2018年07月04日

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2企業内ソーシャル・キャピタルを育む視点
(1) コミュニケーションを喚起する休憩・共用スペースの効果的設置
「ソーシャル・キャピタル」4とは、コミュニティや組織の構成員間の信頼感や人的ネットワークを指し、コミュニティ・組織を円滑に機能させる「見えざる資本」であると言われる。企業内ソーシャル・キャピタル、すなわち従業員間の信頼感や人的ネットワークは、社内のコミュニケーションやコラボレーションの活性化を通じて、イノベーション創出につながり得ると考えられる。このイノベーションの源となる企業内ソーシャル・キャピタルを育むための有効なツールとして、オフィス空間を積極的に活用すべきである。

従業員間のつながりを促進するための先進的・創造的なオフィスづくりでは、カフェ、カフェテリア、キッチン、ライブラリー、エントランス等の広間(ホール)、階段の吹き抜けスペース、開放的な内階段、エスカレーターなど、異なる部門の従業員による偶発的な出会いやインフォーマルなコミュニケーションを喚起するための休憩・共用スペースをフロアの中心にレイアウトするなど、動線に合わせて効果的に設置することが不可欠だ。

例えば、日本の大手メーカーが最近新設した先進的な研究所5でも、オフィスフロアの中心に配した開放的な吹き抜け内に幅広の内階段を設置し、吹き抜けの周りには動線に沿って多様なミーティングスペースやコミュニケーションスペースを配置する事例が散見される。

なお、従業員の交流を促すための空間として、必ずしも大掛かりな仕掛けやオフィスビルの新設が必要であるわけではなく、動線に合わせた適切な場所、例えば階段の踊り場にコーヒーサーバーとベンチを置くだけでも効果を発揮することもあるだろう。
 
4 「社会関係資本」と訳されることが多い。
5 コニカミノルタ株式会社コニカミノルタ八王子SKT(東京都八王子市、2014年開設、後述)、サントリーホールディングス株式会社サントリーワールドリサーチセンター(SWR)(京都府相楽郡、2015年設立)、ダイキン工業株式会社テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)(大阪府摂津市、2015年竣工)、日東電工株式会社inovas(イノヴァス) (大阪府茨木市、2016年開所)などが代表例として挙げられる。
(2) 執務フロア等のレイアウトの工夫
企業内ソーシャル・キャピタルを醸成するためには、休憩・共用スペースの効果的設置にとどまらず、執務フロア等のレイアウトの工夫も必要だ。

製品・サービスの企画開発などの視点から、コラボレーションすべき複数の事業部門、管理部門、グループ会社を見極め、関連性のある部署やグループ会社を同一のオフィスに入居させ、ワンフロアに集結させたり近接するフロアに配置したりすることにより、異なる部門の従業員間のコミュニケーションを促進し部門間の壁を低くすることが、極めて重要になっている。特に日本の大手電機メーカーや大手化学メーカーのように、複数の事業群を幅広く兼営する総合型(コングロマリット型)企業において、その重要性が高まっているとみられる。これは、「範囲の経済性」により事業ポートフォリオのシナジー(相乗効果)を追求することに他ならない。

新製品・新事業や新技術の創出を担う研究拠点では、関連性のある複数の部署の研究開発スタッフ同士が連携しやすいオフィスレイアウトが必要だ。例えば、コニカミノルタが、2014年にデジタル印刷システムの開発機能を集約して開設した研究開発棟「コニカミノルタ八王子SKT」6(東京都八王子市)では、プロダクションプリンター7の研究開発をすり合わせをしながら進める化学、物理、電気、機械、制御の担当部署同士が隣接するように、実験フロア(3階)・執務フロア(4階)ともに同じフロアに集結したという8。これらの部署は、それまでは分散したオフィスで業務を行っていた。またダイセルが、兵庫県姫路市に立地する中核的な研究開発体制を再配置し新サイトに集約するのに伴い、その中核となる執務棟として2017年に新設した「アイ・キューブ(iCube)」では、研究開発、生産技術、エンジニアリング、環境・安全などの技術スタッフが同じ執務室で仕事をすることでワークスタイルの変革を促すという9

コニカミノルタとダイセルは、関連する部署をワンフロアに集結させる事例だが、それらの部署を近接させつつも回遊性を重視する事例もある。例えば、キユーピーが、2013年に研究開発機能とグループのオフィス機能を併せ持つ新オフィスとして開設した「仙川キユーポート」(東京都調布市)では、執務スペース(2階・4階)と研究開発エリア(1階・3階)をあえて交互に配置して「ミルフィーユ構造」にすることで、上下階の回遊性を高め、そこでの偶然な出会いや会話が生まれることを狙っているという10
 
 
6 SKTは、Smart R&D office for Knowledge work, and Trans-boundary communication の略。「多様な『知的共創空間』であり、国境や組織の壁を『超越』した対話を実現する環境性、安全性にも配慮した『スマート』な研究開発拠点」との思いが込められている(コニカミノルタ株式会社「東京サイト八王子に研究開発新棟を建設」『ニュースリリース』2013年4月8日)
7 商用印刷や企業内集中印刷などに用いられる高速・高精細のオンデマンド印刷機。
8 「ワクスタの視点:雑談歓迎、『化学反応』起こすコニカミノルタ」日経BPネット『ワクスタ(The Work Style Studio)』2016年6月16日より引用。
9 株式会社ダイセル「『イノベーション・パーク』の設置と新執務棟『アイ・キューブ』での業務開始について」『ニュースリリース』2017年3月28日より引用。「iCube」は、Innovation for Production, Process, Product という三つのInnovationを表現している(同ニュースリリース)。
10 東京都環境局地球環境エネルギー部計画課「グリーンビル事例〈仙川キユーポート(キユーピー株式会社)〉」『東京グリーンビルレポート2015』2015年7月より引用。「仙川キユーポート」の名称の由来は、キユーピー(kewpie)と、「港」を表すポート(port)を組み合わせている(キユーピー株式会社「キユーピーグループ研究開発・オフィス複合施設『仙川キユーポート』開設」『ニュースリリース』2013年9月11日)。
(3) 企業内ソーシャル・キャピタルの醸成はオープンイノベーション推進の必要条件
オフィス空間の意義は、人と人との直接のコミュニケーションとコラボレーションを通じて、画期的なアイデアやイノベーションが生まれることだ。在宅勤務やテレワークなどITを駆使した個人ベースの働き方のみでは、ワーカー間の関係が希薄となり、イノベーションを生み出す土壌の醸成が難しくなってしまう。従業員の能力や創造性を引き出すためには、柔軟で多様な働き方を許容する裁量的な人事管理制度の構築が不可欠ではあるが、画期的なイノベーション創出は、感情が見えにくく参加意識も希薄となりがちなバーチャルなコミュニケーションではなく、リアルな場でのフェースツーフェースの濃密なコミュニケーションが起点となることが多いように思われる。

一方、企業にとって、製品・サービスのライフサイクルが短縮化する中、顧客ニーズの多様化や産業技術の高度化・複雑化に伴い、異分野の技術・知見の融合なしには、イノベーションのスピードアップが難しくなってきている。このような環境変化の下で、企業は社内の知識結集だけでなく、大学・研究機関や他社などとの連携によって、外部の叡智や技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」の必要性が高まっている。

筆者は、オープンイノベーションを成功に導く要因の1つとして、各々の組織内がオープンイノベーション志向を醸成する風土を持っていることが重要であると考えている11。組織内部にオープン志向の考え方が根付いていなければ、外部との連携を受け入れることはできないと考えられるためだ。社内の事業部門間の壁を越えた「内なるオープンイノベーション」とも言える、企業内ソーシャル・キャピタルを創造的なオフィス空間で育むことは、外部とのオープンイノベーションを推進する上での必要条件であると言えよう。
 
11 拙稿「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号を参照されたい。
3多様な働き方など多様性を尊重する視点
(1) 二者択一ではない多様なニーズに応じた働きやすい場の提供が重要
前述した通り、社内のインフォーマルなコミュニケーションやコラボレーションの活性化を促進するオフィスづくりは、企業内ソーシャル・キャピタルを育むために不可欠だが、一方で個々の従業員の能力や創造性を最大限に引き出すためには、個々の多様なニーズを尊重し、それらに最大限対応できる働きやすい場の多様な選択肢を従業員に提供できることが望まれる。柔軟性(flexibility)や多様性(diversity)を備えたオフィスデザインは、従業員に働き方の自由度を与え、多様な働き方をサポートすることで、従業員のオフィス環境に対する満足度や士気を高め、生産性の向上やイノベーション創出につながり得る。

従業員同士が交流しやすいオープンなオフィス環境では、集中して取り組む業務の妨げになったり、透明性が優先されて必要なプライバシーを確保できないなどのデメリットが生じるかもしれない。また、同じ従業員でも、その時々に取り組んでいる業務の内容や気分によって、働く場に対して異なるニーズを持つことはあり得るだろう。さらに、従業員の嗜好や性格特性により、オープンなオフィス環境で絶えずコミュニケーションを取りながら業務を行うことを好む人もいれば、そうではなく、自席で黙々と業務に集中したいという人もいるだろう。

すなわち、在るべきオフィス空間では、従業員同士の交流を促すオープンなオフィス環境と集中できる静かなオフィス環境の二者択一ではなく、両極端にある両方の要素(オプション)を共存させてバランスを取らなければならない。また、この相反する2つの要素の間には、例えば少人数で密度の濃いミーティングをじっくり行える分散した小さな部屋など、多様なオプションが存在するだろう。集中できるスペースにも、個室、自席を自分の嗜好でカスタマイズすることが許容される固定席、画一的な固定席、だれでも自由に利用できる集中ブースや集中コーナーなど、多様な選択肢が考えられる(図表3)。一方社外には、メインオフィスと在宅勤務の間に、サテライトオフィスやシェアオフィスなどのオプションが存在しており、それらのサードプレイスオフィスを活用することも考えられよう。
図表3 オフィス空間の多様なオプション例
オープンなオフィス環境と集中できるオフィス環境をスペースとしてどのようなバランスで取り入れるのか、その中間にある多様なオプションのどれをどのくらいのスペースで取り入れるのか、などの判断には、従業員の多様なニーズを最大限幅広く反映させることが望まれる。従業員から「会社では周りが騒がしく集中して作業ができないので、自宅に持ち帰って仕事をしなければならない」、「社内には打合せを手軽にできるような簡易なスペースがないので、社外のカフェで打合せをしなければならない」というような意見が出るオフィス環境は本末転倒であり、創造的な環境には程遠いと言わざるを得ない。

クリエイティブオフィスでは、様々な利用シーンを想定した働く場の多様でバランスの取れた選択肢が従業員に提供され、従業員はその時々に取り組んでいる業務の内容、性格特性やその時々の気分など精神的ニーズに応じて、その選択肢の中からオフィス空間を自由に使い分けられることが極めて重要だ。世界最大級の総合不動産サービス会社である米ジョーンズ ラング ラサール(JLL)は、働くスペースやツールの選択の自由が与えられていることを「Empowerment(エンパワーメント)」と呼び、働く場所や働き方により多くの選択肢が与えられている従業員の方が、より高い「Engagement(エンゲージメント:会社との結びつきや愛着)」を示す、と指摘している12

オフィス空間に多様性を取り込むと、完全にオープンなオフィス空間や画一的な固定席のみを並べたオフィス空間など、どちらか一方にスペックを統一した均質なオフィス空間に比べ、施工や維持管理の面でコスト高となるものの、多くの従業員からの支持を得て業務の生産性は大幅に向上し、トータルでの経済性は画一的なオフィス空間より高くなるとみられる。
 
12 JLL「ヒューマン・エクスペリエンスがもたらすワークプレイス」(2017年6月22日)より引用。
(2) フリーアドレスでも多様性の確保は不可欠
オフィス移転などを契機に、社内でデスクを固定しない「フリーアドレス」を導入する日本企業が増えている。日本の大手メーカーが最近新設した先進的な研究所でも、フリーアドレスを導入するケースが多く見られる。フリーアドレスは、従業員が毎日自分で好きな席を選べるものであり、従業員同士の交流を促す施策の1つだ。しかし、「せっかくフリーアドレスを導入しても、特定の席に同じ人が居座り、実質的に固定席と化すケースもある。相性の良い人同士が固まってしまい、交流が深まらない可能性もある」13など、フリーアドレスは、運用が難しく定着しないケースも多い。

フリーアドレスの導入において留意すべきポイントは、前述した通り、従業員間の交流促進一辺倒ではなく、分散した小さな部屋や集中ブースなど、1人で集中して業務に取り組めるスペースを併設するなど、多様でバランスの取れた働く場の選択肢を従業員に用意すべきであるということだ。

特に研究所における研究開発業務では、画期的な製品・サービスを開発するために、社内の叡智や知見を結集するためのコラボレーションの重要性が高まっている一方で、研究者・技術者は思索にふけったり、アイデアを熟成させたり、考えをまとめたり、論文や特許出願書類を作成したりするなど、1人でリラックスして、あるいは集中して取り組まなければならない知識集約度の高い業務が相対的に多い。このため、研究所では1人でリラックスでき、かつ作業や思考に集中できるスペースの確保がより重要になると思われる。研究所では、必ずしもフリーアドレスを採用せずに、集中できるスペースとして固定席を導入し、その一方で研究者・技術者同士の交流を促すコミュニケーションスペースなど共用スペースの充実を図る、といったオフィスづくりも一法だろう。

フリーアドレスでは、席数は入居者数より少なく設定するため省スペース化(スペースの有効利用)につながりやすい。しかし、フリーアドレスを導入する場合、単純なスペースの見直しなどコスト削減だけに終わらせてはならない。コスト削減ありきの施策は、従業員に後ろ向きのリストラを連想させ、士気の低下や反発を招きかねない。そうではなく、従業員の創造性を引き出すオフィスづくりを目指すべきだ。
 
13 日本経済新聞電子版2017年4月25 日「交流?集中?フリーアドレス、働き方改革で応用」より引用。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【クリエイティブオフィスのすすめ-創造的オフィスづくりの共通点】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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