2018年08月08日

AI(人工知能)と雇用

基礎研REPORT(冊子版)8月号

櫨(はじ) 浩一

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1―難しい技術の評価

AI(人工知能)が発達していけば、工場での生産活動や流通、販売のあらゆる領域で人間のしていることを機械がするようになり、さまざまな雇用問題が発生することは明らかだ。しかし、AIが登場する以前から新しい技術が雇用問題を引き起こすということは繰り返されてきた。楽観的な見方をすれば、ATMが導入されたことによって銀行の窓口で顧客対応を行っていた銀行員が大幅に減ったり、自動改札機の導入で切符を切ったり集めたりする駅員がいなくなったということと、起こることは本質的には同じだ。

一方悲観的に考えると、AIの発達によって仕事が機械に代替されるという現象はこれまでとは比較にならない規模と速度で起こるので、同じような現象でも社会に与える影響の質が全く変わってしまう可能性がある。どれくらいの速度でどのような影響が出てくるのかを考えるためには技術の理解が必要で、技術の専門家ではないエコノミストには悩ましい問題だ。

2―過大評価のバイアス

AIに関する日本の研究者のプロジェクトでも、「コンピュータが小説を書いた」、「AIが大学入試センター試験の模試で、高得点を取った」といった報道には驚かされた。こうしたこともあってAIの進歩でどのような仕事が無くなるかといった記事は巷にあふれている。

しかし、技術の専門家ではない我々が、AIの進歩について知見を得るには、マスコミの報道や書籍、WEBの情報に頼ることになるが、プロジェクトに直接かかわった人達が書いた書籍や記事を読むと、ニュースの報道では正確には我々に伝わっていないところがあるのは明らかだ。そもそも耳目を驚かすようなことだけがニュースとして取り上げられるので、AIを過大評価する方向のバイアスがかかりやすいということには注意が必要だ。

コンピュータが小説を次々に発表するようになるまでの道のりは遠そうだし、センター試験の問題を解くという東ロボ君プロジェクトでも、リーダー自身が近い将来に東大に合格できるロボットを作ることはできないだろうと言っている。

深層学習(ディープラーニング)は画期的な技術で、長年の経験で知識を積み重ねるという方法では人間が機械に勝てなくなったが、この技術でできることは人間が行っている仕事の一部に過ぎない。これからもいくつもの画期的な方法が考案されていくに違いないが、機械が人間を全く必要としないという時代が来るまでには、まだかなりの時間があるようだ。

3―AIとの共存

少なくとも今生きている世代には、進歩していくAIや機械とどう共存していくかが主要課題であり続けるだろう。社会全体としては、従事していた作業が無くなって職を失った人達をどのようにしてスムースに、人間の労働需要の多い分野に移動させるかが重要だ。誰もが高度な専門性を身に付けられるわけではないので、AIを使いこなす人が大きな利益を得る一方で、AIを使った機械との激しい競争に直面する人達の賃金や雇用は圧迫される。深刻化が懸念される所得格差問題への対応は不可欠だ。

雇用を守るために、個人はAIが苦手な領域の能力を磨けばよいはずだが、技術がどのように進歩していくのかを予測することは専門家でも難しいようだ。少し前には、コンピュータは詰碁や詰将棋など全ての場合を調べ尽くすことができる部分的な問題の解決が得意で、論理的に考える機能ではコンピュータにかなわないので、感性や直感を磨いて行くべきだという意見をよく見かけた。しかし、アルファ碁は部分的な問題の解決よりも、かつては経験で磨かれると考えられていた全体的な判断の方が得意だとコメントしているプロ棋士もいる。

技術進歩のスピードは速く、しかもどのような方向に進むのかあらかじめ見通すことは難しいので、予測できない変化に柔軟に対応する能力がより重要になる。学校教育に求められるのは、特定の知識自体ではなく、知識を学ぶやり方を身につけさせることになるだろう。

人間が機械に勝てなくなった囲碁や将棋では目的が明確だが、現実の問題は、何が目的かが不明確で、様々な結果が予想されるときに、どれが好ましいのか判然としないことの方が多い。結果の予測ではAIにはかなわないが、どのような結果をめざすべきかという目的を決めることは、人間の仕事として最後まで残されるのではないだろうか。
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(2018年08月08日「基礎研マンスリー」)

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