2018年07月06日

仮想通貨と経済-ビットコインを中心として

櫨(はじ) 浩一

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1――はじめに

代表的仮想通貨であるビットコインは、2008年11月にサトシ・ナカモトと称する人物が、非中央集権的なシステムで利用者同士が直接資金のやり取りをするという仮想通貨のシステムの基本構想を示した論文を発表したのが端緒で(注1)、2009年には実際に取引が始まった。ビットコインには、取引をまとめて記録した塊(ブロック)を次々につなげて記録するブロックチェーンという技術が利用されている。この技術はビットコインを支える技術として登場したが、通貨としての利用以外にも、様々な金融取引や不動産の管理、著作権の管理など幅広い応用が期待されている。本稿ではブロックチェーン技術全体やその詳細な説明は参考文献(注2,3)に譲り、主に代表的な仮想通貨であるビットコインを例に経済的な問題を中心に技術的な説明に深入りせず単純化して考察したい。

仮想通貨としては、最初に登場したビットコインが代表的で有名だが、インターネット上には1623種類(2018年5月時点)もの仮想通貨がリストアップされているように(注4)、仮想通貨と呼ばれるものは極めて多様だ。仮想通貨には暗号の技術が使われているため、海外では暗号通貨(cryptocurrency)と呼ばれている。2018年3月にアルゼンチンで開催されたG20では、初めて仮想通貨が議題となった。ここでは、円やドルのような法定通貨が持っている重要な性質を持っていないとして、通貨ではなく「暗号資産(crypto-assets)」と呼んでいるが、本稿では、日本で一般的に使われている「仮想通貨」という用語を使うこととする。

2017年4月から施行されている日本の改正資金決済法(資金決済に関する法律)では、仮想通貨を電子的な方法で記録されている財産的価値で電子情報処理組織(インターネットなど)を用いて代金支払いなどに使用したり相互に交換したりできるものと規定している。

仮想通貨は、「国家による裏付けがない」ということが特徴として指摘されることが多いが、BIS(国際決済銀行)は2017年9月に「中央銀行が発行するデジタル通貨」と題する報告書を発表しており、中央銀行が仮想通貨を発行する可能性も議論されてきた(注5)。現実に、仮想通貨と呼ばれるものの中には、ベネズエラ政府が発行するペトロのように国家が発行するものも出てきた。また、資金決済法では日本の円や外国の通貨で表示されているものは除くとされているように、仮想通貨は独自の通貨単位を持ち、多くは円やドル建ての価値が大きく変動している。しかし、テザー(Tether)やBitUSDのように、その価値が米ドルやユーロのような既存の各国通貨に連動するタイプのものも登場している。

仮想通貨は中央で管理する機関がないことが特徴として挙げられることが多い。テザーのようにTether Limitedという発行や管理を行なう組織があるものもあるが、最初に発行されたビットコインのような分散型の仮想通貨には、円やドルのように中央銀行のような発行や管理を行なう組織が存在しない。分散型の仮想通貨では、インターネット上に分散したプログラムによって、予め決められたルールに従って新しい通貨が発行されていく。ビットコインでは一定期間に発行されるビットコインの量は次第に減少していき、2140年頃に2100万ビットコインで上限に達するように設計されている。また仮想通貨は既存のシステムに比べて送金手数料が極めて安いことが利点としてあげられてきた。
 
仮想通貨全体の時価総額は、一時8000億ドル(約90兆円)を超えたが(注4)、これほどの規模となると経済に与える影響も無視できなくなっている。これまで多くの国では中央銀行が法定通貨を発行してきたが、仮想通貨を利用した経済活動が拡大していけば、貨幣価値とは紙の裏表の関係にある物価に影響を与え、国や中央銀行が行なってきた経済政策にも大きな影響を与える可能性がある。
 

2――注目集める仮想通貨

2――注目集める仮想通貨

仮想通貨はこれまで何度かブームを経験してきたが、2017年は価格の上昇が著しかった。代表的な仮想通貨であるビットコインは、2017年初めに1ビットコイン1000ドル弱だったが、年末には一時2万ドルに迫り、年初から約20倍に値上がりした。しかし、その後は急落して2018年2月初めには一時6000ドルを割り込むなど、大幅な価格の変動が続いている(注6)。仮想通貨の大幅な価格上昇で、大きな利益を得たり、急激な価格下落で多額の損失を被ったりした人たちがおり、マスコミでは大きく取り上げられた。
図表1 ビットコイン価格の推移 2018年1月には大手仮想通貨取引所のコインチェックで、管理していた時価総額580億円にのぼる利用者の仮想通貨NEM(ネム)が不正アクセスによって外部に流出するという事件が起こり、仮想通貨全体に対する不安感を高めることとなった。同様の資金流出事件としては、2014年に当時世界最大規模のビットコイン取引サイトを運営していたマウントゴックスが経営破綻し、時価465億円のビットコインの消失が発覚したというものがあるが、今回はこれを上回る規模の資金消失事件となった。
 

3――仮想通貨の価値

3――仮想通貨の価値

1希少性と仮想通貨の乱立
仮想通貨の中にはビットコインのように店舗で物を購入した際の支払に利用できるものもあるが、多くの仮想通貨は商品購入の際に代金の支払で受け取られることはほとんどない。ビットコインでも買い物の支払に実際に利用されることはまれである。2010年5月22日にビットコインでピザが購入されたのが、実物取引でビットコインが使われたことの始まりで、この時にはピザ2枚が1万ビットコインだったとされている。その後ビットコインで支払いができる店舗が増えているとは言っても、ほとんどの場合には支払い額はピザ1枚の価格は何円というように既存の通貨建てで表示されていて、商品の価格が何ビットコインかが決まっていることはまれである。

現時点では仮想通貨を保有しようという需要の目的は、商品やサービスの支払といった取引ではなく、価格の上昇を期待した投機的な目的がほとんどだ。このため仮想通貨は現実の商品やサービス価格とのリンクがほとんどなく、仮想通貨の価値は、投資家のセンチメント次第で大きく変動し非常に不安定だ。仮想通貨による支払いが普及し、多くの商品やサービスが仮想通貨建てで価格表示が行われるようになって現実の商取引との結び付きが強くなっていけば、仮想通貨の価値はもっと安定したものになる可能性が高い。

実体のない仮想通貨がなぜ価値を持つのかということの説明の一つとして、稀少性が指摘されることが多い。例えばビットコインでは発行量は予め定められた速度で増加していき、上限が2140年頃に2100万ビットコインと設定されている。このためにビットコインの供給量は金や銀と同様に有限であり、人々がビットコインを支払に使うために保有したり、金のように価値を保蔵する目的で保有したりする、という需要に対して供給が限られていて稀少性があることが価値を持つことの根拠の一つとされている(例えば、注7)。

名目の経済活動や経済取引量と通貨量の間に比例関係があるという貨幣数量説は、通貨の流通速度が変化してしまうので短期的には成り立っていないが、長期的には緩やかな形で成り立っており、通貨量と物価や名目GDPなどの経済活動を表す経済指標との間には、概ね比例的な関係があると考えられている。実際日本経済が拡大するに従って、経済活動を支えるために必要な現金や預金といった通貨の量は増えて行き、日本銀行は経済活動に支障が起きないように通貨量(マネーストック)を増やしてきた。日本の名目GDPは1970年に約70兆円だったものが、1990年には約430兆円となっているが、経済活動に関連が強いとされているM2という定義では、約45兆円からが470兆円に増えている。もしも、この間の日本経済の拡大を供給数量が限られているビットコインを使った資金決済で支える場合を考えると、ビットコインの価値はこの間に大きく上昇しなくてはならないはずだ。例えば、日本経済には1970年も1990年も同じ量の2100万ビットコインがあって経済活動を支えていたとすると、2100万ビットコインの価値は1970年には45兆円、1990年には470兆円に相当するはずで、1ビットコインは1970年の約210万円から約2200万円へと10倍以上になっていなくてはならない計算になる。

ビットコインを使った支払はまだごく一部に限られているが、世界中で行なわれている取引のかなりの部分をビットコインで行なうことになるとすれば、このような計算をするとビットコインの価値が非常に高くなるだろうということになる。

しかし、先に述べたように仮想通貨はビットコインだけではなく多種類あり、経済的取引に使われる仮想通貨全体の供給量は、ビットコインだけでなく他の仮想通貨の量にも左右される。ビットコインの供給量が限られていても、他の仮想通貨が大量に供給され、利用されることになるかも知れない。ビットコインの時価総額は全仮想通貨中で最大で、全仮想通貨の時価総額に占める割合は2018年3月現在では45%程度だ。ビットコインは仮想通貨の中で最も歴史が古く、知名度も高いとはいうものの決済に時間がかかるという大きな問題を抱えており、多くの仮想通貨がある中で競争に敗れて利用されなくなる可能性もある。他の仮想通貨が広く利用されるようになった場合には、取引のためにビットコインを保有するという需要は期待されたほどは増加せず、価格も予想を大きく下回ることになるはずだ。より進んだシステムを採用した仮想通貨が登場して、現在ある仮想通貨のほとんどが消滅してしまうということも考えられる。ビットコインの希少性が保たれても、その価値が維持されるとは限らないという大きな不確実性がある。
2仮想通貨の信用創造の可能性
ここまでの議論では仮想通貨の貸し借りが行なわれる可能性は考慮してこなかった。ビットコインの送金や発行を行なっているシステムには貸し借りをするという仕組みはないが、仮想通貨を使って企業や消費者が決済を行うようになれば、手持ちの仮想通貨だけでは支払額に足りない場合に一時的に借り入れて賄うという需要が高まる。また、多額の仮想通貨を保有していて当面利用する予定のない人は、これを使って利益を得たいと考え、仮想通貨の貸し借りが活発に行われるようになるはずだ。

円やドルを発行している中央銀行は、直接企業や消費者に通貨の貸付を行なったり、企業や消費者から資金の預け入れを受け付けたりはしていない。しかし、中央銀行が供給した通貨を元に金融機関が企業や消費者との間で、資金の貸付や預貯金の預け入れを受けている。これと同じように、仮想通貨の発行・送金システム自体が金融を行なわなくても、その周辺で事業を行なっている事業者が仮想通貨の金融事業を行なうようになるだろう。政府が仮想通貨を使った「金融」を禁止することはできるが、この場合には仮想通貨で取引を決済するためには、必要な仮想通貨を予め用意することが必要で、仮想通貨の利用者にとっては極めて不便だ。円やドルといった我々が日常使っている通貨と同じ様に利用できるために、仮想通貨でも預け入れて・貸し出すという仕組みが発達するはずだ。

実際に、コインチェックのWebには「Coincheck貸仮想通貨サービス」が紹介されており、仮想通貨保有者とコインチェック社が消費貸借契約を結ぶことで、仮想通貨を同社に貸し付けて利用料を仮想通貨で受取ることができるサービスがうたわれている(注8:2018年3月時点)。法的な位置づけはともかく、経済的な機能は円やドルを預金することと同様である。銀行が行なっているのと類似の仮想通貨の金融が既に小規模だが行われていると見るべきだろう。

歴史的には政府が金融機関の事業を監督・規制するようになる、はるか前から資金の預け入れと貸出は行なわれていた。中央銀行が無かった時代には各国で金融危機が繰り返し発生したため、中央銀行が生まれて最後の貸し手として銀行システムを安定させることになっていった。中央銀行のない仮想通貨のシステムで仮想通貨の貸し借りが大規模に行なわれるようになれば、金融危機が繰り返されることになる恐れが大きい。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

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【仮想通貨と経済-ビットコインを中心として】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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