普及するとは言い難い。協力金のような制度がある地域では、開発事業者が支払いを減免されることが保育所整備のメリットだと言えなくはないが、マンションの住人が使えない施設を積極的に整備する理由はない。もし保育所を設置しなければ、店舗を誘致したり、ラウンジなど住人に利便性の高い共用スペースを設けたりして、より魅力のあるマンションとして売り出すことができるだろう。

本来、認可保育所は児童福祉法で定められた児童福祉施設であり、整備する責任は自治体にある。民間にその一端を担わせるのであれば、開発事業者や住人ら、関係者に何らかのメリットになる制度設計が必要ではないだろうか。例えば、固定資産税の減免や、住人が優先的に入園できる仕組みなどがあれば、インセンティブになり、より整備が進むだろう。
 

5――終わりに~結びにかえて~

5――終わりに~結びにかえて~

待機児童の局所的な増加は、大規模マンション建設によるファミリー世帯の急増が一因となっていることは事実である。待機児童解消を迫られる自治体が、開発事業者の協力を得て保育所の「ハコ」を確保し、効率的に整備を進めていこうという発想は意義深いと考える。しかし、民間である以上、社会貢献やCSRだけのために協力することは困難であり、何らかのインセンティブを設けることが必要ではないだろうか。

マンションは、開発事業者が地権者から用地を取得して開発し、顧客や投資家に販売する商品である。保育所を併設することで、仮に、購入を検討している層から「管理が面倒な施設」だと認識されたり、投資家から「リスクの高い商品」だと見なされたりしたら、分譲や販売のハードルが上がることになる。そうなれば、開発事業者は保育所整備を敬遠することになる。これまでに保育所併設マンションを手がけてきた開発事業者も、経営戦略に基づいて主体的に整備したと言うよりは、自治体の要請や協力金の仕組みに押されて、整備に踏み切ったというのが実情である。今後、新たに整備していくかどうかについても、積極的とは言えない。

また、保育所は単なるハコではなく、サービスを提供し続ける事業である。「作ったら終わり」ではない。開園した後に起きる可能性がある騒音や事故等の問題、将来的な需要縮小の可能性など、管理運営にかかる問題について、行政として対応を決めておく必要がある。

今のところ、保育所併設マンションを整備促進するための具体的な方法と内容は、各自治体に委ねられている。そのため、開発事業者との協議方法や建物の権利関係をどうするかなど、円滑な整備運営に向けた仕組み作りは自治体によってまちまちである。今後、国が待機児童対策の柱として保育所併設マンションを推進していこうとするならば、国が詳細なガイドラインを整備して、自治体の取り組みを後押しする必要があるのではないだろうか。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

(2018年08月10日「基礎研レポート」)

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