2018年07月05日

2022年問題の不動産市場への影響-生産緑地の宅地化で、地価は暴落しない

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

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1――はじめに

生産緑地の30年買取り申出1によって多くの生産緑地が一斉に宅地として放出され、不動産市場に大きな影響を与えるのではないかとの懸念が生産緑地の2022年問題と言われているものである。既に空き家・空き地の増加が社会問題化している中で、宅地が一気に増加すればさらに空き家・空き地を増やすことになるのではないか。あるいは地価が暴落するのではないか、そうしたことから売り急ぎする地主や買い控えを決める消費者が増えるのではないかといったことから不動産関係者を中心に関心を集めている。

しかし筆者は、全体的に見れば不動産市場への影響は限定的だと考えている。その理由は大きく2つある。

一つは、現状で30年買取り申し出を希望している農家は限られており、該当する生産緑地のすべてが宅地化するわけではないという点である。<買取り申し出の量が限定的>

もう一つは、既に市街化区域には、生産緑地と同等の面積の宅地化農地があり、その比率は地域によって異なるため、それが宅地需要を反映した結果と考えれば、地域、エリアによって30年買取り申し出の影響が大きいところも、小さいところも出てくる点である。<影響を受ける地域が限定的>

結果として、地価が暴落するようなことにはならない。

さらに言えば、宅地化農地も保有している農家は、転用が必要であれば宅地化農地から転用するであろうこと。<生産緑地を転用する選択が限定的>

一連の法制度改正を受けて、宅地化農地を生産緑地に追加指定するケースも増加するはずであることが理由として挙げられる。<生産緑地が増える可能性>

本稿では、この間の一連の法制度改正や意向調査結果、そして宅地化農地の状況等の分析から、これらの理由を解説する。
 
 
1 買取り申出制度とは、主たる従業者が死亡したときあるいは故障によって従事困難になったとき、又は生産緑地地区指定告示日から30年経過したときに、当該市区町村に対し時価で買い取るべき旨を申し出ることができるもの(生産緑地法第10条)で、指定から30年経過による買取り申出を本稿では「30年買取り申出」と称す。
 

2――30年買取り申出の際の農家の選択肢と買取り申出が想定されるケース

2――30年買取り申出の際の農家の選択肢と買取り申出が想定されるケース

1|農家の選択に影響する関連法制度改正
直近の法改正をおさらいすると、2017年に生産緑地法の一部が改正されて、特定生産緑地指定制度2の創設、指定面積要件3、行為制限の緩和4がなされた。今国会に提出され成立する見通しの都市農業の貸借円滑化法案(以下法案)5、生産緑地の貸付けが可能となる。

法改正を受けた税制改正6では、特定生産緑地に指定した場合、固定資産税は農地課税が維持され、相続税納税猶予制度の適用も継続された。特定生産緑地に指定しない場合、固定資産税は段階的に宅地並みに引き上げられ、現行適用のみ相続税納税猶予が認められる。法案に基づく貸付制度を用いた場合も相続税納税猶予制度が適用可能となった。

こうした制度改正の状況を踏まえて、生産緑地所有農家は、指定から30年経過までに生産緑地を継続するか、買取り申出するかを選択することになる。
 
2 生産緑地地区の決定(告示日)から30年経過の前に、特定生産緑地に指定することで、買取り申出次期を10年先送りする制度。
3 500m2以上から、300m2以上に緩和。300m2以上の規模は市区町村が条例で定める。
4 生産緑地地区に直売所や農家レストラン等の設置を可能とした。
5「都市農業の貸借の円滑化に関する法律案」詳しくは、「生産緑地の貸借によって変わる都市農業と都市生活― 都市農地の貸借円滑化法案の内容と効果」基礎研レポート2018-02-14参照。
6 平成30年度税制改正。詳しくは、「生産緑地に関する税制改正とその影響 平成30年度税制改正による都市農地の見通しと課題」基礎研レポート2018-01-17参照。
2|関連法制度改正を踏まえた農家の選択肢
以上を踏まえたときの、生産緑地所有農家の選択肢を考えると、安定的に営農しようとするならば、生産緑地を継続し、特定生産緑地に指定するだろう。本人が営農継続できない場合でも貸付けを選択できる。現行で相続税納税猶予制度を適用している場合、特定生産緑地を指定する(図表1 a,a’)のが自然である。三大都市圏特定市7では納税猶予を受けた相続人が死亡した場合のみ納税免除(終身営農義務)となることから、買取り申出するとその時点で猶予期間が確定し、猶予税額に利子税を加えた額を納税しなければならないからである。(図表1 a,a’)
図表1 関連法制度改正を踏まえた農家の選択肢
特定生産緑地に指定しない場合、行為制限の緩和、貸付け可能という面は指定する場合と同様だが、他にメリットは常時買取り申出可ということしかない。貸付ける場合宅地並み課税なので、賃料が高額になり、借り手が限られてくることが予想される。(図表1 b,b’)

現行で相続税納税猶予制度を適用しておらず、こうした法制度が設けられたとしても何らかの事情で転用の必要がある場合に買取り申出をすることになる。(図表1 c)
 
 
7 ここでは都市営農農地(平成3年1月1日現在で3大都市圏特定市の生産緑地)に限る
3|2022年に指定30年を迎える生産緑地
では、2022年の30年買取り申出はどのくらいになるのか、まず対象となる生産緑地であるが、国土交通省の調べによると、2022年に生産緑地地区の指定から30年経過する生産緑地は、全体面積の8割にあたる1万500haである8。これはおおよそ東京ドーム2,244コ分になる。(図表2)
図表2 生産緑地地区都市計画決定年の状況
 
8 2015年3月31日現在。
4|生産緑地継続か買取り申し出か見極めのポイントと想定されるケース
このうち、2022年に買取り申出するのはどのくらいになるのか考察する前に、生産緑地所有農家が生産緑地を継続するか、買取り申出するか考慮するケースを想定してみたい。その際のポイントは4つあると思われる。すなわち、(ア)相続税納税猶予制度適用状況、(イ)営農継続意向、(ウ)農業後継者の有無、(エ)貸付けの意向である。これらを図にすると、図表3になる。
図表3 農家が生産緑地継続を考慮するポイント
(1) 相続税納税猶予制度を適用している場合の選択肢
相続税納税猶予制度を適用している場合、基本的に生産緑地を継続すると考えられる(図表3ア①A)。前述のとおり買取り申出するとその時点で猶予されていた相続税を納付9しなければならない。納税を覚悟するような相当差し迫った事情がない限り買取り申出することは考えにくい。

したがって、相続税納税猶予制度を適用していない場合(ア②)が、実質的に30年買取り申出を選択できる。
 
9 ここでは都市営農農地(平成3年1月1日現在で3大都市圏特定市の生産緑地)に限る
(2) 相続税納税猶予を適用していない場合の選択肢
相続税納税猶予制度を適用しておらず、営農を継続する意思がある場合(イ①)、あるいは継続するかどうか未定の場合(イ②)、または、自らは営農継続意思がない場合(イ③)であっても、農業後継者がいるかどうか考慮するはずである。いずれの場合も農業後継者がいれば(ウ①)、生産緑地を継続する可能性が高い(B,C)。

しかし、農業後継者が未定(ウ②)、いない場合(ウ③)は貸付けを検討するだろう。これまでこの選択肢はなかったが、法案の成立によってそれが可能になることから、保有する農地を農地として残したいと希望する生産緑地所有農家は、誰かに貸し付けることを選択して生産緑地を継続するだろう(エ①)。以上のように生産緑地を継続するならば、ほとんどの場合特定生産緑地に指定すると思われる。

しかし貸付を検討しても結果的に貸付けない、あるいは貸付けられないケースも考えられる(エ②)。この場合生産緑地を継続するか、買取り申出するかの選択になるが、営農継続意向があれば自身が営農できるところまで継続するだろう。その場合、特定生産緑地を指定するか(D)、指定せずに常時買取り申出可能な生産緑地としておく(E)のか考慮が必要になる。

自ら営農継続意思に乏しい場合、営農を辞めて買取り申出する選択もある(F)が、どうしてもこのタイミングで転用しなければならない事情がなければ、しばらく常時買取り申出可能な生産緑地とすることも選択肢になる(E)。

一方、営農を継続する意思がなく、既に転用を決めている場合(④)は、2022年に買取り申出して、多くの場合宅地化することになる(G)。

以上のように、貸付けまで考慮すれば生産緑地を継続する選択肢が増え、これだけを見ても、少なくとも2022年に東京ドーム2,244コ分が一斉に宅地化することはないと思えるはずである。
 
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社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴
  • 【職歴】
     1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
     2004年 ニッセイ基礎研究所
     2020年より現職
     ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

    【加入団体等】
     ・我孫子市都市計画審議会委員
     ・日本建築学会
     ・日本都市計画学会

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