2018年07月06日

どうなる?日銀の物価集中点検~その注目点と影響について

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.トピック:どうなる?日銀の物価集中点検

消費者物価上昇率 (タイミングとしては合理的)
日銀は7月30日~31日に開催する金融政策決定会合において、物価の集中点検を行う。堅調な景気回復が続くにもかかわらず、物価が伸び悩んでいる理由を議論して説明する方針だ。日銀は2016年9月に実施した「総括的な検証」で「量的・質的金融緩和」導入後の経済・物価動向や政策効果について検証し、それを踏まえて「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」を導入したが、以降も物価上昇率は目標である2%を大きく下回る状況が続いている。

(1)長短金利操作導入からもうじき2年が経過しようとしていること、(2)今年度に入って物価上昇率が鈍化してきていること(直近5月は生鮮食品を除くベースで前年比0.7%)、(3)今回公表する7月展望レポートで2019年度の物価上昇率見通し(現行1.8%)を引き下げ、実質的に2%達成時期(4月に削除済み)を2020年度以降に先送りせざるを得なくなっていることから(表紙図表参照)、放置すれば日銀に対する批判がさらに高まりかねない。従って、このタイミングで改めて点検し、情報発信を行うことは合理的な判断と言える。
(注目点:物価伸び悩みの理由、金融政策の効果、物価の見通し)
今回注目されるのは、物価が伸び悩んでいる理由をどう説明するか?、現行金融政策の効果をどう評価するか?、そして、これらを踏まえて今後の物価見通しをどう説明するか?という点になる。

これらの結果を予想するうえでカギとなるのは、日銀が現在置かれている立場だ。日銀としては、政府との共同声明に掲げられている2%の物価目標を引き下げるわけにはいかないが、追加緩和の余地も殆ど残されていないため、現行の金融緩和策を否定するわけにはいかない。従って、「現行の緩和を続けることで、いずれ物価が上がっていく」というシナリオを描くしかない。
 
具体的には、まず物価伸び悩みの理由については、構造的な物価下押し要因を列挙するだろう。既に6月決定会合後の総裁会見において、日本独自の要因として、デフレマインド、主に非製造業での生産性向上、女性・高齢者の労働参加(労働市場のスラックの存在)を理由として挙げるとともに、国際的な競争、インターネット販売、賃金の上方硬直性を国際的な仮説として挙げている。一方、黒田日銀と安倍政権との関係性を考えれば、政府の構造改革が不足していることを物価伸び悩みの要因として指摘するわけにはいかない。

そして、「これらの特殊な物価下押し要因によって物価上昇が抑制されているのであって、日銀の現行金融緩和(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)自体は強い効果を発揮し続けている」こと、「物価目標に向けたモメンタムは維持されている」という主旨の説明を行う可能性が高い。これは「現段階において追加緩和は不要」というメッセージ性も持つ。

さらに、今後については、「これらの物価下押し要因の多くはいつまでも続くわけではないため、いずれその影響が緩和していくにつれ、現行金融緩和の後押しを受けて、マクロ的な需給ギャップの改善や中長期的な予想物価上昇率の高まりを素直に反映する形で、2%に向けて上昇率を高めていく」、「従って、現行の強力な金融緩和を粘り強く継続していくことが適当である」と結論付けることが予想される。
(今後の金融政策への影響)
このような内容の結果となった場合、今回の集中点検が今後の金融政策に与える影響について考えると、短期的にはないだろう。そもそも、日銀は動けない状況に陥っている。「総括的な検証」を通じて金利を下げすぎることの弊害を指摘しているため、誘導目標金利の引き下げや、金利押し下げに繋がる国債買入れの拡大といった追加緩和を実施する可能性はほぼない。また、構造的な物価下押し要因があるからと言って、物価目標(2%)を引き下げることも難しい。政府との共同声明で掲げられているうえ、これまで「2%であることの必要性(為替の安定など)」を散々主張してきたためだ。

逆に言えば、今回の集中点検は、「物価が伸び悩むなかで有効な追加対応を取れない日銀が、そのことを正当化するために理論の再構築を行う」場として位置付けられるだろう。
 
次に中期的に見た場合、気になるのはイールドカーブ上方修正への影響だ。日銀は金融機関収益への悪影響など超低金利継続の副作用への警戒を強めているため、物価動向などの条件が許せば、副作用緩和を目的として、イールドカーブの小幅な上方修正を実施すると見込まれる。今回、構造的な物価下押し要因の存在を認め、物価見通しを引き下げることは、一見、上方修正実施のハードルを上げる方向に作用するように思えるが、こちらも影響はほぼないだろう。

そもそも、日銀がイールドカーブを上方修正する際には、予想物価上昇率(期待インフレ率)が持ち直したタイミングを図って、「予想物価上昇率が上昇しているので、名目金利が多少上がったとしても、実質金利(名目金利-予想物価上昇率)は上がらず、金融引き締めではない」といった主張を行う可能性が高い。

また、今回の集中点検の結果が、「物価下押し要因の影響はいつまでも続くというものではない」うえ、「現行金融緩和自体は強い効果を発揮し続けている」というものになるのであれば、イールドカーブが上方修正されたとしても、「物価下押し要因の緩和と十分な金融緩和効果によって、いずれ物価目標を達成する」という主張を維持することが出来る。
従って、年度内は難しいものの、来年度前半には日銀がイールドカーブの小幅な上方修正を行うと予想している。
国内銀行の平均貸出金利(ストックベース)/市場の期待インフレ率と実質金利
(金融市場への影響)
最後に、今回の集中点検が金融市場に与える影響については、かなり限定的なものになると予想される。今回、構造的な物価下押し要因の存在を認め、物価見通しを引き下げることは金融緩和の長期化観測に繋がるため、円安・株高材料ではある。しかしながら、追加緩和ではないうえ、もともと市場では長期の緩和継続が織り込まれている。また、当面の市場の大きな注目テーマは、FRBの利上げと米政権の保護主義に端を発する貿易摩擦であり、日銀への注目度は下がっている。

従って、発表直後には小幅な円安・株高反応が出るかもしれないが、すぐに消化され、為替・株価のトレンドに影響を与えることはなさそうだ。追加緩和が難しい
 

2.日銀金融政策(6月):物価伸び悩みの理由が焦点に

2.日銀金融政策(6月):物価伸び悩みの理由が焦点に

(日銀)現状維持
日銀は6月14日~15日に開催された金融政策決定会合において金融政策を維持した(片岡審議委員は今回も反対を表明)。声明文における景気の総括判断も「緩やかに拡大している」に据え置いた。個別項目の評価についても前回から変更なし。一方、消費者物価上昇率(除く生鮮食品)については、「0%台後半となっている」と前回4月の「1%程度となっている」から下方修正したが、4月の物価上昇率低下を反映したに過ぎない。
 
会合後の総裁会見では、直近の物価が下振れたことや事前に日銀が6-7月にかけて物価の集中点検を行うとの報道があったことから、物価の伸び悩みに関する質問が相次いだ。黒田総裁は「モメンタムは維持されている」としつつ、日本独自の物価伸び悩みの理由として、(1)春先までの円高の影響、(2)振れの大きい宿泊料の下落、(3)デフレマインド、(4)主に非製造業での生産性向上、(5)女性・高齢者の労働参加(労働市場のスラックの存在)などを挙げた。そして、今後、展望レポートを取りまとめる次回の決定会合において、改めて十分に議論していくことを表明した。

また、大規模な緩和の副作用については、「(金融緩和による低金利が)貸出利ざやの縮小などを通じて、金融機関の収益力低下につながり得ることは承知している」、「低金利環境が長期化すれば、金融仲介が停滞方向に向かうリスクや金融システムが不安定化するリスクがあることにも注意が必要だと考えている」、「地域金融機関を含む金融機関の長期的な収益への影響は、今後とも十分注視していきたい」と配慮する姿勢を示しながらも、「現時点で、収益の悪化に伴う金融仲介機能への大きな問題は生じておらず、金融システムの安定性も、しっかりと確保されている」、「(金融機関は)足許十分な資本も流動性も有しているし、決算では相応の収益水準なので、直ちに何か金融政策について検討する必要があるとは思っていない」と説明した。内容自体は新味に欠けるが、かつてよりも丁寧な説明を心がけている印象を受けた。
 
なお、6月25日に公表された「金融政策決定会合における主な意見(6月日開催分)」でも、政策委員が物価の伸び悩みや副作用に関する意見を数多く発言していたことが明らかになっている。政策目標である物価が伸び悩む中、副作用への十分な注意も必要な状況になっており、苦しい日銀の立場がうかがわれる。
短期政策金利の見通し/長期金利誘導目標の見通し
今後の金融政策については、物価目標の達成が見通せない状況が続くため、長期にわたり現行緩和の維持が続くと予想している。なお、現行の枠組みのなかで副作用を抑制するために日銀はいずれ小幅な金利上昇を促す調整を行うと見ているが、年度内は金利上昇を許容しないだろう。ETF買入れについてもいずれ減額へ向かうものの、しばらくは現状維持を続けると見ている。日銀は金利を下げすぎることの弊害を認識しているため、金融市場が大きく混乱したり、物価が想定を下回ったりしたとしても、追加緩和として「さらに金利を押し下げる措置」を採る可能性は低い。多大な副作用のリスクがある劇薬(明確なヘリマネ政策など)を除けば、日銀に残された追加緩和余地は乏しい。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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