2018年07月05日

米国大統領の仕掛けた貿易戦争-争いの構造を理解する

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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4――影響を受けるのは

1中国への影響は最も大きい
中国は米国の仕掛ける2つの戦いで当事国となる。国家戦略に横槍が入ることで中国は相当なストレスを感じるはずだ。ZTEへの制裁は基幹部材や製造装置を海外に依存する中国のハイテク産業の脆弱性を示した。「中国製造2025」の実現には未だ米国の技術が必要である。米議会で審議中の対米外国投資委員会(CFIUS)の権限強化法案も同計画に悪影響を及ぼすと見られる。また、対米黒字が世界最大であることは追加関税による影響も大きいことを意味する。米国の追加関税は中国製品の輸出競争力を低下させ、対米輸出の減少が設備過剰問題から雇用の大幅な調節へ波及する可能性もある。雇用の減少は社会の不安定化につながるリスクもあり、中国政府としては避けたいシナリオとなるだろう。

ただし、中国も米国の強硬な通商政策に翻弄されるばかりではない。米国が対中制裁課税リストを発表した翌日には、中国も同規模の制裁リストを公表して一歩も引かない姿勢を示した。中国商務省は自衛のために必要なあらゆる措置を講じるとしており、米国製品に対する不買運動や団体観光客の渡米禁止(2017年収支は米国が約291億ドルの黒字)といった措置を打ち出す可能性もある。また、米国の直接投資を制限することも考えられる。2016年における米国の対中直接投資は925億ドル、中国の対米直接投資は275億ドルに過ぎない。なお、市場で懸念される米国債の大量売却は生じにくいだろう。米国債は人民元の信用を裏づける資産ともなっており、売却による金利上昇が自身の保有資産をも毀損しかねない。全額売却という強硬手段に出た場合も、米国は国際緊急経済権限法を発動して中国の米国債を没収することもできる。売却後資金の受け皿もないことから、脅し以外に使用することはできないだろう。しかし、米国もただでは済まない。米中が本気で衝突すれば、互いに相手を破滅させることが可能である。そのため米中は最悪の事態を回避し、落としどころを探ろうとするだろう。覇権を巡る争いは短期間では決着せず、緊張と緩和が続く展開になると予想される。
2日本への影響は見た目以上
日本の貿易相手国は上位2カ国が米国と中国で、取引額は貿易額全体の4割近くを占める。米国の輸入制限による直接的な影響は、今のところ図表6に示される領域だけであり、対米輸出総額1,383億ドル(2017年度)から見れば経済に与える影響は限られている。しかし、貿易制限の影響を考えるには対米貿易の名目収支を見るだけでなく、第3国を迂回した取引の影響も加味して考える必要がある。
(図表6) 米国の追加関税導入品目
アジアでは複雑なグローバルバリューチェーンが形成されている。最終製品が中国から米国に輸出されたとしても、その全ての付加価値が中国国内で加えられる訳ではない。製品設計が米国で行われていればその付加価値は米国に帰属することとなり、日本で生産された部品が含まれていればその付加価値は日本に帰属する。製品やサービスが最終的に消費されるまでに、付加価値がどこで付加されたのかを明らかにするツールに経済協力開発機構(OECD)と世界貿易機関(WTO)が共同で開発した付加価値貿易 (Trade in Value Added、以下TiVA) 統計が利用される。米国の貿易収支赤字上位国におけるTiVAと名目の貿易収支を比較すると、日本およびドイツではTiVAの方が大きい(図表7左)。これは、日本およびドイツの国内付加価値の実現が、米国との直接的な貿易取引以外にも他国の輸出品を通して実現していることを意味する。つまり、他国の対米貿易が日本およびドイツの国内付加価値を輸出する媒体となっているということだ。また、日本のアジアにおける貿易取引上位国についてTiVAと名目の貿易収支を比較すると、貿易収支黒字は名目の方が大きくなっている(図表7右)。これは、日本の輸出品の多くがアジアを最終目的地としておらず、日本アジア間の貿易取引が中間財を中心としていることを示唆している。この事実は、貿易戦争がさらに激化して中国から米国へのモノの流れが滞った場合、日本国内の産業にもマイナスのフィードバックが生じることを意味する。特に、対米貿易収支で名目よりもTiVAが大きくなっている卸・小売、金属、化学などは、見た目以上に影響が出る可能性がある(図表8)。なお、卸・小売には、製造業に付随するものも多く含まれているため注意する必要がある。輸送機器については、貿易収支黒字が大きく国内付加価値が実現する1つの柱となっている。米国で検討中とされる自動車への新たな輸入関税が発動されれば、日本は大きな影響を受けるだろう。そして、その影響はアジア諸国にも広く及ぶ。輸送機器の貿易収支の名目はTiVAを上回っており、国際分業体制が他の領域よりも進んでいるからだ。日本の対米輸出が減少した場合、その影響はグローバルバリューチェーンを通じてアジア諸国にも広がる可能性が高い。
(図表7) 日米の名目とTiVAで見た貿易収支 《2011年》/(図表8) 日本の対米貿易収支の業種別内訳《2011年》
3米国へのブーメラン
自らの行動は米国自身にも悪影響を及ぼすだろう。既に貿易戦争の懸念は金融市場を動揺させており、株価がより大きく調整した場合、逆資産効果によって消費が抑制される可能性がある。また、関税が導入された商品では価格が上昇し、物価上昇が家計支出を抑制することも考えられる。消費の落ち込みは企業収益を悪化させ、設備投資の抑制や雇用者報酬の減少につながる。そうなれば、典型的な景気後退シナリオへの突入となり、経済は縮小して雇用や収入環境が悪化することになるだろう。

追加関税措置は他国からの報復措置も招いている。5月31日に米国が鉄鋼・アルミ製品の関税猶予の打ち切りを発表すると、メキシコ・欧州・カナダはすぐに報復措置を発表した(図表9)。3ヵ国地域の報復対象品目を見ると、鉄鋼・アルミ製品に加えてウィスキーやモーターボート、農産品などが対象となっている。これらの生産者や関連業種の雇用者には打撃となるだろう。実際、米国のハーレーが報復措置を受けて欧州向けのオートバイ生産を米国外に移転しており影響が出始めている。
(図表9) 各国の報復措置
以上を整理すると、今回の貿易戦争は次の対象に影響を与えると見られる。最大の影響は中国に及ぶ。名目とTiVAの両方で対米貿易収支黒字は最大であり影響もまた大きい。中国を狙い撃ちした制裁は長期的な国家戦略を頓挫させかねない。日本は直接的な影響こそ軽微であるが、三角貿易の取引構造によって対中制裁の影響を間接的に受ける。今後、米中貿易戦争が激化すれば、日本の被る影響は対米貿易黒字を上回る規模となるだろう。米国国内では報復措置の対象となった生産者や消費者が通商政策のツケを払わされる。追加関税措置によって米国の国内に戻る雇用もあるだろうが、報復措置によって失われる雇用や経済の縮小がもたらす悪影響がそれを相殺するだろう。貿易戦争は報復の連鎖が重なることでさらにその範囲を広げる。勝者のいない争いは、一層深刻化することになるだろう。
 

5――日本が取るべき行動

5――日本が取るべき行動

貿易戦争の大きな要因である米国の貿易赤字の縮小には、米国自身の過剰消費の見直しが根本的な解決策となる。しかし、これに対して日本の関与できる余地は少なく、米国政権が通商政策を国際協調方針へ変えることを辛抱強く待つことが消極的な解決策となる。トランプ政権の通商戦略は、巨大な経済力を背景として各国に個別の通商協議を求めることにある。個別協議では大国の要求は通りやすく、安全保障を交渉カードとして使用することも容易であるためだ。日本は米国の通商政策が変わるまでこの圧力を受け流さなくてはならない。1つの方策としては、2国間協議に引き込まれる前に米国抜きの多国間協議を進展させてしまうことだ。巨大な経済圏が米国抜きに形成され、取引ルールが米国抜きで決まる事態は、米国にも大きなプレッシャーを与えるだろう。具体的には、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)やアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)などのメガFTAを迅速に前進させることが有用だ。TPPをさらに拡大させるという選択肢もある。多国間協議は利害調整の難しい困難な作業が伴うが、各国がバラバラな状況では世界にとって公正な自由貿易を維持していくことはできない。日本には、ガラス細工のように繊細なTPPをまとめきった強い指導力の発揮を期待したい。
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2018年07月05日「基礎研レター」)

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