2018年08月08日

高齢者医療費の自己負担引き上げは是か非か~「骨太方針2018」を通じて背景と論点を考える~

基礎研REPORT(冊子版)8月号

保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   三原 岳

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1―はじめに~自己負担を引き上げるべきか否か~

中長期的な経済財政運営や2019年度予算編成の方向性を定める「骨太方針2018」(経済財政運営と改革の基本方針2018)が6月15日、閣議決定され、75歳以上の後期高齢者が医療機関にかかった場合の自己負担引き上げを検討する方針などが盛り込まれた。
 
では、高齢者の自己負担引き上げは必要なのだろうか。引き上げる場合、どういった点に考慮すべきなのだろうか。本レポートでは単なる財源論にとどまらない観点に立ち、引き上げの是非を巡る論点などを提示する。

2―引き上げ論浮上の背景

1|骨太方針2018の記述
まず、骨太方針2018の記述から考える。該当部分は以下の通りである。
 
高齢者医療制度や介護制度において、所得のみならず資産の保有状況を適切に評価しつつ、「能力」に応じた負担を求めることを検討する。団塊の世代が後期高齢者入りするまでに、世代間の公平性や制度の持続性確保の観点から、後期高齢者の窓口負担の在り方について検討する。
 
前段は年齢で区切るのではなく、所得や資産など能力に応じた負担への転換をうたっている点で、75歳以上高齢者の自己負担引き上げを示唆している。しかし、官僚が関係者との調整の際に用いる難解な文章、いわゆる「霞が関文学」に沿うと、「検討する」という文言は「講じる」「行う」よりも弱い表現となっている。
 
後段の文章については、人口的にボリュームの大きい団塊の世代が75歳以上になる2025年に向けて、医療・介護需要が増大すると見られているため、それまでに75歳以上高齢者の自己負担を引き上げる考えを示している。ここでも曖昧な「在り方について検討する」と書いており、「霞が関文学」的には弱い表現となっている。
 
しかし、「世代間の公平性と制度の持続可能性確保の観点」と記述しているのがポイントである。以下、「世代間の公平性」「持続可能性確保」の2点を順に考察していく。

  2|自己負担を巡る世代間格差
最初に「世代間の公平性」という部分である。医療費の自己負担は図表1の通り、年齢に応じて区分されており、70~74歳以上は2割、75歳以上は1割となっている。このうち70~74歳については、法律上は2割負担だが、予算措置で1割負担に引き下げた後、2014年4月から2割に引き上げている。
一方、69歳以下の人は3割負担であり、「世代間の公平性」とは「現役世代に比べると高齢者の自己負担が低いので、これを引き上げるべきだ」という意味が込められている。

3|持続可能性の観点から見た現状
次に「持続可能性」の点である。現在、国民医療費の負担割合は、国の税金が25.7%、地方の税金が13.2%、事業主の保険料負担が20.6%、本人の保険料負担が28.2%なっており、自己負担が大宗を占める「その他」は12.3%にとどまっている。
 
さらに、この内訳を時系列に見ると、図表2の通りになる。
具体的には、調査を開始した1954年度を1とし、2015年度までの伸び率を見たところ、国民医療費全体の伸び率が196.9倍に対し、国の税金は433.0倍、地方の税金は595.9倍、本人の保険料負担は254.1倍、事業主の保険料負担は169.2倍、患者の自己負担は59.8倍となっている。つまり、増大する医療費は国・自治体の税金で賄われた一方、自己負担の伸びを低く抑えたことが分かる。
 
しかし、国の税金部分は現在、3割程度を借金で賄っており、ツケは将来世代に回されている現状を考えると、こうした状況を見直さないまま、制度を持続させることも難しい。骨太方針2018で「制度の持続可能性」という言葉を用いているのは、こうした状況を踏まえていると言える。

3―自己負担を巡る歴史的な視点

高齢者の自己負担を考える上では、医療制度を巡る歴史の視点も欠かせない。福祉政策を重視した田中角栄首相が1973年、70歳以上の医療費をゼロとする政策を決定したが、高齢者医療費の増加で国民健康保険の財政が悪化したため、1983年にスタートした老人保健制度で70歳以上高齢者の自己負担を1割に引き上げた。その後、後期高齢者医療制度の導入を柱とした2008年度の医療制度改革を通じて、75歳以上の後期高齢者については1割負担、現役並み所得の人は3割負担とした。
 
一方、70~74歳の自己負担についての議論は錯綜した。解散総選挙が意識される緊迫した政局の中、発足直後の福田康夫政権は2割に引き上げた負担割合を1割に軽減することを決めた。これは政権交代を挟んでも続いたが、2014年4月から段階的に引き上げることとなった。
 
こうして見ると、高齢者医療費の自己負担については、老人医療費無料化の影響が今も続いていること、その引き上げが政治的に難しいと見なされていること、そうした中でも自己負担引き上げが段階的に進められている様子を読み取れる。

4―引き上げの可能性と留意点

では、今後どのような制度改正が求められるだろうか。医療費の増加は人口の高齢化だけでなく、医療技術の発展や医師の行動・判断が絡む分、その抑制は簡単ではなく、様々な制度改正を組み合わせる必要がある。こうした中で、75歳以上高齢者の自己負担だけを聖域視することは難しい。
 
もちろん、医療制度の見直し論議は単なる財源論だけで完結しない。特に人々の生命や健康、暮らしに関わる分、自己負担引き上げの影響は軽視できない。例えば、高齢者が受診を控える結果、高齢者の健康が損なわれる可能性である。
 
そこで、所得の高い高齢者に多くの負担を求める方法がありえる。図表1の通りに現在も「現役並み所得」を持つ75歳以上高齢者については現役並みの3割負担を求めており、現役並み所得の基準を引き下げることで、対象者を増やす選択肢が想定される。
 
さらに、「医療サービスを多く使う75歳以上高齢者の自己負担を減らす」という制度設計が可能かもしれない。具体的には、一定額以上の医療費を還付する高額療養費と絡めることで、健康上の理由で医療サービスを多く使う高齢者については、自己負担が一定額以上に達した場合、還付を受けられるようにする方法である。
 
高齢者の健康に留意しつつ、自己負担の引き上げを模索する方策も想定できる。これは一定年齢以上の高齢者については、最初に受診する医師を指名する制度を採用するとともに、指名した医師で受診した場合は1割、指名していない医師にかかった場合は2割または3割と、自己負担を変える方法である。
 
これには患者にとっての「医療の入口」を1カ所に絞った方が良いという判断がある。こうした必要性を指摘した意見として、日本の医療制度に関する2014年11月のOECD(経済協力開発機構)レポートを挙げることができる。ここでは、高齢者は複雑で慢性の疾患を複数抱えることが多いとしつつ、継続的かつ予防的で個々に合わせたサービスが必要となると指摘し、患者が医師を指名する登録制度の導入を提案した。こうした制度改正と自己負担を絡めるのも一案であろう。

5―おわりに

以上、「世代間の公平性」「制度の持続可能性」という言葉に込められた骨太方針2018の記述から筆を起こし、75歳以上高齢者の自己負担引き上げの是非を考察した。自己負担を引き上げる際には「副作用」に留意する必要があるが、今後の75歳以上高齢者の増加を視野に入れれば、現行制度の見直しは避けられない。高齢者の状況とは無関係に年齢で区切るのではなく、所得やニーズに応じて負担割合を調整する方が公平な仕組みと言えるのではないだろうか。"

 
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保険研究部   准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2018年08月08日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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