2018年06月29日

高齢者医療費の自己負担引き上げは是か非か-「骨太方針2018」を通じて背景と論点を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――自己負担を巡る歴史的な視点

115年前に漸く統一した自己負担割合
高齢者の自己負担を考える上では、医療制度を巡る歴史の視点も欠かせない。図4の通り、医療費の自己負担は加入する保険組合ごとに異なる状況が長く続き、その統一までに時間を要した。具体的には、被用者保険(健康保険組合、協会けんぽの前身に当たる政府管掌健康保険)が1927年にスタートした時点で本人の負担はゼロだったが、市町村単位に設置された国民健康保険の自己負担はバラバラであり、1961年の国民皆保険発足に際して5割に統一された。

その後、国民健康保険は段階的に3割に引き下げた一方、被用者保険の自己負担を段階的に引き上げることで、2003年度に漸く統一した。こうした経緯を見ると、3割を目指して負担割合の統一が図られた面があり、現役世代の「3割」は象徴的な意味を持っている。実際、2002年に制定された健康保険法附則第2条第1項は「医療保険各法に規定する被保険者及び被扶養者の医療に係る給付の割合については、将来にわたり百分の七十を維持する」と定めている7。言い換えると、現役世代よりも低い高齢者の自己負担を引き上げる前に、現役世代の自己負担を引き上げるのは難しいと言える。
 
 
7 ここで言う「100分の70」とは医療保険から給付する医療費の負担割合を指しており、残る100分の30が自己負担を意味する。なお、参院厚生労働委員会も2006年6月、この条文を引き合いに出しつつ、「安易に公的医療保険の範囲の縮小を行わず、現行の公的医療保険の範囲の堅持に努めること」という付帯決議を採択している。
2年齢に着目した自己負担は45年前に開始
現在のように年齢に着目した負担割合がスタートしたのは1973年だった。福祉政策を重視した田中角栄首相が70歳以上の医療費をゼロとする政策を決定8し、病院が高齢者のサロンと化したり、高齢者医療費の増加で国民健康保険の財政が悪化したりするなどの弊害が生まれた。

そこで、1983年にスタートした老人保健制度で70歳以上高齢者の自己負担を1割に引き上げた後、後期高齢者医療制度の導入を柱とした2008年度の医療制度改革を通じて、75歳以上の後期高齢者については1割負担、現役並み所得の人は3割負担とした。

一方、70~74歳の自己負担については議論が錯綜した。2007年夏の参院選で衆参の多数党が異なる「ねじれ国会」が生まれ、解散総選挙が意識される緊迫した政局の中、発足直後の福田康夫政権は2割と定めた法律上の規定を維持したまま、負担割合を1割に軽減することを決めた9。これに必要な財源(約2,000億円)は2007年度補正予算で手当てされた10後、政権交代を挟んでも続いたが、2014年4月以降から段階的に引き上げることとなった。具体的には、高齢者への生活に大きな影響が生じないように、2014年4月以降に70歳に達する高齢者から2割とし、既に70歳以上に達している高齢者は1割に据え置いた。
図4:医療費の自己負担推移
 
8 岩手県沢内村(現西和賀町)、東京都が先行的に実施した施策を政府として取り込んだ側面があった。
9 『朝日新聞』2007年10月10日、『日本経済新聞』2007年10月31日、10月3日を参照。
10 当時、2011年度までにPBを黒字化する財政再建計画が定められており、当初予算ベースの社会保障費の伸びを毎年2,200億円抑制する必要があった。しかし、政治的な判断で自己負担の軽減を決めたため、それとの整合性を確保するため、補正予算で対応した。
3歴史的な経緯から見えること
こうして見ると、医療費の自己負担割合は医療費の伸び率よりも抑えられてきたが、1980年代以降、一部の例外を除いて引き上げられてきたことが分かる。この背景には高齢化に伴う医療費の増大があり、持続可能性を確保する観点で引き上げが図られてきたと言える。

しかし、現役世代の3割負担を一層引き上げることは難しく、世代間の公平性を図る議論の一つとして、75歳以上高齢者の自己負担引き上げが浮上していることも理解できる。中でも高齢者医療費の自己負担については、老人医療費無料化の影響が今も続いていること、その引き上げが政治的に難しいと見なされていること、そうした中でも自己負担引き上げが段階的に進められている様子を読み取れる。
 

5――自己負担引き上げの可能性と留意点

5――自己負担引き上げの可能性と留意点

1自己負担引き上げは不可避?
では、今後どのような制度改正が求められるだろうか。そして、どんな論点や課題が想定されるだろうか。まず、厚生労働省の「後期高齢者医療事業報告」を見ると、75歳以上高齢者に関する医療費は2016年度現在で約15.4兆円に及ぶのに対し、自己負担は約1.2兆円であり、それほど大きなシェアを占めているわけではない。このため、75歳以上高齢者の自己負担を引き上げたとしても、財政再建に大きく貢献するとは考えにくく、保険料や税金の引き上げなど別の選択肢も想定する必要がある。

しかし、医療費の増加は人口の高齢化だけでなく、医療技術の発展や医療の高度化、患者と接する医師の行動・判断が絡む分、その抑制は簡単ではなく、様々な制度改正を組み合わせる必要がある。こうした中で、75歳以上高齢者の自己負担だけを聖域視することは難しい。
2社会保障費の負担を巡る2つの考え方に基づく整理
もちろん、医療(及び介護)制度は単なる財源論だけで完結しない難しさがある。特に人々の生命や健康、暮らしに関わる分、自己負担引き上げの影響は軽視できない。例えば、75歳以上高齢者の自己負担を増やした場合、高齢者が受診を控える結果、高齢者の健康が損われる「副作用」には留意しなければならない。

ここで議論を整理するため、社会保障費の負担を巡る2つの考え方を用いる。すなわち能力に着目した「応能性」と、受ける利益に沿った「応益性」である。まず、応能性では「所得の高い高齢者に多くの負担を求める」という考え方であり、図1の通りに現在も「現役並み所得」を持つ75歳以上高齢者については現役並みの3割負担を求めている。その意味では、既に応能性を重視した制度設計となっており、この延長線で自己負担割合を見直すのであれば、現役並み所得の基準を引き下げることで、対象者を増やす選択肢が想定される。

その一つとして、介護保険の自己負担と絡める議論を想定できる。介護保険は2000年度の制度創設以降、1割負担を続けていたが、2012年8月から年収280万円以上を2割、さらに今年8月から340万円以上を3割に引き上げる11。一方、医療保険の場合、75歳以上高齢者(及び70~74歳の高齢者)の場合、370万円以上を「現役並み所得」と見なしており、両者の間でずれが生じているため、介護保険に合わせる形で基準を引き下げることは一つの選択肢になり得る12
図5:5歳刻み年齢階級別1人当たり平均医療費(2015年度現在) 一方、応益性に着目すると、「高齢者は多く医療サービスを使うのだから多く負担するべきだ」という論理になるが、年齢階層別に1人当たり医療費を整理した図5の通り、現役世代に比べて心身に不具合を持つ高齢者が医療サービスを多く使うのは止むを得ない。この状況で75歳以上高齢者に応益負担を一律に求めるのは難しい。

しかし、年齢で区切る方法ではなく、「医療サービスを多く使う75歳以上高齢者の自己負担を減らす」という制度設計は可能かもしれない。具体的には、一定額以上の医療費を還付する高額療養費と絡めることで、健康上の理由で医療サービスを多く使う高齢者については、自己負担が一定額以上に達した場合、還付を受けられるようにする方法である13
 
11 この基準は政令で変更できる。
12 2018年5月30日『日本経済新聞』では、自己負担割合の引き上げが法改正を要する一方、収入要件の見直しによる対象者の拡大は政令改正で対応できるため、実現しやすいと論じている。
13 この場合、所得別に上限額を変えることで、応能性を重視している現在の高額療養費を見直すことが考えられる。
3患者が医師を指名する制度と連動させる観点
高齢者の健康に留意しつつ、自己負担の引き上げを模索する方策も想定できる。これは一定年齢以上の高齢者については、最初に受診する医師を指名する制度を採用するとともに、指名した医師で受診した場合と、指名していない医師にかかった場合で自己負担を変える方法である。例えば指名した医師で受診すれば1割負担だが、救急などの時を除いて指名しない医師にかかった場合、原則として2割あるいは3割に引き上げる案である。

これは患者にとっての「医療の入口」を1カ所に絞った方が良いという判断がある。こうした必要性を指摘した意見として、日本の医療制度に関する2014年11月に公表されたOECD(経済協力開発機構)のレポートを挙げることができる14。ここでは、高齢者は複雑で慢性の疾患を複数抱えることが多いとしつつ、継続的かつ予防的で個々に合わせたサービスが必要となると指摘し、患者が指名する登録制度の導入を提案した。

つまり、患者が医療機関を自由に選べる「フリーアクセス」の下、臓器・疾病別の専門医療機関で個別に受診するよりも、介護の相談や在宅医療の提供などを含めて、かかりつけとなる医師に生活全体を継続的に診てもらい、必要に応じて専門医療機関を紹介してもらった方が効果的という提案であり、高齢者の生活を支える提供体制改革として検討すべき課題である15

もちろん、これは一面において、患者が自由に医療機関を選べる選択権を奪う側面があるが、患者―医師の継続的な関係を担保する観点に立ち、患者の指名を通じて「医療の入口」を1カ所に絞る制度改革は一つの選択肢である16。今後、こうした改革とセットとしつつ、高齢者医療費の自己負担割合を調整することが考えられるのではないだろうか。
 
14 OECD(2014)“OECD Reviews of Health Care Quality JAPAN RAISING STANDARDS ASSESSMENT AND RECOMMENDATIONS”『OECD医療の質レビュー 日本 スタンダードの引き上げ 評価と提言』を参照。
15 同様の仕組みとして「高齢者担当医制度」が2008年度に創設された。この制度では、糖尿病などの慢性疾患を持つ患者が全人的・継続的に診察してくれる医師を高齢者担当医に選び、その医師が治療計画を立ててケアすると、月6,000円の報酬を付ける仕組みだったが、年齢による差別という後期高齢者医療制度への批判を踏まえて2010年度改定で廃止された。
16 日本医師会は登録制度について、「明確に反対」と言明している。『m3ニュース』2018年6月25日配信。登録制度の論点については、拙稿2018年5月2日レポート「2018年度診療報酬改定を読み解く(下)-外来機能の分化、かかりつけ医機能の充実を巡る論点と課題」を参照。http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58583
 

6――おわりに

6――おわりに

以上、「世代間の公平性」「制度の持続可能性」という言葉に込められた骨太方針2018の記述から筆を起こし、75歳以上高齢者の自己負担引き上げの是非を考察した。骨太方針2018の記述は「検討」というトーンが弱い文言であり、今すぐに争点化するとは思えないし、ここで指摘した通り、自己負担を引き上げる際には「副作用」に留意する必要がある。

しかし、今後の75歳以上高齢者の増加を視野に入れれば、現行制度の見直しが避けられない課題であることは間違いない。高齢者の状況とは無関係に年齢で区切るのではなく、所得やニーズに応じて負担割合を調整する方が公平な仕組みと言えるのではないだろうか。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2018年06月29日「基礎研レポート」)

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【高齢者医療費の自己負担引き上げは是か非か-「骨太方針2018」を通じて背景と論点を考える】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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