2018年07月11日

WeWorkのビジネスモデルと不動産業への影響の考察

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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3プラットフォームとビッグデータ:Amazonに蓄積される膨大なデータ
プラットフォームの経済性が発揮され、多数のユーザーがプラットフォームに集まるようになると、大量のデータが蓄積されるようになる。プラットフォーマーは、それらのデータを活用してビジネスを最適化することが可能となる。中国EC大手アリババ集団会長のジャック・マー氏が「データは新しい石油になる3」と表現したように、データは現代のビジネス環境において必要不可欠な存在だ。また、データはそのままでは使えないという点も石油と同じである。石油が精製・加工されることで利用可能になるのと同様に、データも選別や分析などの処理をすることではじめて現実世界で役に立つようになる。
 
AmazonはECを通じて、膨大な顧客データを蓄積し、活用してきた。例えば、同社のECサイトには「この商品を買った人はこんな商品も買っています」といった、おすすめ機能がある。同機能は、協調フィルタリングというアルゴリズムを使っている。協調フィルタリングは、購買履歴などの大量のデータから似ている顧客をセグメント化し、セグメント内の顧客が購入した商品をおすすめするというものである。

これまでリアルの商業店舗も、クレジットカードやPOSなどのデータをもとに、顧客をセグメント化して、マーケティングを行ってきた。しかし、マクロデータなどをもとに、居住地域や年齢、所得など、顧客の属性からニーズを推測するというものが一般的だった。ECではこれらのデータに加え、ECサイト内での行動など、個々人のミクロデータを用いて、顧客行動を分析できる。これにより、顧客のセグメントを1人単位にまで落としこみ、個々人の特性やニーズを反映したマーケティングが可能になったのだ。またAmazonではさらにセグメントを細分化し、個々人のニーズが状況や時間によって変化することに焦点をあて、リアルタイムのニーズを把握する0.1人単位のセグメンテーションにも対応できるようになってきている4。これまで小売業者が顧客一人ひとりを理解することは困難だったが、ECでは個々人の刻一刻と変化するニーズまでも把握することが可能になるかもしれないのだ。

また同社は顧客のニーズだけでなく、市場動向を分析する上でもプラットフォームで収集したデータを利用している。同社は、ECプラットフォームの運営者であると同時に、販売者でもある。そのため、マーケットプレイスでの第三者の販売動向などを見ながら、同社の販売戦略を構築し、また新商品を開発することも可能である。規模や資本力でAmazonに勝る販売者は少なく、同一または同機能の商品を同社以上に低価格で販売することができる小売業者も限られるため、Amazonは他社の販売動向などを知ることで、同社のシェアをさらに拡大し、収益を拡大することができるのである5

Amazonはこれまで主にオンラインのデータを蓄積してきたが、米自然食品スーパーWholefoods Marketの買収やAmazon Books、Amazon Goといったリアル店舗の出店、AIスピーカーなどの事業に進出することでオフラインのデータの収集も拡大している。今後、オンラインで培ったデータ分析能力をオフラインにも活用していくことで、消費行動の一層の把握が可能となり、同社の優位性がさらに高まる可能性がある。
 
3 日本経済新聞(2017)参照。
4 Weigend (2017) 参照。
5 Stone (2013)、田中(2017) 参照。
4プラットフォーマー台頭の背景:産業構造のレイヤー化が育んだプラットフォーマー
プラットフォーマーが台頭している背景には、産業構造の変化が進展したことがある。近年、様々な産業にデジタル化の波が押し寄せたことで、産業のモジュール化が進んでいる。産業のモジュール化6とは、「産業内の独立に活動する各ビジネス要素を適宜合成してビジネスを行うことができるようになること7」を意味する。そして産業がモジュール化し、製品やサービスがビジネス要素毎に分解されることで、産業構造が従来の「バリューチェーン型」から「レイヤー型」へシフトしている。

根来・藤巻(2013)によれば、バリューチェーン型とは、製造業などで見られる産業構造の枠組みで、川上企業から川下企業に沿ってプロセスが進むことで製品やサービスが完成し、最終的に川下企業から消費者が購入するというものである(図表-4)。
図表-4 バリューチェーン構造のイメージ
一方、レイヤー型とは、通信やIT産業などに見られる産業構造の枠組みで、産業間にまたがる機能や要素であるレイヤーが積み重なり、産業が構成されることを指す。レイヤー型では、消費者は各レイヤーの製品やサービスを直接選択することが可能である(図表-5)。
図表-5 レイヤー構造のイメージ
ただし、レイヤー化が進むことで、バリューチェーンがなくなるわけではない。バリューチェーンの特定のステージの役割が縮小もしくはなくなることはあるが、それぞれのステージがレイヤー化していき、実際は双方の構造が併存することになる(図表-6)。
図表-6 バリューチェーン構造とレイヤー構造の関係のイメージ
レイヤー化された産業では、消費者が幅広い製品やサービスから直接選択する必要があるため、それを助けるプラットフォームの有用性が高まった。またそれと同時に、プラットフォームが拡大することで取引コストが低下し、産業のモジュール化、レイヤー化をさらに進めたという面もある。

Amazonは電子書籍のコンテンツ・プラットフォームを構築し、シェアを拡大することで、出版業界のレイヤー化を進めている。従来、出版業界は著作者・出版社・取次・書店・読者といったバリューチェーン型の産業構造だったが(図表-7)、電子書籍プラットフォームは通信ネットワーク、OS、ハード、コンテンツ・プラットフォームのKindle Store、コンテンツの電子書籍といったレイヤー型である(図表-8)。
図表-7 出版業界のバリューチェーン構造のイメージ
図表-8 出版業界のレイヤー構造のイメージ
 
6 Baldwin and Clark (2000)によれば、モジュールとは、「それぞれ独立に設計可能で,かつ,全体として統一的に機能するより小さなサブシステムによって複雑な製品や業務プロセスを構築すること」を意味する。
7 根来・藤巻 (2013) 参照。なお本章の内容については同論文を参考にしている。
5バリューチェーンの中抜き:拡大し続けるプラットフォーマーによる市場独占
産業構造がレイヤー化すると、プラットフォームの重要性が高まり、既存業態の役割が縮小する。そして、バリューチェーンの中抜きが進み、産業内でのパワーバランスが変化する。例えば、電子書籍では、コンテンツ・プラットフォームであるAmazonが、読者と出版社を直接結びつける役割を果たすため、バリューチェーン上の書店や取次の役割が縮小する。また著作者が出版社を介さずに電子書籍を出版することが可能なKindleダイレクト・パブリッシングでは、出版社の役割が小さくなる。これによりコストが低下し参入障壁が下がる一方、産業内の収益配分も変化する。例えば、従来の米国の出版業界における収益配分は、著者15%、出版社30%、取次15%、書店40%といった割合が一般的だった。一方、電子書籍では、著者8%、出版社32%、プラットフォーマー60%となり、さらにダイレクト・パブリッシングでは著者70%、プラットフォーマー30%となっているとの調査もある8。このようにプラットフォームは、バリューチェーンの中抜きを進め、産業内の収益配分を一変させ得る。

またプラットフォームでは、ネットワーク効果、規模の経済性などの経済性が発揮されるため、事業規模拡大により、収穫逓増となる9。そのため、プラットフォーム間でも淘汰が進み、競争に勝ったプラットフォーマーが市場を独占(一人勝ち、Winner Takes All)することになる。生き残りをかけたプラットフォーム間の競争は熾烈を極め、優位にたったプラットフォーマーは、研究開発や低価格戦略により、競合を駆逐していく。Amazonは、値下げや買収攻勢によりシェアを拡大し、現在では米国のEC売上高の半分近くを占めるまでになっている。

またプラットフォーマーは、独占した市場での収益を活用して、新たな市場への進出を図ることが多い。新規参入する市場は、同産業内の別のレイヤーや別の産業の同様のレイヤーであることが一般的だ。これは市場が異なっても、ユーザー基盤が重複し、多くの技術も転用できるためである。「Amazon Effect」という言葉が、小売業だけでなく、他の産業や政府にとっての脅威も表すようになっているのは、このようにしてプラットフォーマーが様々な市場を飲みこみ、拡大し続けているからである。
 
8 OECD (2012) 参照。ここでの数値は収益配分の割合を示しており、収益の金額を表しているわけではないことに留意。
9 Ethernetの共同開発者であるロバート・メトカーフは、「ネットワークの価値は、それに接続する端末や利用者の数の二乗に比例する」と主張している(メトカーフの法則)
6プラットフォームにおける戦略的論点:プライシング戦略とオープン・クローズド戦略
プラットフォームは一人勝ちになる傾向が強いものの、そこに至るまでの競争は激しく、プラットフォーマーとしての立ち位置を確立するのは容易ではない。その過程で重要なのが、プライシング戦略とオープン・クローズド戦略である。

(ア) プライシング戦略
ラットフォームには、複数の立場のユーザーが参加し、各ユーザー・グループから収入を得ることが可能である。そのため、ユーザー・グループの特性やプラットフォーム上の位置付けなどを考慮して価格を設定することが重要になる。多くのプラットフォームでは、あるユーザー・グループを収益源とする課金サイドとし、もう一方を収益源であるユーザー・グループを呼び寄せるために優遇する補完サイドと位置付けている。またその際は、価格志向や品質志向の高いユーザーを優遇し、補完サイドとすることの重要性などが指摘されている10(図表-9)。
図表-9 主なプラットフォームのプライシング戦略の例
この戦略的位置付けは、「ニワトリが先か、卵が先か」というチキン・エッグ問題とも密接に関係する。これは、プラットフォームの初期段階において、課金サイドのユーザーが少ないために補完サイドが集まらず、また同様に補完サイドのユーザーが少ないために課金サイドが集まらなくなり、両者の相互作用によりプラットフォームの普及が拡大しない、という問題を意味する。ネットワーク効果が発揮されるためには、一定数以上(クリティカル・マス)のユーザーがプラットフォームに参加する必要があるため、チキン・エッグ問題の克服が、多くのプラットフォームにとって課題となる。

Amazonのマーケットプレイスでは、販売者が課金サイドで、定額の月額料金と従量制の販売手数料を支払う。一方、消費者が無料でプラットフォームを利用できる補完サイドとなる。また当初は自社のみが販売者となり、低価格戦略などによりECサイトのユーザー数を一定以上まで成長させてから、マーケットプレイスというプラットフォームビジネスを展開している。ただし、その後アマゾン・プライム11を導入するなど、消費者にも課金するサービスを拡大しており、同社のプライシング戦略はさらに複雑化している。
 
10 Eisenmann, Parker and Alystyne(2006) 参照。
11 日本での同サービスは、2007年に開始され、当初は年会費3,900円で通常より配送スピードの早いお急ぎ便を無料で使えるというものだった。その後は、映像・音楽の見放題・聞き放題サービスやクラウド上のフォトストレージサービスなど、様々な特典を追加しており、プライシングと言う観点では複雑さが増している。
(イ) レイヤーのオープン・クローズド戦略
プラットフォームにおいてはユーザー数がその競争力を左右するため、どれだけ早く、多くのユーザー数を獲得するかが肝要だ。その際に重要になるのが、どのレイヤーをオープンにして、他社を補完プレイヤーとして受け入れるかである。全てを自社で賄ったほうが収益は大きくなるが、他社の協力を仰ぐことで事業の拡大スピードを加速することができる。また同時に、どのレイヤーをクローズにして、競争力や収益力を確保するかという点も重要だ。AmazonのKindle Storeで購入した電子書籍は、Amazonの電子書籍端末であるKindleの他にも、他社製のパソコンやタブレット端末、スマートフォンなどのアプリで読むことができる。これは、電子書籍のレイヤーにおいて、通信ネットワーク、OS、ハードをオープンにしていることを意味する。これは、Kindle Storeというコンテンツ・プラットフォームを同社の収益源としているためだ。ハードなどの収益を独占するより、Kindle以外の端末でもアプリをダウンロードすることで閲覧できるようオープンにすることで、他の端末プロバイダーも巻き込み、ユーザー数拡大を加速させることを重視しているのだ。またレイヤーを補完するプレイヤーに加え、複数のユーザー・グループがプラットフォームに参加するようインセンティブをコントロールする必要もある。

このようにプラットフォーマーは、プラットフォームを中心とした補完プレイヤーやユーザー・グループのネットワークをエコシステム12として形成し、マネージしていくことが求められる。またレイヤーをオープンにして補完プレイヤーと協業するには、その品質をコントロールしていくことも求められる。エコシステムが成長し、ネットワーク効果の好循環を生み出すことができれば、プラットフォームの優位性を強固にできる(図表-10)。
図表-10 エコシステムのイメージ
 
12 加藤(2016)によれば、エコシステムとは、「ビジネスにおいて「産業生態系」の意味で用いられる。具体的には、コアとなるプラットフォーム製品提供者とその補完業者、そしてユーザーが結びつき、共に成長していく1つのシステム」を表す。
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

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