2018年08月08日

消費増税前後の需要変動を均すことは可能か

基礎研REPORT(冊子版)8月号

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

政府は、過去の欧州の事例を学ぶことによって、2019年10月の消費税率引き上げ時の需要変動を平準化することを目指している。ドイツ、英国といった欧州諸国では、税率引き上げの日に一律一斉に税込価格の引き上げが行われることはなく、税率引き上げ前後に大きな駆け込み需要・反動減が発生していない。政府は、欧州のように事業者の判断で価格設定が自由に行われるようにすることで、税率引き上げ前後の駆け込み需要・反動減を抑制しようとしている。
 

欧州型の価格転嫁は可能か

ドイツ、英国の付加価値税率引き上げ前後の個人消費は、日本に比べて増税前の駆け込み、反動ともに小さい[図表1]
消費増税の影響
その一因が、日本と欧州で税率引き上げ時の価格転嫁の仕方が違うことだ。日本では税率引き上げと同時にほぼ100%価格転嫁されているのに対し、欧州では税率引き上げ時には税抜き価格が引き下げられ、税込み価格はあまり変わっていない[図表2]。消費者から見れば税率引き上げ前に駆け込みで購入するインセンティブがない。
消費増税の影響
欧州は、価格の表示方式が総額表示(税込み)となっていることもあり、企業は増税前も増税後も総額ベースでほぼ同じペースで値上げしている。結果的に税抜き価格では増税直後に値下げをしていることになる。このことは増税の一部を企業が負担していることを意味するが、もともとの物価上昇率が高いため、約半年後には税抜き価格でも増税前の水準に戻り、負担のかなりの部分は短期間で吸収されている。
 
一方、日本は欧州のように価格改定が頻繁ではないため、税率引き上げ時に価格転嫁を行わなかった場合には、長期にわたって企業が負担し続けることになりかねない。企業が価格設定を自由に行うのは望ましいことだが、デフレマインドが残る日本では増税前に積極的な値上げが行われることは考えにくい。欧州の価格転嫁方式を日本で取り入れることは難しいだろう。
 
そもそも駆け込み需要と反動を均す必要はあるのだろうか。駆け込みとその反動はあくまでも需要の発生時期がずれるだけで、一定期間を均してみれば影響はニュートラルだ。仮に駆け込み需要と反動減をなくすことが出来たとしても、消費増税を実施する限り実質所得低下の影響は避けられない。政府は駆け込み・反動減の平準化策に重点を置きすぎているように思う。
 

正確な理解が重要

消費増税によって消費の水準が一定程度落ち込むことは避けられないと割り切ることも必要ではないか。景気の振幅が大きくなること以上に問題なのは、消費税率引き上げ前後の経済変動について必ずしも正確に理解されていないことだ。
たとえば、消費税率引き上げ直前の個人消費の増加が駆け込み需要によるものだった場合、税率引き上げ直後の個人消費の減少率(図表3のB→C)は、駆け込み需要の反動に実質所得低下の影響が加わることにより、直前の増加率(図表3のA→B)の2倍以上になる。前回の消費税率引き上げ後の個人消費の大幅減少はこの理屈に沿ったものと言えるが、当時は想定外の落ち込みという見方も少なくなかった。
 
消費税率引き上げ前後に生じる経済変動を国民に分かりやすく説明することも政府の重要な役割と考えられる。景気の振幅が非常に大きくなったとしても、そのことが事前に分かっていれば、経済に対する不確実性は低下する。少なくとも、前回の税率引き上げ時のように、駆け込み需要で高成長となった時に過度に楽観的となり、反動減で大幅マイナス成長となった時に過度に悲観的となるような事態は避けられるだろう。"
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

(2018年08月08日「基礎研マンスリー」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【消費増税前後の需要変動を均すことは可能か】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

消費増税前後の需要変動を均すことは可能かのレポート Topへ