2018年08月07日

年金改革ウォッチ 2018年8月号~ポイント解説:「年金カット」の効果検証に向けて

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 先月までの動き

年金財政における経済前提に関する専門委員会では、年金部会への報告に向けて、これまでの議論を確認し、議論が不足していた論点について追加の議論を行いました。資金運用部会では、GPIFの前年度の実績評価について報告がありました。年金部会では、来年の財政検証に向けて、諸外国の年金制度の最新動向などについて、事務局からの説明を元に意見交換が行われました。
 
○社会保障審議会 年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会
7月12日(第6回)  これまでの主な意見の整理等、その他
 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000207188_00001.html (配布資料)
 
○社会保障審議会 資金運用部会
7月25日(第8回)  GPIFの平成29年度業務実績評価
 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000205486_00002.html (配布資料)
 
○社会保障審議会 年金部会
7月30日(第3回) 諸外国の年金制度の動向、年金額の改定ルールとマクロ経済スライド
 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000212815_00001.html (配布資料)
 

2 ―― ポイント解説:「年金カット」の効果検証に向けて

2 ―― ポイント解説:「年金カット」の効果検証に向けて

経済前提に関する専門委員会では、野党の一部から「年金カット法案」と呼ばれた2016年の制度改正の効果検証に向けて、経済前提をどのように設定すべきかが議論されました。本稿では、「年金カット」と呼ばれた内容を振り返り、今後の検証に向けた課題を考えます。
1|「年金カット」の内容と背景:将来の給付低下を小幅に抑えるために、特例措置を見直し
図表1 現在の年金額改定ルールの概要 2016年の制度改正で野党から「年金カット」と呼ばれたのは、年金額改定の本則の改定率の見直しです。現在は年金財政を健全化している最中なので、年金額の改定率は本則の改定率と財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライド)を組み合わせたものになっています(図表1)。このうち、本則の改定率は、財政健全化中か否かに関わらず常に適用されるものを指します。
現在の本則の改定ルール(図表2)は2004年改正で導入されたものです。2004年改正前は、どの状況でも図表2の(1)~(3)と同様に改定されていましたが*1、2004年改正では賃金上昇率が物価上昇率を下回る場合((4)~(6))には受給者に配慮して、特例を適用することになりました。
図表2 本則の改定ルール (※改正は2021年度から施行)
図表3 賃金上昇率(縦軸)と物価上昇率(横軸)の実績(2005~2018) しかし、(5)と(6)では、保険料収入の伸び(賃金上昇率)を上回る形で支出(年金給付)が伸びることになるため、年金財政の悪化要因となります。これらのケースがまれに起こるのであれば大きな問題はありませんが、2004年改正後はこれらのケースが頻発したため(図表3)、年金財政の悪化が進んでいました。

2016年の改正で年金財政悪化の傷口が塞がれ、将来の給付低下を小幅に抑えられるようになりましたが、当面の受給者にとっては特例がなくなるため、野党の一部から「年金カット」と呼ばれました。
 
 
*1 厳密には、毎年は物価に連動し、5年毎に過去5年間の賃金に連動。既裁定者は、2000年改正後は物価連動のみ。
2|検証に向けた課題:変動サイクルの周期・形状・振幅に加え、人口構成の偏りとの関係も要考慮

2016年の制度改正時には、この見直しの効果は推計されていませんでした。そこで、次の将来見通しではこの見直しの影響も踏まえることが、改正法の附帯決議に盛り込まれました。この見直しに該当する前提(賃金上昇率がマイナスで物価上昇率を下回る場合)をどう設定するかが、課題となります。

前提の設定に向けた論点の1つは、賃金上昇率や物価上昇率の変動サイクルの周期です。財政見通しでは、今後100年間の賃金上昇率や物価上昇率が基本的に一定と仮定されています。賃金上昇率がマイナスで物価上昇率を下回る状況は、この基本的な仮定に変動サイクルを加味することで設定されますが、変動サイクルを何年周期にするかが論点となります。年金額の改定に使われる賃金上昇率は、年金額の変動を抑えるために3年間の平均値が使われています*2。3年間の平均値でマイナスになるためには、周期を長めにする必要がありますが、何年まで長くするかを決める必要があります。さらに、変動サイクルの形状や振幅をどのようにするかも、論点になるでしょう。

また、変動サイクルをどう適用するかも論点となるでしょう。近年の実績を変動サイクルの下方とみるかや、団塊ジュニア世代などの人口構成の偏りと変動サイクルをどう組み合わせるかによって、結果が変わることが予想されます。複雑にはなりますが、複数のケースを示すのも一案でしょう。

いずれにしても一定の仮定をおいた機械的な試算になりますが、国民の納得を得られるような前提の設定に向けて、これからの議論が期待されます。
 
*2 厳密には、毎年の物価上昇率に、実質賃金上昇率の3年平均を組み合わせる。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

(2018年08月07日「保険・年金フォーカス」)

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